37. 決断
「トモさんちょっと良いですか?」
ライブに向けた練習も佳境に入ってきたある日のこと。朝食後の練習前にプラムに呼び止められた。話があるそうだけど、ソロ曲の話かね。
「静かにお話できるところがあると嬉しいです」
静かに、かぁ。公園のベンチで良いかな。富士山が見えるところにしよう。朝早いからか、訪れた公園には子供たちどころか誰もいなかった。空いているベンチに並んで座ってプラムが話はじめるのを待った。
「本当に、恥ずかしいから嫌なだけだったんです」
プラムは前を向いたまま、話はじめた。
「ただ、三重県の旅行で色々と考えてしまって……」
その話はビジネスホテルで一緒になったときに少しだけ聞いた。日向さんの話を聞いてから、何か得体のしれない気持ちが湧いてきたということ。
「それで、トモさんに『一度に答えを求めようとしないほうが良いんじゃないか』って言われたのを思い出して、慌てずに一つずつ気になっていることに答えを出そうと思いました」
うん、そのアドバイスしたことも覚えている。突然湧いた感情に振り回されているようだったから、冷静になって欲しいっていう意味も込めてそう伝えたんだ。
「まず、自分の恥ずかしがり屋の理由についてですが、これは全く理由がありませんでした。生まれてから今に至るまでのことをずっと思い返してみましたが、気付いた時には人見知りで恥ずかしがり屋だった気がします。よく旅芸人なんて出来たなぁと自分でも驚きですよ。シェルフさんとミカンさんに感謝ですね」
「そういえば、どうして旅芸人になろうと思ったの?」
「元々私は音楽が好きで、村の近くの川辺の岩場で岩を楽器に見立てて木の棒で叩きながら歌ってたんです。そこに偶然旅の途中のシェルフさんとミカンさんがやってきて私のリズムに合わせて演奏をはじめて、それがとても気持ち良かったんです。その後色々とあったのですが、演奏がとても楽しかったことと、何故かシェルフさんたちとすぐに打ち解けたこと、人前に出るのは主にシェルフさんとミカンさんの役割、などが決め手になって、思い切って一緒に着いて行くことにしたんです」
波長が合ったってことなのかな。最初に音楽でつながれたのが大きかったのかもね。普通に話しかけたら逃げちゃってたかもしれないし。
「次に考えたのは、日向さんと比べて劣等感のようなものを感じたのかも、ということについてです。理由が見つからない自分に対して、日向さんは立派に理由を見つけて克服しましたから。ですが、これも全く無かったですね。日向さんは立派な方だとは思いますけど、そもそも他人と自分を比較するってことはあまり意味がないって分かってますから。これでも長年旅芸人として色々な人を見てきましたからね。そのあたりは気にならないです」
これって何気にすごいことじゃないの?人って簡単に他人と自分を比較しちゃうもん。人と比較してダメなところばかり気にしちゃうとか、逆に自分が優れている部分を何とかして見つけようと躍起になっちゃうとか。他人と比較せずに自分らしく在れるって尊敬する。
「そうやって一つ一つ気になったことに自分なりの答えを出していったら、分かったんです。自分が日向さんの話を聞いて何を思ったのかが」
今日も変わらず日差しが強く、頬を汗が流れ落ちる。公園内には相変わらず誰も来ず、富士山の中腹に大きな雲がかかっていた。そんなよくある夏の日、わたしはプラムの言葉を全身全霊で受け止めるべく、身構えた。
「私、羨ましかったんです」
羨ましかった、そういうプラムはここではじめてわたしの方を向いた。その顔は少し照れくさそうなはにかんだ表情で愛おしさに溢れていた。
「日向さんは自分の人見知りを克服して、あんなにも楽しそうにピアノを弾いていた。私も音楽が好きなのに、一人だと人前では恥ずかしがってあんなに気持ちよく弾けないんです。だから、羨ましかった。あんなにも心から楽しんで人前で演奏できる日向さんが」
分かる気がする。あのピアノコンクールでの日向さんは、何にも縛られずにただ自分が弾きたいように心から自由に楽しんで弾いていた。プラムじゃなくてもその在り方が羨ましいと思う人は多いだろう。
「それはきっと、プラムだけじゃないよ。理由は違うだろうけど、あの曲を聴いていたわたしたち全員が同じように日向さんを羨ましがっていたと思う」
「そうなんですか?」
「きっとそう。じゃなきゃ、いくらなんでも旅行中に曲作りや体力作りしたり、この真夏に文句も言わずに外で練習なんてしないよ」
辛い、苦しい、そういう弱音は吐くけれども、練習の質を落としたり減らしたいと言った言葉は誰からも出てこない。むしろもっともっと練習したい、そういう想いが伝わってくるから無理しすぎないように気を付けるのが大変なくらいだ。日向さんの曲を聴く前もそういう傾向はあったけれども、聴いた後はもっと強くなった。
「そうですか、みんなも……」
プラムはそう言った後、一度深呼吸をしてからベンチから勢いよく立ち上がった。
「私、やってみます!いいえ、やりたいです!」
「うん」
なんとなくだけど、プラムはそう言ってくれるんじゃないかなって思ってた。もちろんそうじゃない場合も考えて準備はしているけれども、プラムが音楽が大好きだってことは普段の演奏を聴いていれば分かるから、きっとやりたがるだろうなぁって。
「とは言ったものの、やっぱり不安です。恥ずかしがって演奏出来なくなったりしたらと思うと」
「ふふふ、大丈夫だって。プラムって演奏しだしたら夢中になっちゃうタイプだから、最初だけだよ」
「え?私ってそんな風に見えます?」
「うん」
何を今さら。自分で分かってるのかと思ってた。プラムって演奏しだすと人が変わったようにノリノリになるんだもん。
「じゃあプラムもソロ曲作らないとね。流石にもう次のライブには間に合わないだろうから、その次かな」
「いえ、次でやります!」
「え?間に合うの?もしかしてどんな曲にするのか決まってるの?そもそもドラム演奏しながら歌うの?」
「その点についてなんですがご相談がありまして……」
おおう、いきなり極大の変化球で来たね。でも面白そう。それならプラムさえ良ければ準備はあまり要らなそうだし。
「ふふふ、よろしくお願いします」
「うん、こちらこそよろしくね」
自分の想いを吐き出して前に進むと決めたプラムの顔は、可愛いだけじゃなくて格好良さが混じっていた。
ふと、雲がかかった富士山を見る。富士山は全体がくっきり見えることの方が少なく。雲で覆われていることが多い。あんなにも立派な姿な富士山も、実は恥ずかしがり屋さんだから雲がかかっているのかも、なんてね。雲が消えたプラムは富士山のように壮大な演奏をすることになるのかもしれない、なんてことを思った。




