第5話 「トゲトゲヘルメットの暗黒騎士」
第5話 「トゲトゲヘルメットの暗黒騎士」
あたしには、夢があった。
冒険者になること。
世界を旅して、世界中の人と触れあって、世界中の人と友達になりたい。
見知らぬ国の聞いた事のない言語に触れ、今まで会ったこともなかった文化に触れ、その土地の音を聞き、目で見て、未知の空気を胸いっぱいに吸いたかった。
でも、目の前のズボラでグータラな「元・冒険者」を見る度にその夢は、少しずつ霞んでいった。
その日はママはお仕事が休みで、あたしも学校が休みだった。
休みの日のママは、昼間から大好きな甘ーい果実酒を飲みつつ、リビングのソファーでゴロゴロしながらクダをまいている。休みじゃなくてもお酒は飲むんだけど、休みの日はもう手に負えない。飲むとめちゃくちゃ絡むんだ。普段からでもじゅーぶんウザいくらいあたしに構ってくるけど、お酒が入るとその数倍、ウザさが跳ね上がる。
今日も今日とて、ママはお酒を飲みながらあたしにウザ絡みをしてくるのだった。
「ねえねえ、アプリちゃーん」
「なに、ママ?」
勉強中だったあたしは、ノートに書き込む手を止めて、顔を上げた。
「うふふふふ。なんでもなーい」
「なんでもないなら呼ばないでよ。あたしも結構忙しいんだからさ」
「えへへぇ。アプリちゃん可愛いー。ママ、アプリちゃんのママで良かったわぁ~」
「はいはい。ありがとね。アタシモ、ママノ子供デウレシーナ」
あたしは絡んでくる酔っ払いをテキトーにいなしながら、学校の課題をこなす。こう見えてもあたしは結構成績がいい。勉強も運動もかなり自信がある。卒業までもう少しなので、あたしは上位の成績でゴールして、進路をバッチリ決めたかった。
進路。
将来の夢。
でも、あたしはまだ迷っていた。
……あたしは、あたしは一体、何になりたいの?
ノートに書いていた課題の手が止まる。最近いつもこうだ。将来のことを考えると、頭が全然回らなくなっちゃう。
「えへへへ、アプリちゃーん。おつまみたりなーい。お酒もなくなっちゃったぁ。持ってきてぇ」
そんな人の気も知らないで、のんべえが真っ赤な顔であたしにおかわりを要求してくる。
あたしは黙って、キッチンの冷蔵庫(氷の魔法で冷やしてあるヤツ)から、おかわりのサングリアとママの大好きなチーズを取ってきた。
「ありがとぉ、アプリちゃん。ママ、酔っぱらっちゃったぁ。もうダメかもぉ」
などと言いつつも、あたしが持ってきたサングリアをなみなみとデカグラスに注いだ。
そして2時間後。
ママは空のサングリアの瓶を抱えたまま、幸せそうな顔でグースカと、ソファーに寝っ転がったまま爆睡していた。その顔は、ホントに幸せそうだった。その表情は、まるでコルニリア聖堂に描かれた、有名な天使の絵画みたいだった。酒瓶を抱えているけれど。
服装はもっと酷いことになっていた。右の靴下が半分脱げ、申し訳なさそうにつま先にへばりついていて、左の靴下はなぜかママの左手にはまっていた。スカートはめくれあがって、真っ白で細い足がガッツリ出てるし、シャツが思いっきりずれてママの大きなおっぱいが半分はみ出していた。あたしはため息をついて、ママに毛布を掛けて、荒れ放題のテーブルをかたづけた。チーズが溶けて、テーブルにべったりとくっついている。しかしながら、お酒は一滴もこぼれていないところが、ママのスゴいところかもしれない。
あたしはクソデカため息をつきながら、テーブルを拭いた。
ママは、ひとりでは生きていけない。
ごはん作るのだけは一流だけど、お掃除もダメだし、お片付けもできない。
買い物だってかなり危うい。お洗濯だってあたしのパンツをパクるくらいサボる。
甘えん坊で、寂しがり屋で、生活力ゼロのママ。
あたしがいないと、ママはきっと干からびて死んじゃう。
あたしが夢を追いかけて、ママをひとりにするなんて、あたしにはとてもできない。
何より、寂しがるママを見るのは、イヤだ。
あたしは冒険者には、なれない。なれないし、ならない。
学校で配られた進路希望調査票に、あたしは『冒険者』とは書かなかった。
「ちょっと、あたし出かけてくるねー」
モヤモヤしたあたしは、グースカ寝てるママに声をかけて家を出た。返事はなかった。
あたしが向かった先は、冒険者ギルドだった。
特に用事がある訳でもなかった。なんとなく、足が向いた。
今日のギルドは、なんとなく雰囲気が違ったように見えた。
普通だ。普通に回っている。
カウンターに長蛇の列は無いし、待合いの椅子やテーブルに人がごった返していない。いつもの半分、いや、いつもの三分の一も人がいない。
その空間は、まるで学校の職員室とか、お堅い警備兵の詰め所みたいに感じた。
冒険者さんたちは依頼掲示板を眺め、気になった依頼をカウンターへ持っていく。今日の受付嬢さんはママの同僚のミーアさんだった。
ミーアさんは20代前半のドワーフ族の女性で、背が低くてがっしりしている。腕とか首とか超太い。物静かであまりしゃべらないけど、とっても強くて、とっても有能なお姉さんだ。今でも現役の冒険者さんで、集めた鉱石や宝石を鑑定したり細工したりしているらしい。あたしにも優しくしてくれる、憧れのベテラン冒険者だった。
あたしはミーアさんに軽く会釈をして、依頼の紙がいっぱい貼られた掲示板を眺めた。
『商隊の護衛』『幻の鉱石の捜索』『飼い犬探し』『街外れのゴブリン退治』などなど、今日も依頼がいっぱいある。その紙に書かれた説明の文字は、丸っこくて可愛い、だけど読みやすい見慣れたママの字だった。
王都からの依頼もあった。『北の山に棲むレッドドラゴンの退治』。伝説の巨竜レッドドラゴン。報酬は金貨1000枚。どんな人がこの依頼を受けるんだろう。きっとおとぎ話の勇者さまみたいな凄腕パーティが、颯爽とドラゴンを退治するんだろうなぁ。
あたしがそんな妄想をしつつ、ぼんやり掲示板の下の方を見ると、そこにはお尋ね者の人相書きがあった。えーと、なになに?『凶悪な殺人犯・金貨50枚』『国家転覆組織の幹部・金貨75枚』『裏切り者のエルフ戦士・金貨100枚』…うーん、どいつもこいつも凶悪そうなツラ構えだった。
さらに見ていくと、その下に桁違いのヤツがいた。
その依頼が出されたのはもう14年も前という、年季の入ったシロモノだった。
フルフェイスのトゲトゲした兜を被っていて顔がぜんぜんわからない、悪そーな騎士。
『伝説の暗黒騎士・金貨10000枚』
二度見した。い、いちまんまい!?あたしは目を剥いた。レッドドラゴンが金貨1000枚なのに、この人ってそのドラゴンの10倍は危ないヤツってこと!?興味を持ったあたしは、その下のママが書いたと思われるかわいらしい文字の説明文を読んだ。
『国家最大のSSSクラスの厄災級極悪冒険者。ひとたび剣を振るえば山が割れ、海が裂けるといいます。興味本位で近寄っちゃダメ!きゃあ!こわーい』
…説明になってない。明らかに書くことが無くてテキトーにでっち上げた文だった。ただ、見た目の紹介はワリと克明に描かれていた。
トゲトゲのついた、顔まで隠れる黒い兜。真っ黒な鎧。血のように紅いマント。そして手にしている巨大な剣は、ヘビのようにウネウネした刃を持ち、柄のところに巨大な宝玉がついているという。
……うん、これ、アレだな。うちの物置にあるヤツだ。
っつーことはだよ、この賞金首が、うちのママってこと?
今まさに、うちのリビングでお酒飲んで酔いつぶれてるズボラでグータラで、のんべえのママが、金貨一万枚の極悪賞金首?そんなバカな。子供でももうちょいマシなウソつくわい。
「あら、アプリちゃんじゃない。今日はエストさん、お休みよ」
不意に声を駆けられたあたしは、はっと我に返り、後ろを振り返った。そこにいたのは、金色の長い髪が風に揺れる、背の高いエルフの女性だった。
「あっ、こんにちは。ロナファルニさん」
ロナファルニさんはこの冒険者ギルドのギルド長で、この街の実力者だった。あたしたち母子にもいろいろお世話を焼いてくれている方だ。ママのドジも、ロナさんがいろいろカバーしてくれているんだと思う。感謝しかない。
「いつもママがお世話になってます」
「いいえ。こっちがエストさんに毎日助けてもらってるのよ」
ロナさんは優しく微笑んだ。その目は慈愛にあふれ、嘘やお世辞ではないことを物語っていた。
「えー?ホントですか?ママがいつもみなさんにメーワクかけてんじゃないかって、心配してます」
「それは、アプリちゃんがエストさんのことをよく見てないから、よ。エストさんは凄いんだから」
ロナさんはあたしにテーブル席の椅子に座るように勧め、あたしは言われるまま座った。ロナさんは、その向かいに座る。ロナさんの長い脚が組まれる。その優雅な動きに、あたしは釘付けになった。ミーアさんが、あたしにオレンジジュースを持ってきてくれた。
「このお仕事してるとね、トラブルが多いのよ。依頼を出す方、受ける方。ギルドはその両方からのクレームを受けるのよ。話の通じる人ばかりならいいけど、そんな人ばかりじゃないのよ」
あたしは大きく頷いた。学校でも、そういう話の通じないヤツいるもんね。
「そんなクレームや文句を、エストさんはちゃんと聞く。聞いたうえで、ちゃんと対処する。適当にしないで、きちんと。だからみんなエストさんなら、って信頼してくれてるの」
あたしはオレンジジュースをストローで飲みながら、ロナさんのピンク色の唇を見つめた。ママが、上司に褒められてる。あのズボラでグータラなママが。
「コルニリアの冒険者ギルドが、国内でもトップクラスの達成率なのは知ってる?」
「いえ、知りませんでした」
「エストさんが来てからよ、それ。エストさんがみんなに優しいから、エストさんがみんなのお話をしっかり聞くから、冒険者さんがお互いを信頼して、そうなってるのよ」
あたしは息をするのも忘れて、ロナさんの話を聞いた。
ママが、そんな風に思われていたなんて。
ただ、見た目が可愛いから、ドジしても許されているだけだと思っていた。
ただ、雰囲気がゆるーいから、なんとなーくみんなが甘いだけかと思っていた。
ママは、ちゃんと仕事をしていたんだ。
「今日はなんか、みんな大人しいでしょ?エストさんが居ない日は、ずっとこうよ。書類の整理が捗るから、静かな日もいいけどね」
ロナさんは長いまつ毛を揺らして、上品に笑った。
ズボラなママと、賞金首のママと、職場で信頼されてるママ。
あたしはまた、ママがわからなくなった。
「ねえアプリちゃん。アプリちゃんって、将来なにになるのー?」
ある日の夜、夕ご飯の時にママに聞かれた。
今日のメニューはイワシのベッカフィーコ。コルニリア港で揚がった新鮮なイワシにハーブを混ぜた特製のパン粉を詰めて焼き上げた料理。サクッと軽やかな歯触りと鼻から抜ける柔らかなハーブの香り。今日もとっても美味しかった。本当にママのゴハンは美味しい。それだけは自信を持って言える。
「アプリちゃんなら何にでもなれそうねぇ。吟遊詩人とかどうかしら?アプリちゃん可愛いし、歌も上手いから、すぐに人気になるんじゃない?」
あいかわらずトンチキな事を言っている。
「あーん、可愛いアプリちゃんがアイドルになったら、ママはステージママねぇ」
ぽわーんとした熱い瞳で天井を見上げるママ。アホかー!吟遊詩人なんて、そう簡単になれるワケないだろ!よしんばなれたとしても、それで食べて行けるほど世の中は甘くないなんて、14歳のあたしでもわかる。
「あたしは、学校を出たら、工房で錬金術師見習いになろうかと思ってる」
あたしはママから少し目を逸らしながら、心にもない事を口に出した。
「あらぁ、お薬屋さんねぇ!アプリちゃん薬草とか詳しいものねぇ。とってもステキよ。そうしたら、ママ若返りの薬でも作ってもらおうかしらー」
これ以上若くなってどうする。ロリババアにでもなるのか。
「うちのギルドにも、錬金術師さんからよく依頼が来るわぁー。ほら、北通りのマシニン先生いるでしょ?あの人最近よく言ってるわぁ。『最近の冒険者はいい加減だから、採ってくる薬草の質が悪い。まったく今の若いもんは!』とか言っちゃってねぇ」
マシニン先生のモノマネまでして、楽しそうに話すママに冷静なツッコミをいれるあたし。
「あのー、ママ?ギルドに守秘義務とかないの?」
「あらら、そうだったわねぇ。えへへ、失敗失敗。さすが、アプリちゃんねぇ」
ペロっと舌を出して照れたように微笑むママ。なんなんだ、この緊張感のなさは。
「ママ、あたし…」
言いかけて、ぐっと飲みこんだ。言えなかった。言葉が出なかった。『冒険者になりたい、世界中を旅したい』なんて、あたしには言えなかった。
「…本当はね、…ううん、なんでもないや」
学校を卒業したら工房で修行して、錬金術士に、あたしはなる。
それでいいんだ。お薬好きだし。学校で学んだ知識も活かせるし。
そうすれば、あたしはコルニリアにずっといられる。
大好きなママとずっと一緒にいられる。
ママをひとりにさせなくてもいい。
もしあたしが家を出たら、この家は一週間でゴミの山となり、二週間でママは干からび、三週間でわが家は崩壊するだろう。
そんなママを、ひとりでコルニリアに置いて行くなんて、あたしにはゼッタイできない。
冒険者になるという、夢はあきらめた。
『夢は叶わないから夢なんだ』って聞いたことがある。まさにそうなんだろう。
それでいいんだ。あたしはそれでいいんだ。
あたしは、そう自分に無理やり言い聞かせた。
でも。
…あたしは、本当に、それでいいの…?
胸の中のモヤモヤは、ずっと晴れなかった。
「…ごちそうさま」あたしは席を立って、自分の部屋に戻った。
その日の夜中。
夕ご飯の時のことが頭の中でぐるぐる回って、あたしはよく眠れなかった。
何度も寝返りを打つ。
あたしの夢。ママの生活。あたしの生活。ママの夢。
答えはすぐに出そうになかった。
しばらくそうしていると、遠くからトテトテと足音がして、あたしの部屋の前で止まった。
「…アプリちゃん、おやすみなさい」
ママだった。あたしは返事をしなかった。
さっきのあたしの態度に、ママは何かを感じたのかもしれない。
ママは、あたしの部屋の前でそれだけ言って、またトテトテと廊下を戻って行った。




