第14話「パデルノ鉱山にて、初めての勝利」
第14話「パデルノ鉱山にて、初めての勝利」
正式なギルド依頼となった魔導人形修理。
それから三日間、あたしはカルロさんの工房に通った。
ボローネン大学の工房は、大学の建物の地下にあった。天井が低くて、所狭しと道具や材料が積まれていて、薄暗い部屋に作業用のランタンが何個もぶら下がっていた。彼の机だけが異常に散らかっていて、図面と手帳と工具が混在していた。
機械油とインクのにおいがする。憧れの女子大生のキャンパスライフとはほど遠かったが、あたしはこのにおいが嫌いではなかった。
カルロさんの作業は、魔法みたいに正確だった。細かいネジを扱う指先が全くぶれない。図面を引く線が、定規で引いたようにまっすぐだった。
あたしは工具の手渡しや、細かい部品の接合を担当した。カルロさんは無口な時と、急に喋り出す時の差がすごく大きかった。いつもはひとりで黙々と作業しているけど、たまにふと顔を上げ、「これの仕組みわかりますか?」と聞いてくることがあって、その時だけすごい量の言葉が出てきた。
「魔導人形の動力コアは、バライトストーンって石を使うんです。魔力を貯蔵して放出できる特殊な鉱石で、これを動力源にすれば、外部から魔力を供給しなくても人形が自律して動ける。でも問題があって、市販のバライトストーンだと動力が足りなくて、農村の害獣退治みたいな激しい用途には全然向かない。だから僕、新型のバライトストーンが必要で——」
「新型?」
「パデルノ鉱山で採れる深層バライトです。通常のものより魔力密度が十倍以上高い。でも鉱山の深い層にしかないから採掘が難しくて、冒険者に依頼しようにもなかなか受けてくれる人が——」
カルロさんはそこで口を止めた。
あたしを見た。
「アプリさん、もしかして……」
「行きます」
あたしは先に言った。
「パデルノ鉱山でしょ。行きます」
「危ないですよ。鉱山の深層には土属性のモンスターが出るって報告があって。アースエレメンタルが確認されてて」
「アースエレメンタル?」
あたしは聞き返した。
「岩や土でできた魔法生物です。物理攻撃がほとんど効かなくて、魔法属性の攻撃が有効なんです。でもアプリさんが持ってるのが本当に魔剣なら、魔力を帯びた攻撃ができるはずです。それなら攻撃が通ります」
「……攻撃が通るんなら、行けます」
あたしは断言した。
『アースエレメンタルか。いいだろう。ようやく歯ごたえのあるヤツだ』
アルディラが嬉しそうに光った。
「あと、カルロさんも一緒に来てください」
「え!? 僕ですか? 僕、戦えないですよ?」
「石の見分け方、わかりますよね。あたし、バライトストーンって言われても、どれかわかりません」
「あ、確かに……」
カルロは少し考えてから、うなずいた。
「わかりました。これもギルドにアプリさん個人あてに依頼を出して、僕も一緒に行きます」
翌朝、ママに話した。
「カルロさんと一緒に鉱山に行ってくる。アースエレメンタルがいるかもしれないけど、ひとりで行く」
ママはしばらく黙った。
「アルディラもいるから、大丈夫」とあたしは付け加えた。「ひとりでがんばりたいの」
ママは何も言わなかった。
それから、ゆっくりと頷いた。
「……わかったわぁ。気をつけてね」
「うん。夕方には戻るからね」
あたしはそう言って、宿を出た。
宿の窓から、ママがあたしを見送るのが見えた。
いつもと違う顔をしていた気がしたけど、振り返らなかった。
パデルノ鉱山は、ボローネンから馬で一時間ほどの丘陵地帯にあった。
失礼だけど見た目によらず、カルロさんは馬に乗るのがとっても上手だった。フィールドワークでよく使うんです、と笑いながら話していた。あたしはそんなカルロさんの馬に二人乗りして、彼の背中にしがみついた。
彼の背中は意外と広かった。なぜかあたしの心臓がドキドキした。
なんだろう、これ。
きっと、馬から落ちたらどうしよう、っていう恐怖からのドキドキだ。
絶対そうだ。
それからまもなく、あたしたちは目的地の洞窟に着いた。
入口は岩壁に開いた、大人が二人並んで歩けるくらいの横穴だった。中に入ると、すぐに空気が変わった。土と石と、古びた湿気の匂い。外の明るさが、すぐ遮られた。
カルロさんがランタンを持って先を照らした。
「この鉱山、昔は鉄鉱石で栄えてたんですけど、今はほとんど閉山してて。深層にバライトストーンが豊富にあることは確認されてるんですけど、誰も採りに行かない。バライトストーン自体もそんなに価値がある訳じゃないので」
「儲けが少ない上に、アースエレメンタルがいて危険、ってわけですね」
「そうです。前に調査に入った人が襲われたって記録があって」
二人で並んで歩いた。カルロさんが説明しながら、時々壁の岩を確認していた。
「この層はまだ鉄鉱石が主ですね。バライトはもっと深いところにある」
「どのくらい深いことにあるんですか?」
「あと三十分くらい進めばあるはずです」
それから三十分くらい奥地に進んだ。
素人のあたしにもわかるくらい、明らかに岩の壁の色が深くなってきた。
すると、先を行くカルロさんが不意に止まった。
ランタンの光の向こうに、何かいた。
「アプリさん、何かいます。この先」
あたしはアルディラに手をかけた。
岩壁と同じ色をした、大きな塊だった。人間の二倍はある。腕のような突起が両側に伸びていて、頭のあたりに黄色い光が二つある。
岩が、息をしていた。
「あれが、アースエレメンタルです……」
カルロさんが小声で言った。
「カルロさん、後ろに下がってください」
あたしは静かに言いながら、アルディラを抜いた。
紫の光が刀身を走った。
『来た来た!俺の出番だ!』アルディラは嬉しそうに言った。
「静かにして。……カルロさん、あいつの弱点は?」
「岩と土でできてるから、前に言った通り物理攻撃は通りにくいです。でも——魔力を帯びた攻撃と、水や風属性の魔法には弱い。あと、コアに当てることが大事です。コアは胸の中心の黄色い部分です」
「胸の中心ですね。了解です」
こちらに気づいたアースエレメンタルが、襲いかかってきた。
ゆっくりと見えたのに、突進の速さは速かった。地面を揺らしながら、岩の塊が滑るように突っ込んでくる。
あたしは横に飛んだ。
間に合った。エレメンタルが壁に激突して、壁の一部が砕けた。岩のかけらが飛んできて、あたしの頬を掠めた。
「ッ——」
痛い。でも怯んでいる暇はない。
エレメンタルが向き直った。また突進の構えをとっている。
「正面から行かないでください! あいつの腕、横から薙ぐように避けて——あと三歩右!」
カルロさんの声が飛んだ。
『いいカンしてるぜ、あの兄ちゃん。アプリトーン、右だ』
あたしは言われた通り右に動いた。エレメンタルの腕が空を切った。
「今です、コアがガラ空きだ——!」
あたしはエレメンタルの中央部に一気に踏み込んで、アルディラを思いっきり打ち込んだ。
ガキン!という衝撃。うおっ、めちゃくちゃ硬い。腕が痺れた。でも、確実に手ごたえがあった。
「アルディラ!」
『いいぞ!もっと押し込め!』
アルディラの紫の光がエレメンタルの岩の表面に食い込んで、ひびが入った。
バキバキと岩が砕ける音が響き、砕けた埃がぶわっと舞う。
「効いてる! コアに向けて!」
まだだ!もう一度!
エレメンタルが反撃しようとした瞬間、あたしは真正面に踏み込んだ。
本当は怖かった。でも、止まらなかった。
あたしは息を止めて、両手で思い切りアルディラを握りしめた。
「——えええいいッ!!」
渾身の突きを、エレメンタルの胸の中心に向けて打ち込む。
紫の光が弾け、あたしの身体から一瞬だけ赤い光が放たれた。
コアが砕ける音がして、エレメンタルの黄色い光が大きく揺れた。
揺れて、消えた。
ずしん、という地響きを立てて岩の塊が崩れ落ち、あたりを静寂が包んだ。
あたしは息を切らして、その場に膝をついた。感覚を失くした両手が、小刻みに震えていた。
「……やった」
「やりました!!」
カルロさんが駆け寄ってきた。
「すごい!アプリさん、すごいです!コアへの一撃、完璧でした!」
「カルロさんの指示があったから」
「いや、あれはアプリさんの判断が速かったから——あっ、頬から血が!」
カルロさんは慌てた。あたしは岩のかけらで切っていたのを思い出した。
「大丈夫です、あたし回復魔法を少しだけ使えるので」
あたしは自分の頬に手を当てて、小さな治癒魔法を使って傷を塞いた。
カルロさんが目を丸くした。
「アプリさんって、剣も使えて回復魔法も使えるんですか?」
「どっちもたいした腕じゃないんですけどね」
その時、あたしは気づかなかった。
でもカルロさんは見ていた。
アルディラを力いっぱい突き込んだあの瞬間、あたしの目が——ほんの一瞬だけ、紫がかった赤に光ったことを。
「あの……」
カルロさんは少し言い淀んでから、あたしに話した。
「さっき、アプリさんの目が、少し……光りましたよ。あの剣の宝玉と同じ色に」
「え?」
あたしは自分の目元を手で触れた。今は何も感じない。
「……気のせいじゃないですか?」
「……いえ、今の発光現象は、既存の理論では説明がつかない。もし僕の考えが正しいなら、アプリさん、君は……いや、今はやめておきましょう」
「え、あたしが…なに?」
「いえ。それより、エレメンタルの核を探してみましょう。君の剣がそれを欲しがっているようですしね」
カルロさんはあたしの問いには答えず、静かに言った。それから崩れたエレメンタルの残骸を調べ始めた。「エレメンタルが倒された後、濃縮されたエーテルが残ります。魔力の結晶みたいなもので——」残骸の中から、薄く輝く欠片を取り出した。
『それだ。それを俺に』
「アルディラ?」
『エーテルの結晶。俺の好物だ。そのへんの血や魂よりも、エレメンタルのエーテルは美味いんだ』
あたしは彼にアルディラの言葉を伝えた。カルロさんは面白そうに結晶をアルディラの近くに持っていくと、宝玉が反応して光を増した。エーテルが吸い込まれていくように消えた。
『……うまい。久しぶりに本当にうまいものを食べた』
「よかったね」
あたしは微笑んだ。
「あっ、アプリさん!大変です!ここにも血がついています!大丈夫ですか?」
突然慌てた様子でカルロさんは、あたしの革鎧の胸の部分を指さした。確かに赤い液体が胸に飛び散っている。
はっと気づいたあたしは、顔を真っ赤にして下を向いた。
「これは…ボロネーゼの、ソース…です」
さらに奥を調べて、目当てのバライトストーンを見つけたのは、それから数十分後だった。
「これです! 深層バライト、完璧な品質だ!」
彼が岩壁から慎重に取り出した石を両手で持って、本当に嬉しそうな顔をした。
その顔を見て、あたしはなんとなく嬉しくなった。
帰り道。
ゆったりと歩く馬の背で。
「カルロさん、さっきの——あたしの目、なんだけど」
「はい?」
「本当に光りました?」
カルロさんは少し考えてから、まっすぐな瞳で正直に言った。
「ええ。確かに光ったと思います。魔力を持つ武器や道具と使用者のシンクロが極めて強くなると、そういう同一化現象が起きることがある、と文献で読んだことがあります。……気になりますか?」
「……少しだけ」
「……それ以上は文献や実証が少なすぎて正確な事は言えません。もしかしたら、アルディラ=イグニス本人や、あなたのお姉さまの方が詳しいかと思います」
あたしはカルロさんを見たあと、腰に下げたアルディラを見た。
「僕も科学者の端くれなので、正確でないことや憶測でモノを話すことはできません」
本当に真面目なんだな、この人。「科学者の端くれ」とか、カッコいいじゃん。
アルディラは何も言わなかった。宝玉がゆっくりと、満足そうに光っていた。
「アルディラ、あたしの目が光ったってどういうこと?」
『……お前が俺の力を本気で引き出そうとした時に起きる。俺とお前の魔力が一時的に混ざった証拠だ』
「それって、いいこと? 悪いこと?」
『お前も「こっち側」に近づいてるってことだ。エストリオールと同じにな』
「ママと、一緒かぁ」
あたしは前を向いた。
丘陵地帯の向こうに、ボローネンの赤レンガの街が見えた。
「ありがとうございます、アプリさん」
手綱を引くカルロさんが言った。
「バライトストーンを取ってきてもらって、本当に助かりました。今回の研究、これで大きく前進できます」
「お役に立てて良かったです」
「……あの、今回のこと、論文に書いてもいいですか?魔剣とシンクロした冒険者の事例として」
「ええっ?ボ、ボローネン大学の論文に、あたしが?」
「名前は仮名にしますよ。Fランクの若い冒険者が魔剣の力を借りてアースエレメンタルに勝利した事例は、資料として非常に貴重なので」
「それなら、まあ。……どうぞ」
カルロさんがまたぱあっと顔を輝かせた。さっきから何度も見てる顔なのに、見るたびに少し新鮮な気がした。
実はその日、あたしたちの後ろに、一羽のコウモリがとまっていた。
岩壁の影に、じっとしていた。誰も気が付かなかった。
コウモリは鉱山の中で何かが起きるたびに、耳をぴくっと動かした。
あたしたちが無事に出てきた時、コウモリはすっと羽を広げて、ボローネンの方向へ飛んでいった。
宿に戻ると、ママが夕食の準備をしていた。
今日のメニューはボローネン風のシチュー(ラグー・アラ・ボロネーゼ)だった。宿の女将さんにキッチンを借りて、ごとごと煮込んでいた。
ふんわりと漂う牛肉とトマトの香り。セロリやローリエもその中に混じって、キッチン全体が美味しそうな香りに包まれていた。
「おかえりー、アプリちゃん」
ママはいつもの笑顔で振り返った。
「ただいま。……無事だったよ」
「少しだけ、暗黒剣の真髄に触れたのねぇ」ママはにっこりして、鍋を混ぜた。「最後の一突きは、とってもよかったわぁ」
「……な、なんでわかるの?どこで見てたの?」
微笑んだまま、ママは答えなかった。
それから「ごはんにしましょ。ママ、ボローネンの料理覚えたのよ。美味しいわよぉ」と言った。
なんでもお見通しなんだ、ママは。あたしはため息をついた。
あったかくて美味しいシチューを食べながら、あたしはふっと気づいた。あれ?ちょっと待てよ?『なんでもお見通し』だって?それって、あたしのプライバシーが常にダダ漏れってことじゃない?
「……あのさ、それってフツーにストーカーじゃん! ママ、普通に犯罪レベルの過保護だよ!」
「えへへぇ、ちゃーんと大事なところは見ないようにするもーん」
「そんなの全ッ然!信用できない!」




