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ニューロウクラフト(NEW LAW CRAFT)  作者: 莎道


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第1章 世界のバク

第1章 世界のバグ


昨日の出来事が頭から離れず、今日の仕事はいつもより集中できない。


それでも俺は、いつも通り研究室へ向かう。


「エイチセカンド・オー」


水を作る魔法。


「シーエイチフォース・ツーオーセカンド」


炎を作る魔法。


何度試しても、やっぱり魔法は使えない。


分かっている。


俺には魔力がない。


それでも、何故か毎日のように試してしまう。


「……昨日のあれ、本当に存在してるんだよな?」


俺は小さく呟いた。


すると、頭の中に聞き慣れないようで、どこか懐かしい声が響く。


『はい。世界法則として成立しています』


「……やっぱり、夢じゃなかったのか」


昨日、俺は世界に存在しなかった法則を作った。


そして、その法則は世界法則として成立した。


あれが本当に現実だったということを、改めて実感する。


「はるか君」


「はい?」


声のした方を見る。


そこには、この魔法学院研究所の局長が立っていた。


「ちょっと頼みたいことがあるんだけど、いいかしら?」


「はい。なんですか?」


俺の中に、局長の頼みを断るという選択肢は存在していない。


「来週の月曜日から、エジプトの石碑調査に行ってほしいの」


「エジプト?」


「ええ。急な話で申し訳ないんだけど、予定していた研究員が一人、急に行けなくなってしまってね」


「分かりました」


「……本当にいいの?」


「はい。前から一度、エジプトには行ってみたいと思っていたので」


「それならよかったわ」


局長は笑った。


局長は今年35歳の女性である。


それにもかかわらず、めちゃくちゃに綺麗な人だ。


ヨーロッパにある数多くの魔法研究施設の中でも、かなり有名な若手局長として知られている。


そして、彼女には俺とは違い、当然のように固有スキルが存在する。


固有スキル――


《百眼(アルゴス)》


その名の通り、百の眼を持つ。


ただし、それは単純に百個の眼で周囲を見るという能力ではない。


《百眼(アルゴス)》に存在する百の眼には、それぞれ別の役割が与えられている。


ある眼は、人体の臓器を見る。


ある眼は、細胞を見る。


ある眼は、分子を見る。


ある眼は、陽子を見る。


ある眼は、中性子を見る。


そして、ある眼は――魔力を見る。


百の眼。


その一つ一つが、それぞれ異なるものを観測する。


つまり彼女は、一つの物体を見ているだけで、その内部に何が存在しているのかを同時に知ることができる。


だが、彼女が評価されている理由は、固有スキルだけではない。


彼女自身が、天才と呼ばれるほど優秀なのだ。


そして、この世界では魔法も固有スキルも、絶対的な世界法則から逃れることはできない。


だからこそ、彼女には見える。


魔法がどのような法則に従っているのか。


物質がどのように変化しているのか。


魔力がどのように動いているのか。


それらを直接、目で確認することができる。


つまり、彼女の前では、意味をなさない偽装や誤魔化しはほとんど通用しない。


そして――


《百眼(アルゴス)》は、ただの強力な固有スキルではない。


神代から存在するとされる、旧神クラス。


神々が世界を支配していた時代から受け継がれてきた、極めて古い固有スキルの一つだ。


そして、そんな彼女と共に、俺はエジプトへ向かうことになった。


――数日後。


「はるか君。この前は急にお願いしてしまって、ごめんなさいね」


「いえ、大丈夫です」


俺たちは、石碑の調査をするため、エジプトへ来ていた。


今回の調査には、俺以外にも数人の研究員が参加している。


「今回の調査なんだけど……実は少し変な噂があるの」


「変な噂?」


「ええ」


局長は周囲を見渡した。


「この辺りの歴史的建造物から、幽霊が現れるっていう噂よ」


「幽霊……?」


「そう。実際に、二人の研究員が見たと言っているわ」


「本当に?」


「もちろん、私はまだ信じていないけどね」


局長はそう言いながら、目の前にある石碑を見る。


「以前の調査で、この石碑からごく僅かな魔力が漏れ出していることが確認されたの。それで、私が呼ばれたというわけ」


「《百眼(アルゴス)》で確認するためですか?」


「そういうこと」


局長は石碑へ近づく。


そして、しばらく石碑を見つめた。


その瞬間。


彼女の視線が僅かに変化した。


百の眼。


その一つ一つが、それぞれの役割に従って石碑を観測していく。


表面。


内部。


分子。


魔力。


そして――


「……確かに、魔力が漏れているわね」


「どんな感じですか?」


「変なの」


「変?」


「攻撃的でもない。禍々しいわけでもない。普通の人間が持っている魔力と、ほとんど変わらないわ」


「じゃあ……この石碑自体が魔力を持っているってことですか?」


「そうね」


局長は少しだけ考える。


「まるで、この石碑そのものが人間みたいに生きているような感じがする」


「そんなこと、可能なんですか?」


「いいえ」


即答だった。


「そんなことはありえないわ」


「ですよね……」


――その瞬間。


『正確には、物に魔力が自然的に宿ることはありえません』


頭の中に、あの声が響いた。


「……!」


俺は思わず黙り込む。


『現在確認されている可能性は二つです』


「二つ……?」


思わず口に出してしまった。


「どうしたの?」


「いや……なんでもないです」


俺は局長から視線を逸らした。


頭の中では、アクティビティスキルの声が続いている。


『一つ。何者かが意図的に物へ魔力を込めた場合』


『二つ。死者が強い魔力を残しており、その魔力によって、生前に関係した物体に魔力が留まり続けている場合』


「……死者?」


俺は小さく呟く。


「どうしたの、はるか君?」


「いや……」


俺は石碑を見る。


「それって、怨念とか……そういうものなんですか?」


『必ずしも、怨念であるとは限りません』


「……」


『死者の感情と、魔力が物体に残留する現象には、直接的な因果関係は確認されていません』


「なるほど……」


俺は思わず返事をしてしまった。


「……何がなるほどなの?」


「え?」


局長が不思議そうな顔で俺を見る。


「いや、なんでもないです」


危ない。


アクティビティスキルの声が聞こえていることは、まだ誰にも話していない。


そもそも、こんなものが俺にしか聞こえていない時点で、普通じゃない。


俺はもう一度、石碑を見る。


「……でも、それなら、この石碑には誰かが魔力を込めたか、死者の魔力が残っているってことですよね?」


「理論上はそうなるわね」


局長は頷いた。


「ただ、どちらにしても妙なのよ」


「妙?」


「ええ」


局長は石碑を見つめたまま答える。


「この魔力……誰かが意図的に込めたにしては、あまりにも自然すぎるの」


「自然すぎる?」


「そう。まるで、最初からここに存在していたみたい」


局長はそう言ったあと、突然、自分の目に手を当てた。


「……あれ?」


「どうしました?」


「いや……」


局長はしばらく黙った。


「今、《百眼(アルゴス)》の見え方がおかしかった気がする」


「おかしい?」


「ええ。ほんの一瞬だけ……」


局長は石碑を見る。


「今まで見えなかったものが、見えた気がした」


「……何が見えたんですか?」


「分からない」


局長は困惑した表情を浮かべる。


「でも……確実に、何かが違う」


その直後。


『旧神クラスの固有スキルに変化を確認しました』


「……え?」


俺の頭の中に、アクティビティスキルの声が響く。


『世界法則の更新による影響を確認』


『対象――旧神クラス』


『変化を確認しました』


「……旧神クラス?」


思わず口に出す。


「どうしたの?」


「いや……」


俺は局長を見る。


まさか。


今の《百眼(アルゴス)》の違和感。


それが、俺のせいだというのか?


「局長って……旧神クラスですよね?」


「ええ。そうだけど?」


「……学校で習ったと思うけど、固有スキルには五つのクラスがあるでしょう?」


「五つ……?」


「ええ」


局長は頷く。


「一番上が旧神。二番目が現神。三番目が聖帝。四番目が特異。そして五番目が――臨界」


「そういえば、そんな感じでしたね」


「ただし、はるか君も学校で習ったと思うけど、このクラス分けは単純な強さを表しているわけじゃないの」


「強さじゃない?」


「ええ」


局長は石碑へ視線を戻した。


「例えば、臨界クラスだから弱い、旧神クラスだから絶対に強い――そういう話ではないわ」


「じゃあ、何を基準にしてるんですか?」


「法則に対して、どれだけ強いか」


「……法則に対して?」


「そう」


局長は頷く。


「この世界には、魔法も物理現象も含めて、絶対的な世界法則が存在しているでしょう?」


「はい」


「固有スキルも例外じゃない。どれだけ強力なスキルでも、基本的には世界法則の中で成立している」


「つまり……」


「その世界法則に対して、どれだけ深く関わっているか。それがクラスの基準なの」


俺は少し考える。


「じゃあ、戦闘能力とは別物なんですか?」


「そういうこと」


局長は笑った。


「例えば、特異クラスのスキルが、聖帝クラスのスキルより戦闘では強いことだって普通にあるわ」


「へえ……」


「だから、クラスを見ただけで勝敗を判断することはできないの」


「なるほど……」


俺は五つのクラスを頭の中で整理する。


旧神。


現神。


聖帝。


特異。


臨界。


単純な強さの順位ではない。


世界法則との関係性によって分類された、五つの階級。


「じゃあ……旧神が一番っていうのは?」


「旧神クラスは、神代から存在するとされる固有スキルなの」


「神代……」


「ええ。今の世界法則が成立するよりも遥か昔から存在していたスキル」


局長は自分の目に触れた。


「だから、旧神クラスの固有スキルは、世界法則との結びつきが極めて強い」


「……」


「ただ、ここも少し特殊なの」


「特殊?」


「旧神クラスに属するスキル同士は、クラス上では同じものとして扱われるわ」


「つまり?」


「《百眼(アルゴス)》が旧神だからといって、別の旧神より上ということはないの」


「……同格?」


「そう。旧神クラスに関しては、実質的に同等」


局長はそう言って、石碑を見つめた。


「だからこそ、旧神クラスだけは特別なのよ」


「特別……?」


「世界法則が変化したとき、その影響を受ける可能性がある」


「……世界法則の変化を?」


「そう」


局長は自分の目に触れる。


「神代の頃から存在しているスキルだから、今の世界法則よりも古い」


「……」


「だから、新しい法則が世界に生まれたとき――旧神クラスの固有スキルだけが、その変化に適応したり、性質そのものが変化したりすることがあるの」


俺は何も言えなかった。


昨日、俺が作った法則。


それは世界そのものを壊したわけではない。


世界に大きな変化を与えたわけでもない。


ただ一つ、新しい法則を追加しただけだ。


――そう思っていた。


だが。


「……じゃあ、昨日から変わったってことですか?」


「何が?」


「いえ……」


俺は口を閉じる。


言えるわけがない。


俺が世界に新しい法則を作ったせいで、旧神クラスのスキルに変化が起きたなんて。


そんなことを言ったところで、誰が信じる?


「……でも、不思議ね」


局長が呟く。


「何がですか?」


「私の《百眼(アルゴス)》……少しだけ、前より世界が細かく見える気がする」


「……」


俺は石碑を見る。


そして、昨日の出来事を思い出した。


――世界に存在しなかった法則。


――存在しなかったものを、世界に成立させる力。


《無秩序(ビッグバン)》。


「……まさか」


俺は小さく呟いた。


そのときだった。


「局長!」


後ろにいた研究員の一人が声を上げた。


「どうしたの?」


「こっちです!」


俺たちは研究員のもとへ向かった。


すると、石碑の裏側。


そこには――


一つの棺が置かれていた。


「……棺?」


「はい。さっき見つけました」


局長は棺を見つめる。


そして、すぐには近づこうとしなかった。


「まだ開けないで」


「え?」


「まずは石碑に書かれている文字を解読しましょう」


「どうしてですか?」


「理由は単純よ」


局長は棺を見ながら言った。


「何が入っているのか分からないものを、いきなり開けるのは危険だから」


「……なるほど」


「それに――」


局長は石碑へ視線を戻す。


「この石碑と、この棺が無関係だとは思えない」


その瞬間。


俺は石碑に刻まれた文字を見つめた。


――そして、気づいた。


この文字。


俺は、知っている。


いや。


正確には――


知っているはずがない。

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