第6話 「しゃべる魔剣、アルディラ=イグニス」
第6話 「しゃべる魔剣、アルディラ=イグニス」
『おい、お前』
朝、部屋の掃除をしているあたしに、不意に誰かが話しかけてきた。
え、誰?
この部屋にはあたししかいない。
ママは仕事で、あたしは今から学校だ。お洗濯を終えて、バチッと干した。南国の港町の陽射しが今日も眩しかった。
『お前だよ、お前。そこのちんちくりんのチビ』
「誰よ!?いきなり失礼なヤツね!」
あたしは怒鳴って、あたりを見渡した。
当然、誰もいない。
コルニリアは平和な街で、勝手に人の家に侵入してドロボーするヤツなんて滅多にいない。もしいたとしても、そんなヤツは冒険者ギルドの荒くれか、街の自警団がボッコボコにして魚のエサにしちゃうだろう。
『俺が見えないのか、ちんちくりん』
「もー!ムカつく!姿を見せなさいよね!」
あたしは声が聞こえたあたりを睨みつけた。
誰もいなかった。いや、正確には、人はいなかったけど、モノはあった。
そこには、ママの例の『禍々しいアレ』が淡く光っていた。
こいつか、さっきから失礼なコトを喋ってるのは。
あたしはちょっぴりだけビビったけど、あえて強気に出た。
「え、えっ?あんたが喋ってんの?剣のクセして、生意気にも!」
『ナマイキなのはお前だろうが。俺は魔剣だぞ。何百年も生きてる魔剣だぞ。敬え』
「うわ出た。ちょーっと歳が上だからってチョーシに乗る老害。そーいうの、今の世の中だと嫌われるよ」
『…』
「あたし学校行く時間だから。帰ってきたらまた相手してあげる。留守番お願いね!」
あたしは鞄を持って『禍々しいアレ』にウインクをして、手を振った。
『おいコラ待て!そんな軽く扱うのか!?この俺を!』
学校から帰ってきたら、例の『禍々しいアレ』は、すっかりおとなしくなっていた。
「ただいまー。あれ?もう喋んないの?」
『…』
あたしはカバンを机に置いて、やわらかなソファーにドカッと腰を下ろした。
ふんわりした感触と共に、ママのポカポカした匂いがちょっとだけ漂った。
「なーに不貞腐れてんのよ」
『俺をこんな軽く扱ったヤツは初めてだ。…いや、違うな。ふたりめだな。お前の母親とお前だけだ』
「毎日ツッコんで生活してるとさ、多少のビックリじゃ驚かないのよ。鍛えられてるから」
あたしはテーブルの麦茶をゴクゴクと飲んで言った。
「あんた、なんで喋れるの?これって、誰にでも聞こえるの?」
『俺と会話ができるのは、俺と契約した者だけだ。俺は魔剣の力を契約者に与え、魔物の血と魂を求める。そうやって生きてきた』
「あたし、あんたとなんか契約してないよ。キモい」
『キモいとか言うな。傷つくだろ。……おそらく、ずっと俺の側にいたお前の母親と、俺が眠っていた場所の近くにお前がいたから、その影響だろうな』
たしかに、コイツが封印(?)されていた物置から、あたしの部屋はとても近い。距離にして数メートルってところだ。14年も、その影響を受けてた、ってことか。
「なおさらキモい。近くにいただけで感染するとか、変なビョーキじゃん」
『お前本当に失礼なヤツだな。ちんちくりんのくせに』
「ちんちくりんって言うな。あたしはアプリトーンって名前があるんです!」
あたしがそう言うと、ぽわぽわと『禍々しいアレ』は笑ったように紅い光を明滅させた。
『知っている。エストリオールとトリアゾラムの子だろ。俺はアルディラ=イグニス。およそ300年前に遥か西の大陸で作られた、血を啜り肉を喰らう、魔剣だ』
「うわぁ」あたしはロコツに眉をひそめた。「あんた、よくそんな恥ずかしいセリフ言えるね。今どきそんなうすら寒いの、流行らないよ?」
『…』
アルディラ=イグニスと名乗った剣は、ちょっと寂しそうに明滅を繰り返した。明らかに傷ついている。魔剣のクセに弱っちいなあ。でも、ちょっと言いすぎちゃったかな。
「うそうそ、ごめんね。アルディラ。カッコいいって。伝説の魔剣なんでしょ、あんた」
『……そうだ。それなのに、俺をずっと変な布で巻いて、暗い部屋にずっと閉じ込めて、14年もほっとかれた。俺は腹が減った。血を吸って、肉を喰らいたい』
んー。そんなこと急に言われてもなあ。あたしは立ち上がって、冷蔵庫から今日の夕ご飯で使う予定のブタ肉を持ってきた。
「はい、これどうぞ。斬っていいよ」
『お前、俺のことバカにしてるだろ』
夕方、ママが帰ってきた。
「ママ、ちょっとお話があるんだけど」
あたしは玄関に仁王立ちになって言った。
前もあったな、この構図。
「最近、アプリちゃんがいっぱいママと喋ってくれて、ママとっても嬉しいわぁ。昔のアプリちゃんみたいに、ママのこと大好きになっちゃったのねぇ。小さい頃のアプリちゃんはとーってもかわいかったのよー。商店街でスカウトされたりねぇ」
遠い目をしはじめるママ。ヤバい。このままでは本題に入る前に、またもやトンチキ空間に引きずり込まれてしまう。あたしは大きな声で押し切ることにした。
「あのねママ、今日、こいつがなんかベラベラ喋り始めたの!どういうこと?」
あたしはテーブルに置かれた、例の『禍々しいアレ』ことアルディラ=イグニスを指さした。
「あらあらー、アプリちゃんも聞こえちゃったのねぇ」
『……よお、ひさしぶりだな、エストリオール』
ぽわぽわと紅い光を明滅させてアルディラは言った。その声は、あたしにも聞こえた。
「封印の布が取れちゃったから、ちょっとだけ力が戻ったのねぇ。あの布、パパが巻いたから、ママには巻きなおせないわぁ」
ちょっと困ったようにママは言った。
『そうだ。トリアゾラムの術法は完璧だった。俺は14年間眠り続けた。しかし今、俺の封印は解けた。さあ、エストリオール。再び俺を手に取れ。そして、この大陸を血に染め、すべての者どもを魔の眷属にするのだ!』
アルディラはカッコよく宣言して、ピカーっと大きく輝いた。ほえー、これ光熱費が節約できそうだわ。
「えー、お断りしますぅ。ママ、アプリちゃんと楽しく暮らしてるからぁ」
『な、なに!?貴様、俺との契約はどうするつもりだ!?』
「14年も経ったら、時効になりませんかぁ?」
『なるか、ばか者!』
「ママはもう戦わないって決めちゃったのー。ね、アプリちゃん」
ママはあたしに可愛らしく微笑んだ。
『貴様ほどの暗黒騎士が!なぜだ!』
動揺してぽわぽわと光を明滅させる魔剣。ちょっとかわいいな、コイツ。
「せっかく娘と楽しく静かに暮らしてるんだしぃ、もう戦わなくてもいいかなーって」
ママはあたしを抱き寄せてあたしの髪に顔を寄せた。ふんわりとママのいいにおいがする。やさしいお日様のにおい。なんだかんだ言ってもやっぱり、あたしはママが大好きなんだ。
『俺とお前が組めば、以前のように世界を混沌の渦に巻き込むことだってできるのだぞ!考え直せ、エストリオール!』
伝説の魔剣、アルディラ=イグニスはまくしたてるようにママに言った。
しかしママは小さく、ほんの小さく呟いた。
「……うるさいわねぇ」
声のトーンが一段下がった。
「へし折るわよ」
『…』
アルディラは、急に黙った。
『なあ』
その夜、アルディラはあたしに小さい声で話しかけてきた。
「なによ」
『お前のかーちゃん、なんか変わったな』
「あたし昔のママ、知らないもん。あたしにとっては、ずっとあんな感じだよ」
『…昔はあんなのじゃなかったけどな。エストリオールは俺と契約した者の中で間違いなく最強の暗黒騎士だったぞ。俺とあいつは大陸中を震撼させたもんだ』
アルディラはぽわぽわと赤い宝玉を自慢そうに光らせた。
「今のママは、マジでノーテンキでなーんにも悩み無く生きてそうだよ」
『時代が変われば、人も変わるってことか…。それなら』
ピカーっと赤い光があたしを一直線に照らす。
『アプリトーン、お前が俺と契約しろ。お前みたいなちんちくりんでも、俺の力があれば最強になれる。伝説の暗黒騎士にしてやる』
「えー、冗談でしょ?あのトゲトゲヘルメットカッコ悪いもん」
『ああ、あれはエストリオールの趣味だ』
「…」
あたしは黙った。
聞きたくなかったなー、若いころの自分の母親のそういう『激痛』エピソード。あたしはしみじみ目をつぶり、頭を軽く振った。
その時だった。
あたしの部屋のドアがばーん!と開け放たれて、ママがすごい勢いで入ってきた。
「やっぱりこいつ、へし折るわねぇ…!」
ママの目が真っ赤に輝いている。目から放たれる輝きが残像を映し出していた。
『うわエストリオール!聞いていたのか!や、やめろ!曲げるな!』
その叫びもむなしく、ママはすさまじい力でアルディラを折り曲げはじめた。
ミシミシミシ。スゴイ音がする。
ウ、ウソだろー!?素手で?剣だぜ?
ママのあまりの勢いに、あたしはもはやツッコむ声も出なかった。
「ふう。これでしばらくおイタできないでしょー?あんまり余計なこと言わない方がいいわよぉ」
ママはいつもの大きくて青い瞳にもどって、にっこりと微笑み、部屋を出て行った。
嵐が過ぎ去った後、伝説の魔剣はイビツにひん曲がっていた。
『…お前のかーちゃん、怖い』
「…うん」
それからしばらく、平和な日が続いた。
アルディラはあまりしゃべらなくなった。きっとママがマジで怖かったんだろう。
あたしはそんな魔剣が可哀想になり、少しずつおしゃべりをしてあげた。
話してみると、案外、コイツはいいヤツだった。
ちょっとエラソーだけど長生きしてるだけあって、色々モノを知っていてあたしに教えてくれた。大陸の文化とか、歴史とか、風景とか。
『ヴェネルーナって街があってな、そこは道の代わりに水路が走ってんだ。だからみんなゴンドラ船で買い物に行くんだぜ。夕暮れにはランプが水面に映るんだ。綺麗だぞ』
「へええ、面白そう!」
『まだまだあるぞ。大陸の山の中にあるサン・テッラって街には、丘の上に古ーい神殿があるんだけどな、そこにでっかいキュプロクスが棲みついていて、それを俺とエストリオールで退治したんだ』
「うわああ、見たかった―!」
あたしは、アルディラの話を聞いて胸が躍った。
やっぱり、あたしは旅に出たい。
ヴェネルーナも、サン・テッラも、この目で見て、この耳で聞いて、本物を感じたい。
アルディラの胸躍る冒険の話を聞いて、あたしの心はバクハツ寸前だった。
春が来て、港町を吹く風が暖かくなった。卒業まであともう少し。迷っているヒマはない。残された時間はあとわずかだ。
あたしはついに決心をした。今日、ママにブチ撒ける。ママが飲み始める前に決着をつける。ママがシラフの状態じゃないと話にならない。
タコのマリネの夕食を囲みながら、あたしは言った。
「ママ、ちょうど良かった。実は、話したい事があったの」
ママは目をぱちぱちとさせて、あたしを見た。いつものように、澄んだ優しい目だった。
「あのね、ママ…」
黙っていたママは、にっこりと笑って、それからゆっくりと言った。
「わかってるわよ。進路のことね。アプリちゃん、ママのために我慢しなくてもいいのよ」
今度はあたしが目をぱちぱちさせる番だった。
「えっ、な、なんでわかったの?」
やば、声が上ずっちゃった。
「ママは、アプリちゃんのママだからよ。ママ、アプリちゃんのことならなんでもわかっちゃうんだから」
ママはウインクして言った。
ちゃんとあたしを見てたんだ。見てくれていたんだ。
この人は、やっぱりタダモノじゃなかった。
あたしは一度大きく深呼吸して、はっきりとママに伝えた。
「うん。実はあたし、コイツと旅に出ようと思ってる」
あたしは無様に折れ曲がったまま、リビング脇に放置されているアルディラ=イグニスを指さした。
「コイツ、なんか結構いろいろ知ってそうだし、旅のパートナーとしてはいいんじゃないかなって思ってきたの。ママ、どう思う?」
「それは、アプリちゃんも彼と契約して、暗黒騎士になるってことよぉ。それでもいいの?」
「うん」あたしが大きく頷くと、ママも頷いた。「あたしもママみたいな強い冒険者になりたい」
あのトゲトゲヘルメットはイヤだけど。と、あたしは心の中で小さく呟いた。
「わかったわ。聞いた?アルディラ」
『ああ。と、言いたいところだが」アルディラは一拍おいて、力なく言った。『お前の旦那の封印の力が強すぎて、俺の魔力は昔の半分も出せん。しかも、お前にこの前へし折られて、残った力も僅かになっちまった。今の状態ではアプリトーンと新しく契約はできん。身体を作り変える必要がある』
「アルディラ、あんたそんなことできるの?」
『俺は300年生きた魔剣だぞ。その都度、使用者に合わせて刀身を作り変えることなんて造作ない。エストリオール、力を貸せ』
「うふふー。貸してください、でしょお?」
『な、なぜ俺が頭を下げなくてならんのだ』
「もう一回曲げちゃってもいいのよー?」
『…。……す、すみませんでした。…貸してください』
「エストリオール様、は?」
『エ、エストリオール様…』
なんだかアルディラがかわいそうになってきた。
「いい子ねぇ。よろしい。じゃあ、少しだけ力を出してあげましょうねぇ」
ママが空に左手を掲げると、いつか見た『血の塊』みたいな赤い光が凝縮された。ママはその光を折れ曲がったアルディラに向けて解き放った。
反応するようにアルディラの真ん中にある宝玉がまばゆく輝き、二つの輝きが溶けあった。
あまりの眩しさに目がくらみ、あたしはぎゅっと目を閉じた。
光が静まり、おそるおそる目を開けると、アルディラは全く違う姿になっていた。ぐにゃぐにゃした刀身はまっすぐになり、その刃もあたしの使ってたショートソードくらいになっていた。黒くてうっすらと光る刃と刀身の謎の文字は変わらず、柄を彩る赤い宝石もやや小ぶりになったもののそのままだった。
「アンタずいぶん、すっきりしたね」
『これくらいが今の俺の限界だ。これならなんとか俺も戦える』
あたしはその黒い剣を手に取った。まるで手に吸い付くようにピタッとはまった。その刀身は羽のように軽い。これが、魔剣の力かぁ。あたしはひとり感心した。
アルディラの宝玉が妖しくゆらゆらと光った。
『さあアプリトーン、俺と契約しろ。俺を手に取ったその時から、お前は変わる。伝説の暗k…』
「ちょーっと待ってねぇ」彼のカッコいいキメセリフをちょん切って、ママが間に入ってきた。「アルディラ、あなた勘違いしてない?アプリちゃんは未成年よぉ。未成年は保護者の同意が必要でしょー?ママが連帯保証人になるわねぇ」
『そ、そんなものいらん。人間の契約とは違うんだ。保証人など必要ない』
焦って否定する伝説の魔剣。超早口だった。ビビりすぎだろ、あんた。
しかしママは今日一番のとびっきり可愛い笑顔を作って、言った。
「要るわよ。だって、ママも一緒に行くもの。冒険の旅に」
一瞬の沈黙。
「「ええええーーー!!?」」あたしとアルディラの声がピッタリとシンクロした。
「ママの仕事はどうするの!? このお家は!? あたしの冒険の主役が奪われるじゃん!」
「なんとかなるわよぉ。そのへんはアドリブでー」
「い、いい加減すぎる!」
こうしていつものようにグダグダなまま、わが家の夜は更けていった。




