第4話 「物置にあった禍々しいアレ」
第4話 「物置にあった禍々しいアレ」
しばらく経ったある日、あたしはお家の物置にいた。
大陸の南の方に位置するコルニリアでも、冬は寒い。当然春になれば衣替えもする。
この頃少しずつ季節が変化し、春物のお洋服が必要になってきていた。
片付けが苦手なママに衣替えを任せていたら、夏でもセーターやコートが、リビングのタンスをいつまでも占拠している事態になりかねない。
「おっもー!まったくもう、ママったら、全然片づけてないじゃん!」
あたしは荷物(というか、ガラクタがほとんどだと思う)が散乱し、もはや魔窟と化した物置を探し回った。
「えーと、春物はどこだーっと…え、なにこれ」
あたしの手に触れたのは、春物と夏物がごっちゃになった箱と、その横に無造作に置かれた長い「何か」だった。変な文字が書かれた黒い布でしっかりと巻かれている。そういやずいぶん前から、この棒はここにあったような気がする。農機具かなって思って放っておいたけど、そーいやママが畑仕事をしているのなんて、あたしは一度も見たことがない。
今までは気にしなかったので、それを手に取ることもなかったし、気にかけることもなかった。
でも、今日のあたしは妙に気になって、その棒を手に取った。重い。ずっしりと重量感がある。絶対、コレは農機具じゃない。あたしは思い切ってそれを包んでる布を剥がした。
「……なにこれ」
あたしはもう一回、『なにこれ』を繰り返した。
それは、漆黒の刃を持つ、長い剣だった。刀身がぐにゃぐにゃとヘビみたいに曲がっていて、うっすらと紫色に光っていた。ご丁寧に刃に見たこともない赤い文字まで刻まれている。鉄とか青銅とかのありふれた金属でできているようなシロモノではない、ってことは素人のあたしの目にも明らかだった。
そしてそれ以上に目を引くのは、刃と柄を繋ぐところに埋め込まれた真っ赤な宝玉。まるで生きているかのようにその宝玉は、紅い光を明滅させていた。
禍々しい、まさにそんな表現がぴったりの剣だった。
あたしはあの日のママを思い出した。怪物を一瞬で倒したママの、真っ赤に輝く目。あの日のママの目と、この剣の宝玉は同じように見えた。
「……なんか、すごいモノ見つけちゃったかも」
あたしがその剣の宝玉に触れた、その時。
『……お。なんだ、女か。しかもガキじゃねえか。この俺をこんなホコリっぽい所に放置しやがって……。おい、聞いてんのかよチビ』
「えっ。……今、何かすごい悪口を言われたような気がする」
あたしは周りを見渡した。でも、物置にはあたし一人だけ。……外からの声かな?
窓の外を見たけど、誰もいなかった。心霊現象か。
だけど、その剣から伝わってくる「イライラした空気」みたいなものは、たしかに感じられた。
背中に何かうすら寒い物を感じたあたしは、慌てて剣に布を巻きなおし、春物の服を持って逃げるように物置を出た。
なんでこんなモノがあたしのワンピースやキュロットと一緒になってんのよ?
世界観がここだけ違うでしょうが。
ママは、絶対何か隠してる。ママは、本当はナニモノなんだろう?
その日の夕方、仕事から帰ってきたママに、あたしは仁王立ちになって聞いた。
「ママ、ちょっとお話があるんだけど」
一瞬だけビックリしたような顔をしたママは、ぱあっと花が咲いたような可愛い笑顔を見せた。
「アプリちゃんが話しかけてくれるなんて、ママ嬉しいわぁ!最近、アプリちゃんママに冷たいから、寂しかったのよー」
あたしはもう14だ。小さい子供じゃないんだから、いつまでもママにベッタリじゃおかしいだろ。でもそれは言わない。また話が脱線して転覆してしまう。ママと話すと、話が飛躍どころか、となりの星まで行ってしまいそうだったから、あたしはド直球で聞いた。
「ママって、いったいナニモノなの?」
ママは、大きくて澄んだ青い目をぱちぱちと瞬かせた。あたしの言っている事が、いまいち理解できてないようだった。
「ええっ?ママはママですよぉ?アプリちゃんのことを大好きな、やさしーいママよ?」
あいかわらずのトンチキ発言に、あたしはジト目でママを見た。
「今日はママの、その雰囲気に飲まれないからね。ちゃんと答えてくれるまで、あたしは動かないから」
あたしはリビングの椅子にドカッと深く腰掛けた。
ママもニコニコしながらあたしの向かいの椅子にちょこん、と座った。
こういうなにげない動作も可愛いんだよな、ママはさ。あたしは大きくため息をついて、続けた。
「ちゃんと答えて。ママってナニモノなの?」あたしはもう一回同じ質問をした。
「えーっと、女性よ」
「知ってる。そういうこと聞いてない」
「じゃあ、コルニリアに住んでまーす」
「それも知ってる。そうじゃなくて」
「年齢はぁ、さんじゅう…いっ歳くらい…?」
「なんで疑問形なのよ?ママは34でしょ。その3歳の差に必死になる感じ、余計に老けて見えるからやめなよ」
ダメだ。全く話が進まない。あたしは戦法を変えた。
「ママ、あたしに何か隠してない?」
ママの大きくて青い瞳をまっすぐに見ながら、あたしは聞いた。
「……」
おっ、これは効いてるみたい。
重い沈黙が流れた。
「……ごめんね、アプリちゃん。ママ、実は……」
ママはしばらく黙った後、目を伏せて声を震わせた。
あたしはごくりと唾を飲んだ。
「…アプリちゃん、ごめんなさい。戸棚にあった、アプリちゃんのチョコ、ママ全部食べちゃったぁ…」
「え!?あれ大事に取っといたおやつなのに!?それはそれとしてムカつくけど、そうじゃない!もっとあるでしょ!?」
ママはさらに申し訳なさそうな顔をして、言った。
「じゃあ、アプリちゃんの大好きなベーコン、昨夜おつまみにして食べちゃったことぉ…?」
「ええっ!?アレも食べちゃったの?アレはあたしのお弁当用だって言っといたのに!でもそれも違う!そんなことじゃない!」
ママは泣きそうな顔になって、さらに言った。
「もしかして…ママ、お洗濯が面倒で、替えのパンツがなくなっちゃったからぁ、アプリちゃんのパンツをちょいちょい借りてるって、こと…!?」
「だからか!あれ?あたしの下着が妙に少ないな…?って思ってた!犯人はママか!めちゃくちゃムカついてるけど、それでもない!」
そこまで言うと、ママはハッと何かに気づいた顔をした。大きな目に涙が浮かぶ。
「ひどいわ、アプリちゃん…。まるで誘導尋問じゃない…。アプリちゃん、ママのこと信用してないのね…。ママとーっても、悲しいわぁ…」
あろうことか、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。なんだかこっちが悪いような気になってしまい、あたしは怯んでしまった。
いやいや、違うだろ!聞いてるのはこっち!何か隠してるのはママ!怯むな、アプリ!
あたしは気合を入れ直してママにもう一度聞いた。
「ママ、ママって本当は強いんでしょ?」
ママは一瞬だけ、動きが止まった。
「この前のママは、すごかった。まるで、おとぎ話の勇者さまみたいだった」
『おとぎ話の勇者さま』ママは、その言葉ににへらーっと笑った。さっきまで泣いていたのに。にへらーって笑ったんだ。あたしはそのギャップに、少し、いやかなり、ヒいた。
「ママは弱いわよー。とーっても、弱いの。重い書類も持てないしぃ、お野菜の皮むきも苦手なのぉ。でも、アプリちゃん、どうしてそう思うの?」
そう言いながらも、まだ目元にニヤニヤが残ってるママは、あたしにそう聞いてきた。
「嘘。ゴブリンやトロールをあんな簡単に退治できる人間なんて、あたし見たことない。木の棒やナマクラな剣で、怪物を真っ二つにするなんて、ゼッタイ普通じゃない。それに…」
あたしは大きく息を吸って、はっきりと言った。
「この前、物置で見つけちゃったもん!ママの秘密!」
あたしはテーブルの下に隠していた例の『禍々しいアレ』を取り出し、ママに見せた。
「どぉ、ママ!コレを見て、まだシラを切る気!?」
ママはまた、大きな目をぱちぱちさせて、あたしと『禍々しいアレ』を見比べた。
それから、ふーっとわざとらしいため息をついて、にっこりと笑った。
「あらあらぁ。ついに見つけちゃったのねぇ。あんなに奥深くに封印していたのにねぇ」
「いや、夏物の服と一緒に置いてあったけど。ワリと手前に。無造作に」
あれのどこが封印なんだ。あれのどこが。ただ置いてあっただけじゃないか。
「そうだったっけ?ママ、お片付けが苦手なのよねぇ」
ママは困ったような苦笑いをした。でも今日は逃がさないぞ。
あたしは追撃に入った。一気にまくし立てる。
「と・に・か・く!説明して!」
「ええーっとぉ、この剣はねぇ、あ!そうそう、拾ったの」
「嘘つけぇ!ママ、あたしの事バカだと思ってるでしょ!?」
ママは、クスクスと可愛らしく笑って、あたしに言った。
「もう、アプリちゃんには嘘はつけないわねぇ。特別に教えちゃう。実はね、ママはむかーし、冒険者だったのー」
やっぱり。ママはそうだったんだ。妙な強さも、回復の魔法も、みんな昔取ったナントカだったんだ。あたしはママの強さに少しだけ納得した。
だけど、それにしたって強すぎないか?あんなレベルの戦士、コルニリアの冒険者ギルドにひとりもいないだろう。なんで、そんなツワモノがこんな田舎町で冒険者ギルドで受付嬢なんてやってるんだ?あたしの疑念は止まらなかった。
「アプリちゃん、ママ、いっぱい喋ったらお腹すいちゃったわぁ。ごはんにしましょうねぇ。ママ、腕によりをかけてごちそう作るわよぉ」
そそくさとキッチンに消えるママの背中を見て、あたしは思った。
あたしは学校を出たら冒険者になりたい。世界中を旅して、色んな景色を見たい。でも、でもね。
冒険を続けて、最強の戦士になって、その結果が目の前の、ズボラでグータラで、お酒と昼寝が大好きな、若作りのポンコツ受付嬢。大冒険の先にあるのが、この結末って、それって、それってどうなの!?
あたしはまた、頭を抱えた。何度目だろ。
「で、ママってどういう冒険者だったの?あんなに職場でドジしまくりなのに、冒険者って務まるの?」
ママの作った夕食を食べながら、あたしはママに聞く。今日のメニューは、カサゴとムール貝のアクアパッツァだった。あいかわらずメチャクチャ美味い。ママの料理『だけ』は確実に、ホンモノの伝説の冒険者レベルだった。
「失礼ねえ。パーティのみんなも、ママのことを頼りにしてたのよぉ。ママがいなかったらとっくに全滅してたわねぇ」
ゼッタイ嘘だ。パーティのメンバーがママのお世話を焼いていただけだと思う。
「パパも、その時に知り合ったの?」
「そうよー。パパも十分変な人だったわぁ。あの人もママがいなかったら、とっくにどっかで死んじゃってるわねえ」
「じゃあ、今は別々って事は、どっかで死んじゃってるのかな」
「うーん。どうかなぁ。簡単に死なないような人だから、案外無事かもねぇ」
パパか。あたしはパパにはちょっと恨みを感じている。ママを一人にして、あたしたちを置いて、ひとりでどっかに行ってしまった。お金を送ってるとか、そういうのも聞いたことがない。あたしが冒険者になろうと思っている理由の一つは、パパを探し出して、パパから多額の養育費とママへの慰謝料を請求することだった。大量に利子もつけて。
「ママ、冒険者って大変?」
「えー?大変だけど、楽しいわよぉ。毎日違う場所で、毎日違う戦い。いっぱい危ない思いもしたわぁ。死にそうな目にもあったわよー」
「ほええ。ちょっとそのヘンの話、聞かせて欲しいな」
それからしばらく、ママの美味しい料理を食べながら、ママの冒険話を聞いた。
でも、ママがなんであんなに強いのか、あの変な武器は何なのかは、結局わからなかった。
「ママが凄腕の冒険者なのはわかった。じゃさ、なんで今はこんな感じなの?わざとやってるの?」
あたしは素朴な疑問をぶつけた。
「えーっとね、今は平和な世の中だもーん。大好きな可愛いアプリちゃんと楽しく暮らしたいじゃない?」
ママは小ぶりな白い手であたしの頭を撫でた。その手はいつも通り温かくてやさしい手だった。あんな禍々しい剣の持ち主とは到底思えなかった。
「……それに、ね」
ママは、少しだけ口元に笑みを残して、急に静かに呟いた。
部屋の空気が、瞬時に凍りついたように感じた。
「……ママが、本気を出したら、…怖いでしょ」
ママの目が、一瞬だけ、真っ赤に光った。
はっとしてあたしがママの目を見返すと、すでに赤い光は欠片も無くなって、いつもの青く澄んだママの目に戻っていた。
「さぁ、お皿を洗っちゃいましょ。アプリちゃん、お願いできるぅ?」
「あ、うん」
素直に返事をした。なんだか、逆らえなかった。
お皿を洗いながら、ぼんやりさっきの言葉を考えた。
『本気を出したら、怖いでしょ』
脅してるワケではなかった。怒ってるワケでもなかった。
ママが元・冒険者なのはわかった。それなら、あの剣は何なんだ。あの紅い目はなんなんだ。あんなの、そのへんにいるフツーの冒険者が持ってるようなシロモノではない。
きっと全部、ホンモノなんだ。全部ホンモノだから、ママはあたしに隠してる。
「アプリちゃーん。ママ喉が渇いちゃったぁ。お酒持ってきてぇ」
リビングからゆるーいママの声が聞こえてきた。
「自分で持ってきなよ!ママのお酒、種類が多すぎてわかんないよ」
「えーっ、ママ疲れて動けないよぉ。アプリちゃんスペシャルでいいからぁ」
「もー!すぐあたしを使うー!」
こうして、今日も何も進まないまま、ロゼッティ家の夜は更けていった。




