第3話 「ママってナニモノなの?」
第3話 「ママってナニモノなの?」
「ん、んー……。ここ、どこ……?」
鼻をくすぐる消毒液の匂い。窓から射す明るい陽射しと、白いカーテン。
あたしが気がついたところは、コルニリアの病院だった。ああ、あの後あたし、気を失っちゃったんだ。
「あっ、アプリちゃん!気がついたのねぇ。よかったぁ……。ママ、心配で心配で、お昼にケーキ3つも食べちゃったわぁ」
心配の仕方がちょっと違うような気もするが、あたしはあえてツッコまなかった。
ベッドから体を起こすと、どこにも痛みがない。刺された足も、頭の傷も、蹴られた顔も、なーんにもなくなってて、元の通りだった。きっとママの魔法だ。こんなに強力な回復魔法なんて、魔法の先生どころか、教会の神父様でも使えない。
あたしはベッドの脇に座って、あたしの手を優しく握るママを見た。
あいかわらずママの青くて大きい瞳は、すこしだけたれ目で、長いまつ毛が可愛くて、ふんわりした雰囲気の、いつもと変わらないママの目だった。
「ねえママ、助けてくれてありがとう」
「ううん。無事でよかったわねぇ。悪い子には、ちゃんとめっ!ってしときましたからねぇ」
にっこりと微笑むママ。いつもと変わらない、可愛い笑顔だ。
いや、めっ!って…。トロールとゴブリンはコマ切れになってあの世逝きなんだが。
しばらくの沈黙が病室を流れる。
「あ、あのねママ、ちょっと聞いていい?」
あたしは意を決して聞いた。
「ママ、あそこまでどうやって来たの?コルニリアからあそこまで、どうがんばっても30分以上かかるよ」
するとママは、ちょっとだけ首をかしげて、にっこりと笑った。
「ママね、アプリちゃんがピンチになった時は、とーっても早く走れるの。きっと、愛の力ねぇ。うふふふ」
「…愛の、力?」
「そう、愛の力。うふふふ」
そんなわけないだろ。馬でももうちょっとかかるっての。
あたしは予想通りにトンチキな答えが返ってきたので、もうあえてスルーした。
脳裏に「紅い目のママ」の映像がチラついたからだ。
あたしはそれ以上何も言わずに、だまって頷いた。
ママは、絶対何か隠してる。ママは、本当はナニモノなんだろう?
実はママは、すごいスーパーヒーローなのかもしれない。
しかし翌日、あたしは現実を見た。
ママは今朝も起きなかった。
あたしはいつものようにママを起こした。
「ほらママ!さっさと起きないとまた遅刻だよ!」
「えー。昨日ママがんばっちゃったから、今日はお休みするー」
幸せそうな笑顔であたしを抱きしめてくるママ。いつもと変わらない、ふんわりとしたお日様の匂い。
「ダメだって!昨日も結局ギルドに戻らなかったんでしょ?早く準備してよ」
「えーん、ママ、ねむねむぅ。ふぁぁ」
ママはグズグズなにか言いながらベッドから起き上がった。
ぐちゃぐちゃのベッド。脱ぎっぱなしの服。昨日飲んだままのお酒の瓶。食べたままのお皿やフォーク。いつもと変わらない、ロゼッティ家の朝だった。
あたしはため息をつきながらテーブルを片づけた。いつもと1ミリも変わらんなあ。
「アプリちゃん、ママの靴下知らない?ママの靴下ちゃん、どっかに旅に出ちゃったみたいねぇ」
「脱ぎっぱなしにするからだよ!ほら、ベッドの下に落ちてるよ」
「ありがとう、アプリちゃん。アプリちゃんは、とーってもいいお嫁さんになるわよぉ」
ぱあっとひまわりのような明るい笑顔を振りまくママ。あたしはあまりの可愛さに一瞬だけ固まった。起き抜けのノーメイクなのに。
「は、早く着替えしてよ。遅刻しちゃうよ」
「あらあ、ママちょっと太っちゃったかしら。下着がきつくなっちゃったみたいねぇ」
気が付くと、ママが履いているのはあたしのパンツだった。かわいらしいクマちゃんのイラストの描かれたあたしの子供パンツ。
「ママ、それあたしの!返して!脱いでよ!」
「えー。もう履いちゃったもの。大丈夫よぉ。ママ若いんだから」
そういうことじゃない。あたしはツッコミに疲れ、口をつぐんだ。
うーん。
あたしは唸った。昨日のママは、何だったんだろうか。
武装したゴブリンの首を、そこらへんに落ちてる木の棒で一瞬で刎ね、巨大なトロールを銀貨3枚の安物のショートソードで大根を切るみたいに真っ二つにした。
今、あたしの目の前にいる、「お腹が減ったわねぇ、ベーカリーでパンでも買ってこようかしらぁ。アプリちゃんも食べるわよね?」など仕事に行かなくちゃならない時間を忘れ、完全に遅刻している人間が吐くとは思えないセリフを平気で言う、グータラでズボラなママにそんな芸当ができるとは到底、思えなかった。
お昼過ぎ、学校が終わったあたしはいつものように冒険者ギルドに立ち寄った。
「きゃあ!ごめんなさい!すぐ拾いますねぇ」
あたしがギルドについたその時、ママは大量の書類を抱えたまま前を見ずに歩き、冒険者さんと派手にぶつかっていた。ぶちまけられる書類の山。……またやってる。
「おおっと、ごめんなー、エストさん」
「しょうがねえなぁ、手伝ってあげるよ」
すぐにまわりにいた、荒くれ者の冒険者さんたちがちょっと鼻の下を伸ばして、ママがぶちまけた書類を拾ってあげていた。
「みなさん、ありがとうございますぅ。助かりましたぁ」
出た、ママのスマイル攻撃。ママの周りにふんわりした明るい「何か」が噴き出した。
その攻撃を受けたまわりのおじさんたちは完全に骨抜きにされている。
34だぞ。歳を考えろ、歳を。あたしは心の中で小さく呟いた。
「あらあ、アプリちゃん!またママに会いに来てくれたのねぇ。ママ、とーっても嬉しいわぁ」
あたしに気づいたママは、さらにぱあっと明るい笑顔になって、あたしをギューッと抱きしめた。あったかくて柔らかい、いつものお日様の匂いがした。
「お仕事中でしょ!ちゃんと仕事してよ!」
ちょっと照れ臭かったあたしは、あえて大きな声でママに言った。
「やってるわよぉ。さっきだってちゃんと落としちゃった書類拾ったしぃ」
「拾ったのはあのおじさんたち!落としたのはママ!」
「あらぁ、そうだったかしらー?」
可愛らしくニコニコと微笑むママ。今日も冒険者ギルドは平和だ。
昨日の魔人みたいなママと、今日の天使みたいなママ。
あたしにはどーしても、それが繋がらなかった。なので、昨日のことは幻覚ということで記憶の蓋を閉めることにした。
ママはママだ。ズボラでグータラで、昼寝とお酒が大好きで、あたしがいないと生きていけない生活力ゼロの、ちょっとだけ若作りのギルド嬢。これで納得することにした。
はあ。
……納得できるわけ、ないだろー!!




