第3章 2話 石棺の調査
第2話 石棺の調査
「ほぉ、これが有名なドルメンの石棺ですか」
ソフィーは目の前にある石棺を眺めながら、興味深そうに呟いた。
「なんか、思ってたより質素というか……味気ないね」
「そうですね。でも、まだ分かりません!」
そう言いながら、ソフィーは目を輝かせる。
「復元してみて、ようやく本来の姿が見られるんですから! もしかしたら、実はもっと大きな何かだったのかもしれませんよ!」
「そこまで期待する?」
「もちろんです!」
ソフィーは楽しそうに石棺へ手をかざした。
「じゃあ早速――還元!」
その瞬間、周囲に風が吹き始める。
石棺を構成していた物質が徐々に分解され、崩れていた部分が本来あるべき形へと戻っていく。
「ふむ……意外とボロボロだったんですか」
復元された石棺を眺めながら、ソフィーは首を傾げた。
「私が思っていたより、はるかに不純物が混じっていますね、これ」
そして隣にいるルーナへ視線を向ける。
「じゃあルーナ、これを直してもらっていい?」
「分かった。結合」
ルーナが手をかざすと、分解された物質が再び結びついていく。
しかし――。
「ん?」
ルーナの表情が変わった。
「お姉ちゃん、これ……あれだよ。全然、周りの元素が足りてない」
「……あれま」
ソフィーも石棺を見つめ直す。
「放置されすぎたんですかね? でも、レダクツィオンは結構な量の元素を分解したはずなんだけどな……」
「これ、材質の芯のところは金でできてるよ」
ルーナが石棺を観察しながら言った。
「もしかして、お金目当ての人が持っていったのかな?」
「そうなると、だいぶ厄介ですね」
ソフィーは腕を組む。
「そもそも石棺って呼ばれてるくらいだから、私は石だけでできてるものだと思ってたんですけどね」
「うん」
「それに、メインが金ならこんなに不純物は出ないはず……」
ソフィーはもう一度石棺を見つめる。
「実は思っていたより、最悪な状態だったりするのかな?」
「多分、ありえる。錬金術だったり……?」
「んー……昔の人はよく使っていたって言われてますけど、今回は多分違いますね」
「違う?」
「最初から金だったんだと思います。何らかの魔除け的な意図で、石で固めたんじゃないでしょうか」
「でも、特に荒らされた感じはないよ」
ルーナが周囲を見回す。
「今回もハズレ?」
「ハズレとは言い難いですけど……あらかた、それで合ってるかもしれませんね」
ソフィーは少し考えた後、周囲を見渡した。
「一応、周辺もくまなく掃除して、一度全部復元してみましょう!」
「分かった」
二人はそこから黙々と作業を続けた。
草をむしり、枯葉をどかし、土を払い、石棺の周囲に積もったあらゆるものを取り除いていく。
やがて、石棺を中心とした半径百メートルほどの範囲が、綺麗に掃除された。
「よし!」
ソフィーが腰を伸ばす。
「じゃあ、ここらでもう一回復元してみましょう!」
ソフィーが再び手をかざす。
「還元!」
今度は、先ほどとは違った反応が起こった。
地面の中から何かが浮かび上がる。
土に埋もれていた石が、まるで長い眠りから目を覚ますように、ゆっくりと姿を現していく。
そして――。
「……あれ?」
ルーナが呟いた。
地面には、祭壇のような模様が浮かび上がっていた。
「ルーナ、繋げてくれる?」
「うん。結合」
ルーナがスキルを使った直後、地面に散らばっていた物質が一気に結びついていく。
そして、そこに現れたのは――。
「……むむ?」
ピラミッドのような三角錐の柱だった。
「一体なんですかね、これは?」
「柱……? それも、一部分だけかな」
「多分、一部分でしょうね~」
ソフィーは柱を眺めながら、再び周囲を見渡した。
「とりあえず、今還元した物質を確認してみましょうか」
「何か分かる?」
「それがですね……」
ソフィーの表情が少しずつ曇っていく。
「あれまー……ちょっと、これ雲行きが怪しくなってきたかも……」
「なにか異常な物があったの?」
「いや、異常な物はないんですけど……」
ソフィーは地面に視線を落とす。
「異常に血球が多いんですよ」
「血球?」
「はい。それも、人の血液だと思われるものが大量に残っています」
ソフィーは祭壇を見つめた。
「もし、ここを祭壇だったと仮定するなら……血を捧げていた可能性が、無きにしも非ずってところですかね」
「でも、血肉を捧げるのって、昔ならそこまで珍しくないでしょ?」
「そうなんですけど……」
ソフィーは少し間を置いた。
「引っかかるのが、これ……実は最近の人の血も混じってるんですよね」
「……最近?」
「うん」
ルーナが顔をしかめる。
「それって、どのぐらい?」
「多分……先週」
「先週!?」
ルーナが思わず声を上げる。
「それって、儀式みたいなのが今も続いてるってこと!?」
「多分、その可能性が高いですね」
ソフィーは祭壇を詳しく観察する。
「それも、かなり周期的です。それに大量の血液が使われている。あと、血痕が残らないように魔法で細工されています」
「血痕が残らないように……?」
「はい。というか――」
ソフィーは祭壇全体を見渡した。
「この祭壇自体が、かなり大規模な魔法陣なんだと思います」
「危ない?」
「争ったりした痕跡は出ていないので、多分それはないと思います」
「じゃあ……」
「本当に純粋な儀式だけを、何千年規模で続けている」
ソフィーの声が少しだけ低くなる。
「そう考えた方が自然ですね」
「じゃあ、特に問題はないってこと?」
「いえ」
ソフィーは首を横に振った。
「問題は、これが誰の血なのかってところです」
「……あ」
「仮に、どこかから人を連れてきて使っているんだとしたら、それはさすがに問題です」
ソフィーはさらに分析を続ける。
「それと、血液量から考えると……一回の儀式で、少なくとも四十人分程度は使っていると思います」
「四十人……?」
「それも、どうやら生きている人から採ったものですね」
ルーナの表情が険しくなる。
「事件性があるってことね」
「その可能性はあります」
「でも、昔からの風習とか、そういうものだったら……そこまで大事にはならないんじゃない?」
「それもありえます」
ソフィーは頷く。
「というか、現状ではその可能性もかなり高いと思います」
「じゃあ――」
「ただ」
ソフィーが言葉を遮った。
「表向きに儀式を続けているのなら、ここまで古びた状態にはならないと思うんですよね」
「……どういうこと?」
「祭壇を使い続けるなら、普通はもっと管理されているはずです」
ソフィーは周囲を見渡す。
「でも、ここは隠蔽されている。そのうえ、管理もかなりずさんです」
「つまり……」
「表には出せない何かを、誰かが今でも続けているんじゃないか――ってことです」
ソフィーは少し考え込む。
「予想ですけど、儀式は月に一度程度。いちばん新しい痕跡が先週だから……」
「私たちが調査できる時間も、そんなに長くない?」
「そうですね。五日がいいところかもしれません」
「五日……」
ルーナは周囲を見回した。
「でも、綺麗にしちゃったけど……これ、どうするの?」
「うむ」
ソフィーは腕を組む。
「言い逃れできません!」
「そこは諦めるんだ……」
「五日の間に調べきって、トンズラするのが一番いい選択肢でしょうね」
「スピード勝負か……」
「そこで、もう一つ問題があります!」
ソフィーが勢いよく指を立てた。
「今、私たちは半径百メートル。つまり、周囲二百メートルまで綺麗にしました」
「うん」
「でも、実はこれ……最悪な状態なんですよ」
「なんで?」
ルーナが首を傾げる。
「……あ」
何かに気づいたように、ルーナの顔が変わった。
「魔法陣か」
「せーいかーい!」
ソフィーが笑う。
「これが魔法陣の中心に石棺があればよかったんですけど、今回は違う。石棺は魔法陣の外側にあるみたいなんです」
「じゃあ……」
「そう。今見えているのは、魔法陣のほんの一部」
ソフィーは周囲を見渡す。
「全体の先の方しか、まだ掃除できてないんですよね……」
「ってことは?」
「とりあえず今日は、今出てきているところを完璧に仕上げて――」
ソフィーは遠くを見ながら、少し遠い目をした。
「明日は丸一日、掃除かもしれませんね」
「そっか……」
ルーナはため息をついた。
「なんか、魔法が使える便利な世界なのに、先が長いね」
「そこは仕方ありません」
ソフィーも苦笑する。
「気長に――」
そして、すぐに訂正した。
「いや、スピーディーにやりましょうか」
「どっちなの……」
「とりあえず、今出てきた謎を整理してみましょうか!」
ソフィーはそう言うと、石棺の周囲に残された物質を見渡した。
「まずは石棺からですね。私が一番気になっているのは、還元したときに出てきた不純物の量です」
「血球、酸素、ケイ素、鉄、銅、それにタンパク質……」
ソフィーは指を折りながら、確認するように列挙していく。
「今のところ、重要そうなのはこのあたりですかね」
そして、隣にいるルーナへ視線を向けた。
「ルーナは、さっき結合したときに何か気づきました?」
「えっと……結合自体はできたんだけど、形がちょっと歪なんだよね」
「やっぱりですか」
「うん。最初に言った通り、全然同じ元素が足りてない。でも、誰かに削られたり、持っていかれたりした感じでもないんだよね」
「つまり、外的要因ではない、と」
「多分」
ソフィーは少し考え込む。
「じゃあ……昔の人お得意の錬金術?」
「でも、どうやって錬金術を?」
「そこなんですよね~」
ソフィーは石棺を見つめながら、いくつかの可能性を指折り数えた。
「考えられるのは、いくつかあります。例えば、この儀式そのものが錬金術に関係している可能性。あるいは、血肉を捧げることで何らかの錬金術を成立させている可能性。それから――」
ソフィーは石棺へ目を向ける。
「石棺そのものに魔法がかけられている可能性」
「この三つが候補?」
「今のところは、そんな感じですね」
ルーナは周囲を見渡した。
「じゃあ、現状では儀式そのものが錬金術って可能性が一番高そうなの?」
「断定はできませんけど……消去法なら、そうなりますね」
ソフィーは少し離れた場所から、地面に浮かび上がった魔法陣を眺めた。
「ただ、今の段階で、この場所全体の魔法陣を解析するのは無理があります」
「まだ一部しか出てないもんね」
「そうなんです」
ソフィーは魔法陣、石棺、そしてその前に立つ三角錐の柱を順番に見る。
「今分かっているのは、この魔法陣の一部と石棺。それから、この三角錐のよく分からない柱だけ」
「それだけでも結構あると思うけど……」
「そうなんですけどね~」
ソフィーは首を傾げた。
「私としては、そこがちょっと気持ち悪いんですよ」
「気持ち悪い?」
「ええ。魔法陣の端の方に石棺があって、その石棺の前には、このよく分からない柱がある」
ソフィーは三角錐の柱を見つめる。
「でも、この三つの形に一貫性がなさすぎるんです。何を目的にしているのか、全然見えてこない」
「たしかに……」
ルーナも柱を見上げた。
「あえて形を崩してるとか?」
「それも考えられますね」
「それに、そもそも祭壇みたいな形になってるなら、石棺の中身って神様ですらないんじゃない?」
「多分、それは正解だと思います」
ソフィーは頷いた。
「少なくとも、ここが特定の神様を祀る場所だとは考えにくいです」
「どうして?」
「インドネシアの伝統的な信仰には、神そのものよりも、自然や精霊、山や水といったものに何かが宿ると考える文化がありますから」
ソフィーは地面に浮かんだ祭壇を指差した。
「だから、これも何かを祀るためというより――何かを宿すために作られたものなのかもしれません」
「何かを宿すための器……」
ルーナは石棺を見る。
「だったら、石棺の中が空っぽなのも納得できるね」
「そうですね~」
「じゃあ、そもそもここで今も信仰が行われているってわけじゃない?」
「その認識で、そこまで間違ってはいないと思います」
ソフィーは少し考えた。
「ただ……そうなると、別のところが引っかかるんですよね」
「血?」
「そうです」
ソフィーは、先ほど確認した血液の痕跡を思い出す。
「器を用意すること自体は、そこまで不思議じゃない。でも、何を宿すのかも定まっていないような器に、何千年も血肉を捧げ続ける理由が分からない」
「だから、錬金術なんじゃないかって思う?」
「そうですね」
ソフィーは石棺の削れた部分を指差した。
「ルーナが言っていた、この削れているような部分。素材として見るなら、ここは純金です」
「うん」
「もし、ここで血肉を捧げながら、純金を作るための錬金術を行っていたとしたら――」
ソフィーは少し考える。
「少なくとも、今まで出てきた情報とは辻褄が合います」
「でも、どうして純金を作る必要があるのかは分からない」
「そうなんですよ」
ソフィーは苦笑した。
「錬金術だったとしても、その目的が全く分からないんです」
「……結局、分からないことだらけだね」
「ですね~」
ソフィーは改めて周囲を見渡した。
「正直、今の状態では情報が少なすぎます。ここから先は、分かっていることより憶測の方が多くなってしまいそうです」
「じゃあ……」
ルーナが少し遠慮がちに口を開く。
「ルーカスさんたちから情報が来るまでは……ひたすら掃除ってこと?」
「え?」
ソフィーが一瞬固まる。
「……うん。そうなるかもしれませんね」
「しょうがないか……」
「今日は記録だけ取って、一度戻りましょう」
ソフィーは諦めたように笑った。
「おそらく、これ以上考えても答えは出ません。だったら、明日また調査できるようにしておいた方がいいでしょう」
「分かった」
二人は残された記録を確認し、今日の調査を切り上げることにした。
まだ、魔法陣の全貌すら見えていない。
この場所に何が隠されているのか――。
それを知るには、もう少し時間が必要だった。




