第4話 クラスの皆には内緒
そして、そんなふうに時間は流れ、現在に至る。
気が付けば、また休日前の最後の日がやってきていた。
「はい、それでは今日の授業はここまでです。週末だからといって遊びすぎないように。それと、中間魔法試験が近いことも忘れないでくださいね」
すぐに帰宅する者もいる。
部活動へ向かう者もいる。
あるいはアルカナクラスに残り、この後どこへ遊びに行くかを話し合っている者もいた。
「またね、ハルトくん」
「授業が始まったらまた会おうね」
オルブライトくんに別れの挨拶をした後、俺も席を立ち、そのまま教室を後にした。
まあ、もちろん俺は真っすぐ家へ帰る組だ。
学校に特別な用事があるわけでもない。
教室を出ようとした時、ふとナイトヴェイルさんたちが集まっている方へ視線が向いた。
「えへへ、エララ~。今日はどこか遊びに行こうよ~」
ヴァレンハルトさんはいつものようにナイトヴェイルさんへぴったりとくっついていた。
「クラスのみんなでカラオケに行こうって話してるんだよ~?」
「あ、ごめんね、リラ。今日は用事があるから、まっすぐ帰らないといけないの」
「えぇ~? またぁ?」
ヴァレンハルトさんは露骨に頬を膨らませる。
「最近、前より遊びに誘いにくくなってない?」
「そうかな?」
ナイトヴェイルさんは小さく肩をすくめた。
「そもそも週末前の日だけだし。それだって毎週じゃないよ」
「それに、他の日はほとんど一緒にいるでしょう?」
「むしろ私たち、少し一緒にいすぎなくらいだと思うけど」
「そうかなぁ?」
すると、ヴァレンハルトさんは唇を尖らせた。
「私はいつだってエララにくっついていたいのに」
まるで甘えん坊な子犬のようなヴァレンハルトさんを、ナイトヴェイルさんはいつものように落ち着いてあしらっている。
ナイトヴェイルさんが時々俺と過ごすようになってから、こんな光景を見る機会も増えた気がする。
約束通り、今日もナイトヴェイルさんは俺の家へやって来る予定だ。
一緒にのんびりしたり、時々本を読んだりするために。
「私にも私の用事があるんだよ?」
ナイトヴェイルさんは気楽な調子で言った。
「ほら、明日も明後日も一緒に遊ぶんだから」
「だから今日は少しだけ我慢して?」
「むぅ……」
ヴァレンハルトさんは頬を膨らませる。
「わかったよ……」
ナイトヴェイルさんが俺との約束を優先する日は、たいていこんな感じだった。
他の誰かからの誘いはもちろん、親友であるヴァレンハルトさんからの誘いでさえも、上手くかわしてしまう。
色々と話し合った結果。
俺たちは、お互いの友人関係をクラスメイトたちには秘密にしておくことにした。
もっとも、それを提案したのは俺のほうだ。
そしてナイトヴェイルさんも、その考えに同意してくれた。
俺たちにとって、この関係はただの友達に過ぎない。
だが、この異世界もきっと前の世界と同じだろう。
世の中には勝手な憶測をする人間がいる。
そして噂話が好きな人間もいる。
『あの二人、付き合ってるんじゃない?』
『なんだかすごく仲が良さそうだし』
――そんな風に。
どうでもいい話を面白がる人はどこにでもいる。
ナイトヴェイルさんはヴァレンハルトさんの存在感に隠れがちではあるものの、それでも十分すぎるほど綺麗な女の子だ。
だからこそ、俺と二人でいるところを見られたせいで、余計な面倒に巻き込みたくなかった。
そんなことを考えながら、俺はアルカディア魔法学院を後にする。
昔、火のない所に煙は立たないという言葉を聞いたことがある。
そう考えると、今の俺たちは確かに小さくない火種を抱えているのかもしれない。
けれど、もうここまで来てしまった以上――。
俺にできるのは、その火種が大火事にならないよう気を付けることだけだ。
「それじゃあ……」
今、俺の手には金貨が二枚握られている。
今朝、母さんがテーブルの上に置いていったものだ。
「家の近くのレストランに寄ろうと思うけど、何を頼もうかな……」
後でナイトヴェイルさんと一緒に食べる料理について考え始める。
そして、気が付けば――。
俺は案外、この状況を楽しんでいた。
◇◇◇
「ねえ、エララ……」
ヴァレンハルトさんが再び口を開く。
「さっき言ってた用事って、家族関係の用事なの?」
「うん。それがどうかした?」
「いや、別に。ただ聞いてみただけ」
ヴァレンハルトさんは目を細めた。
「でもさ、家族の用事だけなら、なんで今日はそんなに機嫌が良さそうなの?」
人の様子を見抜く時のヴァレンハルトさんの観察眼は妙に鋭い。
もっとも、今のところ学院では俺とナイトヴェイルさんが二人きりで話すことなど、ほとんどないのだが。
「ん?」
ナイトヴェイルさんは小さく首を傾げる。
「別にいつも通りだと思うけど」
その返事も、いつもと変わらず落ち着いていた。
「何、リラ?」
その時だった。
ナイトヴェイルさんが、とても優しく微笑んだ。
だが何故だろう。
その笑顔には少しだけ怖さも混じっている気がする。
「もしかして、お兄ちゃんに会いたいの?」
「もしそうなら、先に伝えておいてあげるけど」
「げぇっ……」
ヴァレンハルトさんの表情が一瞬で変わった。
「そういえば、最後にお兄ちゃんと会ったのって何年前だったっけ?」
「さあね。とにかく、ものすごく昔だった気がする……」
「あなたが来るって知ったら、きっとすごく喜ぶと思うよ」
「嬉しすぎて、床を這いながら近寄ってくるかもしれないし」
「うわぁぁ……」
ナイトヴェイルさんにそこまで言われると、さすがのヴァレンハルトさんも露骨に嫌そうな顔をした。
これは俺も初めて聞いた話だが、どうやらナイトヴェイルさんには兄がいるらしい。
しかも、ヴァレンハルトさんがこんな反応をするということは――。
きっと相当癖の強い人なのだろう。
「それで?」
ナイトヴェイルさんは容赦なく追撃する。
「家に来る?」
「それとも、やっぱりやめておく?」
「……や、やっぱりやめておく」
「そうなんだ~。残念」
「むぐぐぐ……」
やはりナイトヴェイルさんは強かった。
ヴァレンハルトさんの猛攻を冷静に受け流すだけでなく、見事に形勢を逆転してしまう。
もちろん、先ほどの家族の用事という話は作り話だ。
だが、あまりにも堂々と言うものだから、不思議と本当のことのように聞こえてしまう。
「じゃあ、明日は一緒に遊ぼうね」
「はいはい」
ナイトヴェイルさんは小さく微笑んだ。
「リラ姫には、それ相応の埋め合わせをしてあげるから」
もっとも、この秘密は俺たち二人で決めたことだ。
それでも時々思う。
ヴァレンハルトさんには、本当のことを話したほうがいいのではないか、と。
だが、それを決める権利は俺にはない。
その判断はナイトヴェイルさんに任せるつもりだ。
それに――。
今の彼女はとても楽しそうだった。
そして、そんな表情を見ていると。
なぜだか俺まで嬉しくなってしまうのだった。




