第13話「変わり者の学生、カルロさん」
第13話「変わり者の学生、カルロさん」
ボローネンには、大きな大学がある。
ギルドの受付のお姉さんに聞いたら、ヴェルデリア王国でも最も長い歴史のある名門大学で、各地から優秀な学生が集まってくるのだという。法学、医学、神学、魔法学——いろんな学問が学べる。街の人たちは大学を誇りにしていて、学生たちのことを温かく見守っている感じがした。
そのせいか、街を歩いていると若い学生たちをよく見かけた。みんな本を抱えて、難しい顔で歩いている。ポルティコのアーチの下に腰を下ろして、何か書き物をしている学生もいた。
あたしとアルディラはその日、ギルドの掲示板の前にいた。
『いい加減、腹が減ったぜ。お前らばかり美味いもん食いやがって』
「わかってるわよ。あんたが喜びそうなギルドの依頼、探してるから」
あたしはFランクで受けられて、アルディラの食事になりそうな依頼をじっくり観察した。
Fランク——冒険者の中で一番下のランクで、あたしはまだここだ。正直なところ、Fランクで受けられるような討伐任務はロクなものがない。アルディラが喜びそうな大型のモンスター討伐は、最低でもBランクくらいはないと受けることができない。
「Fランクでも受けられるの……これかな?『街外れの農村でネズミ被害。退治求む。報酬:銀貨五枚』」
『ネ、ネズミだと? 俺を何だと思ってんだ』
「わがまま言うな。他にないんだから」
『伝説の魔剣アルディラ=イグニスが、ネズミ退治だと? 冗談じゃない!』
「あんた、お腹減ってるんでしょ。ネズミの血で我慢しなさいよ」
『嫌だ!絶対マズいだろ!』
「じゃあ受けない。帰る」
『……ぐぐっ。……行く。行くよ。ネズミでも行くよ。くそ』
あたしは依頼票を受付に持っていった。
「ネズミ退治に行くの?一緒に行くわぁ」
ママに報告すると、ママはいつものようにニッコリと笑って言った。
「ひとりで行けるから。そんなに危なくないし」
「でも心配だものぉ」ママが不安そうな顔をする。
「大丈夫だって。ほら、アルディラもいるし」あたしはアルディラをポンっと叩いた。
「アルディラは信用できないからぁ」
『聞こえてるぞ』とアルディラが静かに言った。
「ママは近くにいて手は出さないからぁ。アプリちゃんのジャマは絶対しないから、いいでしょ?ね?」
ママは有無を言わせない迫力で微笑んだ。そして止める間もなく支度を始めた。あたしにはもう、ママを止められなかった。
農村は街から歩いて一時間ほどだった。
麦畑が広がる平野の中に、石造りの農家が点在している。着いてみると、村の入口で初老の農夫が待っていた。
「来てくれたか、冒険者さん。本当に助かる」
農夫の名前はマテオといった。五十代くらいで、日焼けした顔に深い皺が刻まれていた。
「さっそくですけど、どんなネズミなんですか?」
「普通のネズミじゃないんだ。大きくて、犬くらいある。群れで動いて、畑をすごいスピードで食い荒らす。夜に現れて、朝には消える。もう二週間は続いてる。このままじゃ、今年の収穫が全滅だ」
犬くらいの大きさ、か。
あたしはアルディラを握った。
『いいな。さすがにただのネズミより少しはマシだ』
「静かに。作戦を考えてるから」
「えっ?作戦?」
農夫が首を傾けた。
「い、いえ、独り言です」あわてて取り繕ったが、完全にヘンな子認定された気がする。
農夫の案内で、一番被害の出ている麦畑の端に立った。確かに、畑の一角が無残に食い荒らされていた。地面には大きな爪の痕があった。
「夜に出るってことだけど、今は昼でも出てきますか?」
「出てくる時もある。特に腹を空かせてる時は昼も平気で出てくるぞ」
さーて、どうしようかなーって、あたしが畑を眺めていると。
「待て待て待て待てー!!」
突然、遠くから声がした。
誰かが畑のあぜ道を走ってくる。背の高い人影が、荷物を背負ってばたばたと走ってくる。走りながら何かを叫んでいる。
「そっちじゃない!戻れ!僕の魔導人形!」
魔導人形?
あたしが首を傾けた瞬間、畑の向こうから何かが飛び出してきた。
それは、なんだか見た事のない物体だった。
高さ六十センチほどの、金属と木材を組み合わせたヘンテコな人形。胴体には細かい歯車が見えていて、腕は本物の腕みたいに関節で曲がっていて、手には小さな槍を持っていた。頭の部分は丸くて、目のあたりに青いクリスタルが一個だけ嵌め込まれている。
その人形が、大ネズミを追いかけて、小さな車輪をいっぱいに回して畑を全力で走り回っていた。
ネズミはマジででかかった。農夫の言う通り、中型の犬くらいある。灰色の毛が密集した太い胴体に、大きな前歯。群れで動いていて、七、八匹はいた。
人形は一匹を槍を突き立てようとして、車輪を滑らせてド派手に横転した。
ガシャン、という音とともに、腕の部分が外れた。
「あああーーーー!僕の半年間の研究費が!」
走ってきた人影が叫んだ。
あたしは考える間もなくアルディラを抜いた。
「行くよ、アルディラ!」
『まかせろ』
あたしは迷わず畑に飛び込んだ。
一匹目は側面から斬った。手ごたえがあって、大ネズミは倒れた。
二匹目は逃げようとしたところを追いかけて、アルディラの先端で仕留めた。
三匹目は後ろに回り込まれて危なかったけど、アルディラの警告で気づいて避けた。
『右からだ。転がって避けて、振り抜け』
「わかってる!——今だ!」
あたしはアルディラの声に従って横に転がり、空振りしたネズミの横をすり抜けつつ斬りつけた。
アルディラは相手の動きを読むのが得意だった。敵のエーテルの流れを先読みして、あたしの視界の外の動きも感知して教えてくれる。あたしの耳に直接声が届くから、戦いながらでも聞ける。はっきり言って、チートに近い。だって次の攻撃がだいたい読めるんだもん。
四匹目、五匹目。だんだん疲れてきた。体力が先に尽きてきた。
剣を振るう速度が落ちてきている。手がしびれる。足も踏ん張りがきかなくなってきたのが自分でもわかる。
あたしはぜえぜえと荒れた息を吐きながら、泥まみれの顔をぬぐう。
六匹目は群れの中でも一段と大きくて、牙をむいてあたしに突進してきた。
「で、でかっ!」
もはやネズミではなく中型の猛獣だった。あたしの膝くらいまである。あたしは腰を落として、突進してくる頭の脇に剣を合わせた。力負けして押されたけど、踏ん張って押し返した。
アルディラの助言で、頭ではわかってるけど身体が付いてこない。
『力で勝とうとするな。流せ』
「わかった!流す、流す——」
飛びかかってくる大ネズミの牙を間一髪でかわす。鋭い牙が視界に入った。で、でかい。あたしの親指くらいある牙だ。あんなのが刺さったらと思うと、ちょっと腰が引けた。
『腰が引けてるぞ。もっと踏ん張りやがれ』
「わ、わかってるよ!」
あたしははずんだ息を整えてアルディラを構え直した。
大量の汗が額を流れる。慌てて革の手袋の甲の部分で拭った。
『来るぞ。気合を入れろ』
大ネズミはあたしの喉元を狙って大きく跳躍した。足元の泥が飛び散り、あたしの革鎧に泥のシミを作った。
来る!あたしは力を抜いて、相手の跳躍の方向に剣を沿わせながら横にずれた。ネズミの牙が空振りして体勢を崩したところを、上から全力で振り下ろした。
血しぶきが上がって、ネズミが倒れた。
「……や、やった」
息を整えながら、あたしは視線を上げた。残り一匹が逃げていく。逃がしたくはないが、ひとまず追うのをやめた。もう追いかける体力も気力も残ってなかった。あたしは肩で息をしながら、逃げるネズミを眺めた。
すると、とつぜん逃げた一匹の大ネズミが、ばたりと畑の真ん中で倒れた。
びっくりして後ろを振り向くと、向こうの方でママがにこにこして笑って立っていた。ママの足元に、拳ほどの石がふたつ転がっているのが見えた。
『六匹か。まあ、最初にしてはよくやったほうだ』
「ありがとう、アルディラ」
『別に礼などいらん。……少しだけ、血が吸えた。満足だ』
「よ、よかったね」
膝がガクガクと震えて、体力の限界を迎えたあたしは、畑の上に座り込んだ。
農夫のマテオが駆け寄ってきた。後ろから、さっき走ってきた人影も来た。
「ありがとうございます。すばらしい活躍でしたね」
マテオさんが頭を下げた。それからちょっと訝しんだような目であたしに言った。
「なにやらブツブツ言いながら戦っているように見えましたが、それも作戦ですか?」
「え、ああ、はい。イメージトレーニングです」
あたしは適当に誤魔化して、それから後から来た人影を見た。
若い男の人だった。二十歳くらいだろうか。背が高くて、ひょろっとしていた。銀色の長い髪を後ろで束ねていて、色白の面長の顔に丸眼鏡をかけていた。肩から大きな革の鞄を提げていて、中から歯車とか工具がはみ出していた。息を切らしていて、眼鏡が少しずれていた。
「いやあ、すばらしい剣捌きですね!」
「あ、ありがとうございます」
「あっという間に、六匹も!しかも、その剣——」
男の人の目が、あたしの腰のアルディラに向いた。眼鏡の奥の瞳がキラリと光った。
「それ、もしかして魔法剣ですか?魔法剣ですよね?すごい、宝玉が生きてるみたいに光ってる!これって何の石ですか?大きさを測らせてくれませんか?ああそうだ、魔力の波長も教えてください」
「近い!近いって!ちょっと待ってよ」グイグイくる圧に負けて、あたしは逃げながら言った。
「ああ、すみません!」
男の人が勢いよく頭を下げた。眼鏡がまたずり落ちて、ささっと直した。間近でよく見ると、彼の顔ははっきり言って整っていた。美形と言ってもいいレベルだ。ただ必要以上に滲み出るオタクオーラが、モテなさとイケてなさを隠しきれていなかった。
「僕、ボローネン大学の学生で、カルロ・レオネッティといいます。専攻は魔法生物学です。さっき走り回ってた人形、僕の研究の実験体で……腕が取れちゃって……」
カルロ・レオネッティさんはちょっと落ち込んだ顔をした。人形の腕を拾い上げて、しょんぼりと見つめていた。
「壊れちゃったんですか、あの人形?」
「腕の関節のジョイントが破損したみたいです……。あとコア部分が少し消耗してて……修理できないことはないんですけど、研究がまた遅れます」
「あれって、どんな人形なんですか?」
「魔導人形、といいます。魔力を動力にして動く自律型の人形で、農村の害獣退治に使えないかと思って研究してるんです。ネズミやイノシシみたいな害獣って、農村の人たちを本当に困らせるから。冒険者さんに依頼するお金がない村も多いみたいなんです。これが普及すれば、安価で労力も少なく農家の皆さんの役に立てるはずなんですが、なかなかうまくいかなくて…」
カルロは少し恥ずかしそうに説明した。
あたしはその話を聞いて、少し考えた。
「……修理、手伝いましょうか? あたし、錬金術ならちょっとだけ学校で齧ったので」
ヴェルデリア王国屈指の名門、ボローネン大学の学生なら、ちょっと変人でも技術や知識は確かなはず。それに、単純に大学生のキャンパスライフっていうのにも興味があった。なんか響きがいいじゃん、女子大生。
あたしの答えに、カルロさんが顔を上げた。メガネの奥の瞳がキラキラと輝いた。
「キミ、錬金術ができるんですか?」
「学校で習った程度でよかったら、お手伝いします」
「助かります! 本当に!」
カルロさんはぱあっと顔を輝かせた。さっきまでのしょんぼりとした顔と全然違う。なんか、素直な人だなと思った。
その時、後ろから。
「まあ、頑張り屋さんのお兄さんねぇ」
ふんわりとした声がした。
あたしとカルロさんが振り向くと、ママが微笑みながら立っていた。
「あっ、えっ、あの、こ、こんにちは」
カルロさんは慌てた様子で頭を下げた。
「あら、可愛いー。研究に没頭する男の子って、ステキねぇ」
ママがにっこり笑いかけると、カルロさんは明らかにタジタジになっていた。どー見てもキレイな大人の女性と会話をするのが得意なようには見えなかった。あたしとはフツーに喋ってるクセに、なぜだ。あたしは深いため息をついた。
「ママ、どこにいたの?遠くで見てる、って言ってたじゃない」
「えへへ。ずっと後ろにいたわよぉ」
「……ご家族ですか?」
カルロさんがあたしとママを見比べながら聞いた。
「姉ですぅ」とママが言った。ああ、ついに自分から言っちゃったよ、この人。ついにその設定を公式にする気か?
「えっ? お姉さん!?」
カルロさんが目を丸くした。無理もない。コルリニアでもヴェネルーナでも、会う人会う人みんな同じ顔をして驚くもんね。
「あたしはアプリトーン、こっちが…姉のエストリオールです」
「えっ、あ、あの……お姉さん、お、お綺麗な方ですね…」
「ええ、いつもそう言われます」
狼狽えすぎだろ。あたしは心の中でツッコんでから、さらりと答えた。
カルロさんはもう一度、あたしたちを見比べた。しかし、彼の興味はキレイなお姉さんより魔剣アルディラだった。明らかに見つめる熱量が違う。マジモンのオタクだ。
「あの、さっきの魔法剣なんですけど……少し見せてもらえますか? 宝玉の構造が、僕の研究にすごく関係してて」
『おいおい、俺を見世物にするなよな』
「うるさいな。ちょっと黙って」
「え?」
「独り言です。……どうぞ」
あたしはアルディラを腰から抜いて、カルロに見せた。
カルロは目を輝かせた。今度はさっきより何倍も輝いていた。
「これ……バライト系の宝玉ですか? いや違う、でもこの光り方は……魔力の蓄積量が桁違いだ。どうやって充填してるんですか? 使用者の魔力? それとも外部から?」
「……えっと。あたしにはよくわかんない」
「私が答えてあげるわー」
あたしに代わってママが、カルロの質問にひとつひとつ答えていった。教えられないことは「わからないのよー」と言ってはぐらかしつつ、知っていることはできるだけ正確に答えていた。
カルロは聞きながら、鞄から手帳を取り出してどんどん書き込んでいった。一番彼が興味を示したのは、『アルディラ=イグニスという剣が意思を持って使用者と会話する』ということだった。
話していると、三十分くらいがあっという間に過ぎた。
「……面白いですね、エストさん。魔法剣の扱いについて、すごくよく観察してる」
「そこそこつきあい長いのでー。ね、アプリちゃん」
「今はこの剣は、あたしにしか使えないようになってるみたいです」
「そうなんですか…。剣が使用者を選ぶ…。剣が意思を持つ…。なんて興味深い」
『ちんちくりんのせいで、いつもひもじい思いをしているんだがな』
「アルディラ、うるさい」
「今何か言いました?魔剣が」あたしの言葉に敏感に反応するカルロ。
「変な子扱いされるので、あんまり言いたくないんですけど…。ホントにコイツしゃべるんです」
そんなあたしに、カルロさんはぜんぜん疑ったり訝しんだりせずに、瞳をもっとキラキラと輝かせて嬉しそうに言った。
「いえいえ、信じます。おふたりのお話は本当に興味深いです。あの、アプリさん。よかったら、人形の修理、本当に手伝ってもらえますか。大学の工房を使ってもいいし、時間が許す範囲で結構なので」
「うん、喜んで。おもしろそうだし」
あたしはすぐに答えた。
後ろでアルディラがぶつぶつ言っていた。『やっと俺の時代が来たか』とか 『でも研究対象扱いするな、俺は見世物じゃねえ』とか。
やかましいので、あたしは聞こえないふりをした。
「あ、ちょっと待ってぇ。冒険者が依頼者と直接契約するのはご法度よー。一回ギルドを通してから、ね」
ママがすかさず横槍を入れる。そうか、さすが元・冒険者ギルド嬢。
「あ、それもそうですね。それなら、大学を通してアプリさん個人にギルドへ依頼を出します。それなら報酬もそこそこ出るはずです」カルロは白い歯を見せて笑った。
ふうん、笑うと結構カッコいいんだ。




