20. イレギュラー
見知らぬ世界、見知らぬ街。突然放り出された私と妹は、行く当てもなく彷徨っていた。
見たことが無いものが多かったけれども、自分たちと同じ姿の生き物、元居た世界と似た形の建物、そして何よりも問題なく生きていけそうという幸運を理解していたから、パニックにはならなかった。生物が生きることのできない世界に飛ばされる可能性のほうが遥かに大きかったのだから。
周囲を観察すると、人が歩くところと鉄の塊が通るところが分離されていることが分かる。妹の手をひき、これからどうすべきか妹と相談しながら歩く。勇気を出して近くを歩いている優しそうな人に声をかけるべきか。だけど会話をするにはあの魔法を使うしかなくて、素直に頭を貸してくれる人がいるとも思えない。でもどこかのタイミングでそれを実行して、この世界でまともに生きてゆく方法を探らないと。この世界でメイドのお仕事があるのかしら。そもそも私の家事スキルが通用するのか心配だ。
適当に歩いていると、小高い丘への入口にたどり着いた。お年を召した方が入っているのだから、危険な場所ではないのだろう。もしかしたらこの街の全景を見ることができるかもしれない。もっとも見られたからといって特に何か状況が変わるわけでもないのだけれど。
少し丘を登ると、小さな広場に辿り着いた。誰も人は居なくて閑散としている。ずっと気を張っていたからか、少し疲れを感じた私は段差になっているところに座り込みため息をつく。これからどうしよう。かなり安全そうなこの世界ですらどうして良いか分からないのに、よく異世界に行こうなんて思ったものだ。と、自分の浅はかな考えを思い出して恥ずかしくなる。
考えがまとまらず、いっそのこと無理矢理にでも誰かから言葉を貰わないと、なんて結論に達しようと思ったそのとき、隣で座らずに立ち続けていた妹が待ち兼ねたのか歌いだした。
「~~~~♪」
旅の芸人さんから教わった歌で、妹が大好きな歌だ。妹は歌が上手で私も聞くのが大好きだった。目をつぶって妹の歌声に耳を傾けると、焦っていた心が徐々に落ち着いてくる。
歌が終わり、そろそろ移動しようかと立ち上がろうとかと思ったその時、小さな拍手が聞こえてきた。
「わ~おねいちゃん、おうたじょうず~!」
いつの間にか目の前には、小さな小さな女の子が立っていた。
「それがこの子なのよ、うふふ」
――――――――――――――――――――
おっとりした言葉遣いなのがお姉さんのシャモア。無口で表情が乏しい方が妹のパステル。2人はシェルフたちとは別の経路で事故でこっちの世界に飛ばされてしまった。
そして困っているときに小さな女の子『ケイちゃん』に出会って、何故かその子の家に連れられた。
その家のおばあちゃんのご厚意で言葉を覚える魔法を使わせてもらった2人は、更なるご厚意に甘えさせてもらい居候している、という状況らしい。
あらあらうふふとゆっくりマイペースで話をするから、理解するのにかなり時間がかかったよ。
ちなみに現在わたしたちは、話題に挙がっているケイちゃんのお家に寄らせて頂いている。ケイちゃんの家は下田公園から延びている『ペリーロード』と呼ばれる風情あふれる小川沿いにあって、古和風なカフェを経営してる。
「おまたせしましたあ」
「ありがとう~」
ケイちゃんがお店の手伝いをして飲み物を持ってきてくれる。可愛いなぁ、もう。
「2人の事情は分かったけど、向こうに戻る方法って無いんだよね?」
「私たちは知らないでござるし、向こうを出るときに戻れないとかなり強く念を押されたから本当に無いと思うでござるよ」
シェルフたちと違ってシャモアたちは事故で飛ばされたわけだから、戻る方法を探したほうが良いよね。
「あらあら、私達のことはお気になさらないでください」
「え?どうして?」
「向こうよりこっちのほうが住みやすいですから」
そういえば向こうは大きな戦争で悲惨な状況だったけか。う~ん、気を使った嘘じゃないみたいだし、気にしないほうが良いのかな。
「シェルフはなんで2人が向こうの人だって分かったの?ぱっと見、特別な感じはしないんだけど」
服装もこっちの世界の服だし、異世界っぽさなんてこれっぽっちも無いんだけどな。そういえば『妖精族』って言ったっけ。う~ん、どこにも特徴なさそうなんだけどな。
「朋殿ならきっと見えるでござる」
「見える?」
「私たちにはあの2人に羽が生えているのが見えるでござる。アレが見える朋殿なら、羽があると意識しながら見ればきっと見えるでござる」
羽が生えてる?まったくそうは見えないんだけどなぁ。う~ん、じゃあ目を閉じて、羽が生えてるんだと強く思って想像して想像して想像して想像して、ゆっくり目を開けてみよう……
「わ、ホントだ!生えてる!」
2人とも薄く透明で綺麗な大きな羽が生えてる。すごいすごい!
「み、み~ちゃん本当に見えるの?」
「この反応は本当ですわね。ちょっと悔しいですわ」
みんなはまだ黒いもやが見えてないから羽も見えないのかな。もやはあると思って見る訓練をすると見えるようになるらしいけど、嫌なものをわざわざ見たくないからみんな練習はしてない。けど、この羽ならかなり綺麗だからみんな頑張って見られるように努力しそう。
「うふふ。見えるなんてすごいですわ」
「トモおねいちゃんもみえるんだあ!」
ケイちゃんも見えるんだ。小さな子供だと見えるのかも。
……わ、わたしが小さな子供と同じ脳内ってわけじゃないからねっ!
「ケイちゃんはシャモアお姉ちゃんとパステルお姉ちゃんのこと好き?」
「うんっ!だいすき!」
2人の間でスカートの裾を掴んでニコニコなケイちゃん。かなり懐かれてるなぁ。
「あらあら。そういえば、皆さんはどうしてこちらにいらしたのですか?」
そういえば下田に来た理由をまだ説明してなかったね。私たちがアイドルをやろうとしていること、黒いもやを消そうとしていることなどを簡単に説明した。
「みんなでおうたうたうの~?」
「うん、そうだよ。下田公園でのお祭りで歌わせてもらえるの」
「わ~すご~い!」
「ケイちゃんも聞きに来てね」
「うん!」
私たちのファン第一号だね。
「ぱすてるおねいちゃんもおうたじょうずなんだよ」
「へぇ~そうなんだ」
あれ?これまで会話に入ってこないで無表情だったパステルちゃんが少し困ったような表情になったよ。
「ぱすてるおねいちゃんもトモおねいちゃんといっしょにうたおうよ~」




