第9話 「カラス男とお姫様」
第9話 「カラス男とお姫様」
「えーっと、アプリトーン・ロゼッティさん。新規登録ですね。では、こちらにサインをご記入ください」
受付のお姉さん(若い。こっちは本当の受付嬢だ)に契約書の書類を受け取る。見慣れた様式だ。コルニリアのギルドにあるのとほぼ一緒だった。あたしはさらさらとサインをして、お姉さんに渡す。
うーん、この書類にいつか自分の名前を記入する、というのがあたしの小さな夢であって目標だったんだけど、実際書いてみると特になーんにも感慨もなくあっさり書けちゃったな。
…もっとこう、『伝説がここから始まる!』みたいな震えるような感動があるって思ってたのに。まーねー、毎日のようにコルニリアで新規冒険者さんが書いたのを処理してたもんなー。もっと溜めて溜めて一言一句落ち着いて書けばよかったかなぁ。
「はい、記入漏れなし。書式に問題はないですね。それでは最初なので【ランクF】からになります。説明はお聞きになりますか?」
「あ、大丈夫でーす。だいたいわかってるんで」
ギルドのお姉さんは怪訝そうな顔をした。なんでこの子、田舎から出てきましたっていう感じのイモい初心者なのに『だいたい』わかってるんだ?ってのが顔に出ていた。
「わかりました。それではこちらの書類をお読みください。契約事項が詳細に記入されていますので、必ず読んでくださいね」
見慣れたブ厚い契約の書類がカウンターに置かれた。ランクSからFまで、成功時の判定から違約金の徴収までびっちり書かれたヤツだ。ぶっちゃけ、あたしはほぼ見なくても全部わかる。可愛げのないFランク冒険者で申し訳ございません。
「はーい。あ、それともう一人冒険者登録したいんですけど」
書類を受け取ったあたしは、ママの分も同じように用紙に記入した。
「エストリオール・ロゼッティさんですね。あら、ご姉妹の方ですか?」
気が付くと、あたしの後ろにニコニコと可愛らしい笑顔のママがそっと立っていた。
「えっ、あっ、そ、そうです…」
あたしは同行者がママだっていうのがちょっと恥ずかしくて、言葉を濁した。なんかちょっと、学校の授業参観にやたら若くて浮いてるキレイなうちのママが来た時みたいな、気恥ずかしさを感じてしまったのだ。
「ご兄弟とかご姉妹で登録なされる方も結構多いんですよねー。やっぱり気心が知れた方が戦いやすいからでしょうか?」
お姉さんは微笑みを絶やすことなく書類の処理を進める。
この人は、本当はあたしの母親なんです…とは、何となく言い出しにくかった。
「うふふ。私、お姉さんですかぁ」
ママはちょっと嬉しそうに微笑んだ。絶対に楽しんでるな、この人。
そうして、無事にアプリトーン・ロゼッティにギルド証が交付され、あたしはFランクの冒険者として正式に一歩を踏み出すことになった。ここのギルド証は肉屋のスタンプカードではなく、ちゃんと金属のプレートでできた立派なものだった。
「Fランクですってー。なんか新鮮ねえ」
ママは新しく支給された白いカードを見てニヤニヤしている。
「トロールを瞬殺できる暗黒騎士がFランク…。ランク詐欺じゃないの?スマーフは重罪なんだよ?」
「どうせわかりっこないわよぉ。ママは戦うつもりもないしぃ」
よくよく見たら、ママは丸腰だった。なんにも武器を持ってない。あたしはママに言った。
「アルディラをあたしにあげちゃったから、ママの武器がないね。なにか買って行こうよ」
「大丈夫よぉ、アプリちゃん。ママ、そこらへんの木の棒でも石ツブテでも戦えちゃうんだから」
ふんふんと鼻息を荒くして得意げに笑うママ。冗談に聞こえないのが一番怖い。たしかにママの投げる石ツブテなら、ドラゴンの堅い鱗でもやすやすと貫きそうだった。
『んー。まぁ、しかし』
そんな時、腰のアルディラがあたしに言った。
『エストリオールの事を姉と言いたくなる気持ちはなんとなく俺にもわかる。特に理由はないが、母親と出掛けるのを人に見られるのってちょっと恥ずかしいよな』
「……あんたってホントに300年生きた魔剣なの?メンタルがあたしと同年代じゃん」
『事実だろ』
「ぐぐっ…、確かに」
あたしは言い返すこともできずに言葉を飲み込んだ。
Fランクの冒険者が受けられる依頼は限られる。あまり高ランクの依頼を受けても失敗するだけだからだ。失敗は死に繋がる。イキって危険で派手な任務を駆け出しの冒険者が受けて悲惨な結果になることを、あたしはギルドの手伝いで何度も見てきた。ママは毎日最前線にいたから、もっともっとそういうことを知っているし、実際目の当たりにしてきたハズだろう。
「あんまりむずかしい任務を受けちゃダメよ。最初は簡単な依頼からいきましょうねぇ」
ちょっぴり心配そうに、あたしと依頼の掲示板を交互に見るママ。
「わかってるって。じゃあ、これなんかどうかな?『カーニバルの警備』」
あたしが手に取った依頼書は、来週ここヴェネルーナで行われるイベントの警備だった。来週から始まるヴェネルーナのカーニバルは、ここヴェルデリア王国でも特にに有名で、参加者が派手な仮面と貴族を模したきらびやかな衣装を身に纏い、サンティ・マルク広場に集まってパレードをしたり舞踏会を行ったりするというものだ。
ただ、このテの大きなお祭りにはトラブルも多く、警備の人はとにかく人手がいる。正規の警備兵だけじゃどうしても足りない。駆け出しの冒険者がこの手のイベントの警備に当たるのは、コルニリアでもよくあることだった。
「マスクド・カーニバルねえ。楽しそうじゃない!受けましょお」
ママもノリノリでその依頼を受けた。
『もともとは身分制度が厳しかった時代、身分の隔てなく貴族も平民もみんなが楽しめるようにって仮面をつけたのが始まりなんだ。あらゆる立場や信条の人間が集まって騒いで飲んで食う、まぁそういう祭りだな』
アルディラが解説をしてくれた。
『ま、今の時代はどれだけ派手に目立つか、を競うイベントになってるようだけどな』
おー。仮面祭りかー。まぁ、警備のあたしたちにはそういう楽しい部分は関係ないんだろうけど、記念すべき初任務だ。ちゃんとこなして栄光の第一歩にしたい。
「うふふふ。ママ、どんな仮面つけちゃおうかなぁ。派手なのがいいわねえ」
「あのねママ。あたしらが参加するんじゃないよ?警備だよ警備」
「あの羽根飾りもいいわねえ。アプリちゃん、あれなんかママに似合うと思わない?」
ぜんっぜん聞いてねえ。あたしはクソデカため息をついた。
一週間後。
指定された広場へ向かうと、すでにそこにはたくさんの冒険者たちが集まっていた。列に並んだあと、ギルドから渡されたのは意外なモノだった。
「警備の皆さんはこの仮面をつけて下さいね」
あたしに渡されたのは丸っこい目と長いくちばしのついた仮面。カラスみたいだ。アルディラがすかさずウンチクを垂れる。
『メディコ・デッラ・ペステ 。大昔の伝染病の時に医者が被ってた防護マスクだな。くちばしの部分に薬草が詰まっていたんだぜ』
「うわぁ、ダークな感じがちょっとカッコいいかもー!」
あたしは大喜びでその仮面を手に取った。
しかし、となりのママに渡されたのはなんだかとんでもないブツだった。
「エストリオール・ロゼッティ様ですね。あなた様はこちらを」
妙に丁寧な感じでママに渡されたのは、ド派手な極彩色に彩られた無数の羽根がびっしりと並んだ豪奢な仮面と、それに似合うような、パニエで大きく膨らませてコルセットでお腹のあたりをぎっちり固めたシルク製の美しい貴族のドレスだった。
「な、なんでママだけ、そんなお姫様みたいな……?」
絶句するあたしに係のおじさんは言った。
「おひとりだけ、ヴェネルーナの最高権力者であるドージェ(総督)様の身辺警護に当たってもらいます。ドージェ様がどうしてもエストリオール様に、とご希望でして」
「あらあら、うふふ。私でいいんですかぁ」
まんざらでもなさそうなママ。またもや見た目で得してる。
「エストリオール様、よろしいでしょうか?」カーニバル担当と思われる、身なりのきっちりした銀髪のおじさんが鋭い目を光らせた。ママはちょっと考えて答えた。
「妹も一緒ならいいですよぉ。ね、アプリちゃん」
…い、妹。20歳も年の離れた、妹。しかし見た目的にはあながち間違ってないのが怖い。
「かしこまりました。アプリトーンさんはペストマスク着用で、エストリオール様の警護をお願いします」
これでもかというくらいうやうやしくに丁寧に頭を下げる銀髪おじさん。つーか、なんであたしは「さん」でママは「様」なのよ!?衣装も雲泥の差じゃないか!ママはキラキラした貴族のお姫様、あたしはその他大勢の怪しいカラス男。これは差別だ。ルッキズムだ。コンプライアンス違反だ。あたしはモーレツに憤慨した。
「アプリちゃんのカラスさんもとーっても可愛いわよぉ」
ノンキなママの声があたしの耳にむなしく響く。
あのね。そもそもママに警護なんて必要ないでしょうが。素手で魔剣を捻じ曲げる女だよ?あたしの鼻息はいつまでも荒かった。ふんふん。




