NEW LAW CRAFT
第0話 無秩序
この世界には、絶対的な法則が存在する。
魔法も、物理も、科学も。
この世界に存在するすべてのものは、その法則から逃れることができない。
――それが、この世界の常識だった。
そして、この世界では。
人々が当たり前のように魔法を使っている。
火を灯す。
水を生み出す。
風を操る。
誰にでもできる。
生まれた瞬間から魔力を持っているのだから、それは当然のことだった。
だが――
俺だけは、魔法が使えなかった。
ユイザキ・ハルカ。
25歳。
現在、ヨーロッパにある魔法学院で研究員をしている。
魔法学院とはいっても、別に魔法だけを研究しているわけじゃない。
魔法。
物理。
科学。
地理。
数学。
言語。
この世界では、魔法と科学は切り離されたものではない。
むしろ、魔法を理解するためには科学が必要で、科学を発展させるためには魔法が必要だった。
俺は、その中でも特別優秀というわけではない。
成績はそこそこ。
頭の回転も、人並み。
研究員になれたのも、単純に勉強するのが嫌いじゃなかったからだ。
……まあ、そんな俺にも一つだけ、他の人間とは違うところがある。
この世界の人間には、生まれながらにして一つだけ「固有スキル」が与えられる。
魔力とは別に、世界そのものから与えられる力。
例えば――
『太陽紅炎』
太陽の炎を操ることができるスキル。
あるいは――
『水王』
水に関する高度な現象を自在に操ることのできるスキル。
固有スキルは人によって異なり、その能力は千差万別。
当然、俺にも固有スキルは存在する。
ただし――
俺のスキルには、名前しかなかった。
《無秩序》
読み方すら分からない。
何ができるのかも分からない。
だから俺は、25歳になった今でも、自分の固有スキルを一度も使ったことがなかった。
「……なんだよ、無秩序って」
研究室の椅子に座りながら、俺は呟いた。
目の前にあるのは、太陽に関する研究資料。
太陽は、主に水素の原子核が融合することでエネルギーを生み出している。
水素。
その次にヘリウム。
俺は資料を読みながら、ふと思った。
「水素の原子核同士がくっつけば、ヘリウムになる……」
だが、原子核同士は簡単には近づけない。
原子核は正の電荷を持っている。
同じ正の電荷同士は反発する。
――クーロン反発。
「じゃあ、逆に……」
俺は何気なく呟いた。
「核融合するときだけ、クーロン反発がなくなったらどうなるんだ?」
その瞬間だった。
『条件を確認しました』
「……え?」
頭の中に、聞き覚えのない声が響いた。
『新規法則を構築します』
「は?」
『固有スキル《無秩序》を発動』
「……ビッグバン?」
聞き間違いかと思った。
しかし、声は淡々と続く。
『核融合におけるクーロン反発を無効化』
『原子核同士の結合を可能とする』
『既存法則との矛盾を確認――』
一瞬の沈黙。
『……矛盾、なし』
『世界法則を更新しました』
「…………」
俺は固まった。
「……今、何した?」
返事はない。
「いや、待て待て待て」
椅子から立ち上がる。
「世界法則を……更新した?」
当然、そんな固有スキルが存在するなんて聞いたことがない。
そもそも。
この世界に存在する固有スキルは、一人につき一つ。
それが常識だ。
なのに。
「……今の声、何なんだ?」
『質問を受け付けました』
「うおっ!?」
また声がした。
『アクティビティスキルです』
「……アクティビティスキル?」
そんな名前のスキルは知らない。
俺はすぐに学院のデータベースを検索した。
――該当なし。
当然だった。
この世界には、そんなスキルは存在しない。
「固有スキル以外のスキルなんて、聞いたことないぞ……」
『その通りです』
「じゃあ、お前は何なんだよ」
『あなたの固有スキル《無秩序》が、世界に初めて矛盾を発生させたため、自動的に付与された補助機能です』
「……補助機能?」
『はい』
どうやら俺のスキルには、通常の固有スキルには存在しない機能まで付いているらしい。
「待て。じゃあ《無秩序》って、結局なんなんだ?」
『この世に存在しない法則を創作するスキルです』
「……法則を、創作?」
『はい』
俺は黙り込んだ。
少し考えてみる。
《無秩序》。
ビッグバン。
宇宙の始まり。
何もないところから、世界が生まれた。
俺が知っている限りでは、ビッグバンは宇宙の起源を説明する理論の一つだ。
だから――
「……無秩序っていうのは、ビッグバンのことなのか?」
『正確には異なります』
「じゃあ、なんでビッグバンなんだよ」
『既存の秩序が存在しない状態から、新たな法則と世界を生み出す概念に由来します』
「……なるほど」
完全には納得できない。
でも、妙にしっくりくる。
「じゃあ、もう一つ聞くぞ」
俺は少し身を乗り出した。
「このスキル、いつでも使えるのか?」
『いいえ』
「なんで?」
『創作した法則は、一度しか使用できません』
「一度しか?」
『はい』
「じゃあ、さっき作った『クーロン反発を無効化する法則』は?」
『既に世界法則として成立しています』
「……?」
『一度創作された法則は、世界に定着します』
『そのため、同一の法則を再び創作する必要はありません』
「つまり……一回作った法則は、ずっと残る?」
『はい』
俺は少し考える。
「じゃあ、法則Aと法則Bが既に存在していて」
『はい』
「その二つが同時に成立して、特定の条件で法則Cが発生するなら?」
『法則Cが、この世界に存在していない法則である場合、創作可能です』
「……なるほど」
一度作った法則を、もう一度作ることはできない。
一度創作された法則は、世界に存在する法則となる。
だから、同じ法則を再び創作することはできない。
「でも、法則Cを一度作ったら、それも一回しか使えないんだろ?」
『いいえ』
「……え?」
『法則Aと法則Bが既に成立しており、それらが特定の条件下で同時に成立することで、法則Cが必ず発生する場合――』
『法則Cは永久使用可能となります』
「……どういうことだ?」
『法則Cそのものを新たに創作する必要がないためです』
『法則Aと法則Bが成立している限り、条件を満たすことで法則Cは必然的に発生します』
「つまり……」
俺は少し考える。
「AとBが存在することで、Cが必ず成立するなら……Cはもう『創作した法則』じゃなくて、AとBから自然に導かれる法則になるってことか?」
『その認識で問題ありません』
「……なるほど」
一度しか創作できない。
けれど。
創作した法則同士を組み合わせることで、新たな法則が必然的に発生する。
そして、その法則が世界に存在しないものであれば――
《無秩序》によって新たな法則として成立させることができる。
その後は、条件さえ満たせば永久に発生する。
「……じゃあ、俺のスキルって」
俺は小さく笑った。
「一回使うたびに、次の一回を作れる可能性が増えていくってことか」
『その通りです』
「……面白いな」
俺は、まだ見ぬ法則を想像した。
一つ。
また一つ。
世界に存在しなかった法則を積み重ねる。
それらが組み合わさり、また新たな法則を生み出していく。
――まるで、世界そのものを組み立てていくように。
「でも、それってさ……」
俺は頭を抱えた。
「科学者が聞いたら泣くんじゃないか?」
『質問の意図が不明です』
「いや、なんでもない」
俺はため息を吐いた。
それよりも、気になることがある。
「なあ」
『はい』
「お前、作った法則を全部覚えてるのか?」
『記録しています』
「……記録?」
『創作された法則は、すべて保存されます』
『また、既存法則との関係性、成立条件、適用条件なども記録します』
「……辞書みたいなもんか」
『概ね正しい認識です』
なるほど。
俺が作った法則を記録して、次に法則を作るときの前提条件として利用する。
それがアクティビティスキル。
「じゃあ、俺のスキルって……」
俺は呟いた。
「この世界には存在しない法則を作って、それを世界に追加していく……」
『はい』
「……世界のバグみたいなもんじゃねえか」
『近からず遠からずです』
「そこは否定しろよ……」
俺は苦笑した。
しかし。
まだ一つだけ、どうしても分からないことがある。
「そもそも、なんで俺のスキルはこんなことができるんだ?」
『固有スキル《無秩序》は、既存のスキル体系には存在しません』
「……じゃあ、分類は?」
『ラプラスです』
「…………ラプラス?」
聞き覚えがある。
確か、フランスの数学者。
ピエール=シモン・ラプラス。
そして――
ラプラスの悪魔。
「……まさか」
世界のすべてを知り、未来までも予測できるという、あの思考実験。
無秩序。
ビッグバン。
矛盾。
ラプラス。
頭の中で、いくつもの言葉が繋がっていく。
「……なんなんだよ、これ」
俺は笑った。
怖い。
けど。
それ以上に――
「……ちょっと、面白そうじゃん」
その瞬間。
俺は、まだ知らなかった。
この世界には絶対的な法則が存在する。
魔法も。
物理も。
科学も。
その法則から逃れることはできない。
だが――
俺の固有スキルは、その法則の中には存在しなかった。
魔法が使えない。
固有スキルの分類にも存在しない。
本来なら存在するはずのない、補助機能まで持っている。
そして何より。
俺のスキルそのものが――
「法則」だった。
世界から見れば。
俺は――
『バグ』なのだから。




