29. 伊勢神宮
「別に何も無いね」
黒いもやが皆無の地域に突入したけれど、特に何か感じることは無かった。何かあればとっくに気づいている人がいるはずだもんね。と思ったらそうでも無かった。
「ちょっとどうしたのよ」
「シャモアさん?」
「わんこ?突然黙っちまってどうした?」
後ろの席から困惑するような声が聞こえてきた。どれも異世界組に何かが異変が起きたかのような反応だ。
「シェルフ?」
ひとまず直近まで会話していたシェルフの様子を確認するために声をかけてみたが、返事がない。
「シェルフ?おお~い、どした?」
「…………この気配は」
「気配?」
それきりシェルフは黙ってしまった。何が起きたのだろうか。早く確認したいので急ぎ駐車場に向かうことにした。
駐車場に車を止めて後ろを見ると、異世界組が全員カチコチに固まっていた。ここに何かあるのかな。
「ここから離れた方が良いのかな?もしかして危ない何かがあったりする?」
「そんなことはないでござる!」
「うわ!」
突然の反応でびっくりしたよ。なんなのよもー
「だ、大丈夫でござる。びっくりしただけでござる」
「びっくりって……全員身動きしないなんて明らかに異常なんだけど。本当に大丈夫?」
「朋殿は、いや、みんなは何も感じないでござるか?」
みんなって言うのはこっちの世界組のことだよね。う~ん、何も感じないけどなぁ。他の人も心当たりが無さそうな表情をしている。
「うん、何も」
「……そうでござるか」
だからその反応なんなのよー
「これからあの中に入るんだけど、ここに残る?」
「行くでござる」
そう言って、シェルフをはじめとした異世界組は固い動きだけれども車を降りた。
「大丈夫なら良いんだけど……何か問題あればちゃんと言うんだよ?」
「問題なんて……恐れ多いでござる」
「恐れ多い?」
前にも似たようなことあった気がするけど、そんな単語人生ではじめて聞いたよ。問題ないなら行くかね。
『伊勢神宮』
伊勢にある神宮で日本の神様の中でも知名度の高い『天照大御神』を祀っている。内宮と下宮に別れていて、外宮では『豊受大神宮』を祀っている。外宮から先に参拝するのが正しいルートらしいけど、内宮のみ参拝する人がほとんどだと思う。ちなみに電車で来た場合、伊勢駅で降りると最寄りは外宮になるので注意。また、日本屈指の渋滞ポイントでもある。それが分かっていて正月に参拝する日本人恐ろしい。
正面入り口から入るとまずは五十鈴川にかかっている木造の宇治橋を通って神宮内部へと向かうことになる。100メートル近くある立派な橋だ。
「どうしたの?」
「橋の入り口でシェルフたち異世界組が入るのを躊躇してる」
「すぐに行くから向こうで待っていて欲しいでござる」
「……うん」
異世界組だけには特別な何かが見えているのか、それとも感じられるのか。中に入ろうとしているってことは悪いことじゃないとは思うんだけど。
橋を渡り鳥居をくぐると神苑がある。綺麗に刈られた松や芝生が緑々で自然を感じられて気持ち良い。神苑自体が広々としているのも気分が良いね。
「と、と、と、朋殿!」
「トモちん!トモちん!」
いつの間にか追いついていたシェルフとミカンが何かに驚いたような声を上げたので、二人の視線の先を見たけれど何も無かった。
「どうしたの?」
「今そちらに……神様がいらっしゃったでござる」
「……神様!?」
もう一度同じ場所を見たけど、やっぱり姿形も見当たらないし、何も感じられない。
「見間違いじゃなくて?」
「絶対にいらっしゃったでござる!」
異世界組がうんうんと頷いてる。そうは言われてもなぁ。
「ちなみにどんな見た目だったの?」
「フリフリのメイド服を着て竹箒で掃除してた~」
「……は?」
メイド服?神社で?掃除?巫女じゃなくて?
「ええと……先に行こうか」
ザ、保留!
「ほらそちらに!」
「今度はあっちだよ~」
「……神出鬼没」
その後も異世界組は何度も神様を目撃するものの、私がそっちを見ると必ず居なくなっている。神様ねぇ。いるかもしれないとは思うけど何故メイド服。
「まぁまぁ、別に何か問題あるわけじゃないんだよね。あまり気にしないで楽しもうよ」
「神様にお会いしているのに無視するなんてできるわけが……」
「手水は以前やり方教えたことがあるよね、やろうよ」
信じてないわけじゃないけど、どうしようもないので先に進むしかない。手水舎の近くには五十鈴川の御手洗場(川辺)があり、ここで身も心も清めるのだ。心が清めきれないメンバーも居そうだけど、清流を眺めれば少しは心の汚れが落ちるだろう。きっと。たぶん、おそらく。
さて、それでは正宮に向かいましょうか。
「また別の神様が……」
「どうして私たちだけが見えるのでしょうか」
などと会話が聞こえるけど、異世界組も段々と慣れてきたようでしっかりした歩みになっている。もしかして車の中からおかしかったのは神様の存在を感じ取れていたからなのかな。
「みんな二拝二拍手一拝だからね」
お参り方法はすでに教えてある。平日とはいえ、夏休みだからか人がそこそこいるので順番待ちの列ができている。ひとまず列の最後尾に並ぼうとしたその時。
ザッ
異世界組が全員突然片膝を立てて頭を垂れた。
「え?ちょっと?」
綺麗に横並びになっている。邪魔だから、注目されてるから、恥ずかしいから!
「何やってるの、ほら立って立って!」
「……」
無言で首を左右に振るシェルフ。体が緊張で震えている。
「ほら、誰も居ないよ。わたしが周り見渡しても誰もいないから」
「……」
そういっても同じ反応を繰り返すシェルフ
「ああもう、なんかめんどくさいから本当に神様いるならちょっと離れてて!」
やけくそに叫んだのだが、驚くことに効果があった。
「……驚いたでござる。気配が消えたでござる」
「トモさん、あんな失礼な言い方して罰があたりませんか?」
「そう?大丈夫でしょ。そんなことよりほら立って、邪魔になってるから」
まさか苦し紛れに言ったあの言葉で本当に何かが変わるなんて。神様……いるの?お参りの時にちゃんと謝ってお礼言っておこう。
それから先は異世界組は何も感じなくなったらしい。神様を怒らせたのではないかと不安になっているけど、大丈夫だって。
……大丈夫だよね?
伊勢神宮の他の建物を参拝し、自然の中の荘厳な雰囲気の神社を味わい尽くす。暑いけどなんとなく涼しい感じがして気持ち良い。異世界組もようやくリラックスして見て周れるようになったみたいだ。
そうして一通り見て周ったので宇治橋まで戻った。渡って帰ろうとしたその時、視界の端に神社にふさわしくない違和感のある人物が目に入った。
「……え?」
竹箒を持った十代前半くらいの見た目のメイドさんが居る。しかもメイド服は実用的な形ではなく、フリフリで裾が短いメイド喫茶で使われてそうなタイプのもの。笑顔でこっちを見て手を振っている。
「トモちんどうしたの~?」
「あ、うん。あっちに……」
ミカンに視線を向けてから元の場所を見ると、メイドさんは居なくなっていた。威厳は全く感じられなかったけれどもしかして今のが……まさかね、きっと気のせいだ。
「ううん、やっぱりなんでもない」
そうミカンに答えてわたしは伊勢神宮を後にする。鳥居をくぐるときになんとなく深い礼をしておいた。
「いたずらしちゃってごめんね」
突如吹いた強い風に揺れる木々のざわめきに紛れて聞こえたこの言葉も、きっと気のせいだったのだろう。
下宮が伊勢神宮のメインだと勘違いした経験のある人、私です。




