29…過去を知る。
「おじいさま、これはなあに?! すっごく、すてきで、すっごく、ふしぎよ!」
ミアが目を輝かせて手を広げ、目の前の景色に見入っている。
「こりゃぁ、海じゃ」
ミアの祖父、先代スフィル辺境伯は砂浜に杖をついて、にこにこしながら答えた。
先代辺境伯がこの度引退して、隣国への挨拶回りという名の旅行に、最愛の孫娘のミアを連れて回っているところだ。
今はアルカル国なので、海のないスフィル辺境伯領に住むミアを海に連れて来た。
他国に可愛いミアを見せるなと息子のスフィル辺境伯にしつこく言われているので、従者たちと協力して、ミアをひた隠しにしながら滞在している。
ミアは「うみ?」と言いながら、波打ち際まで走って近付いて行った。
すると、1人の儚そうな奇麗な男が音もなくミアに近付いて来た。
ミアは全く気付かず海を見ている。
帯刀を許されていないはずだが、先代辺境伯はどこからか流れるように剣を抜いて男に向けて振った。
ガッ
男も、所持していなかったはずの剣を出し防いだが、すでに押し負けそうになっている。
敵わないと感じたのか、男は剣をいなして距離を取って離れた。
「お前さんは誰かのう?」
先代辺境伯が剣を杖のように砂浜に突き刺し、ミアを片手で抱きかかえながら聞いた。
勝てない相手だと分かったからだろうか、男は丁寧にお辞儀をした。
「初めまして、僕は海王と言います。その子の何かのお陰で、今までおかしかった身体や精神が、今非常に良いんです。突然近付いて、申し訳ない」
「そうか、そりゃ何でかのぉ」
先代辺境伯はまじまじと海王を見た後、キョトンとしているミアと目を合わせてにっこり笑った。
「瘴気か何かじゃのぉ。海に広がっとるんか。聖属性は近辺では長らく出てきとらんから、難儀じゃなぁ」
「ええ。この子は違うんですか?」
まだ属性を調べられない年だし自国では調べないと説明しながら、先代辺境伯は波打ち際にあったサクラガイを拾った。
それにミアの魔力を保存している。
「いつまで保つかわからんが、これで勘弁してやってくれんか」
先代辺境伯は、サクラガイを海王に向けて指で弾いて渡した。
それを受け取ると、海王は嬉しそうに握りしめた。
「ああ、とても良いですね。ありがとうございます。その子、お嫁さんに欲しいくらいです」
そう言った後、先代辺境伯の方を何気なく向いた海王は、見る見る青ざめていった。
先代辺境伯が一瞬で殺人鬼のような顔になって、海王にガン付けている。
「最愛の孫娘じゃ。やるわけなかろうが」
全ての行程が終わり、一行がスフィル辺境伯邸に戻った。
スフィル辺境伯夫妻と相談後に、先代辺境伯はミアに記憶を消す魔法をかけた。
きっともう2度と会わないだろうからと。
◇
ミアが連れ去られて、カイはアルカル国の王城に乗ってきた馬で急いで戻った。
ビターはまだ使っていない。他にあてがあったのだ。
「ジュゼ!!」
一通りの話を済ませると、すぐにジュゼはカイを連れて王城にある移転魔法の魔法陣まで行き、2人でスフィル辺境伯邸に移転して来たのだ。
そして、スフィル辺境伯夫妻に事情を聞いている、今に至る。
「まじか……え、姉上何才だったんだよ」
「4、5才あたりだったわ。記憶を消していたはずなのに、なぜかしら」
「今の姉上を見て、また嫁にとか言われる前に行かねぇと」
カイが焦ってジュゼを見た。
「待って、4、5才相手に嫁とか言うもの?」
他人に興味を持たないジュゼもさすがにドン引きしているようだ。
「ああ、でも、だからか」
"昔から両親が姉上だけには過保護なんっすよね"
「急いでアルカルに戻ろう。辺境伯、移転の魔法陣をお借りします」
スフィル辺境伯は申し訳無さそうにジュゼを見た。
「今は動かせるほどの魔力がある者がおりません」
構わない、とジュゼは片手を上げた。
「僕がやるから大丈夫。カイ、僕の魔力では2人の往復が精一杯だから、着いたら後は任せるよ」
真剣にカイがうなずいたのを確認して、ジュゼは話を続けた。
「カイも今日2回目の移転だからキツイかもしれない。その時は、本当にしゃくだけど、双子に頼んで」
ジュゼがあからさまに心の底から頼みたくないのが分かるような表情をしていたので、カイは苦笑いするしかなかった。
「気を使わせてごめんね。とりあえず話合いはして、折り合いはついてるから」
先ほどから、スフィル辺境伯夫妻は驚愕の顔をしてジュゼから目を離せない。
2人を移動させるために必要な魔力量は大変多く、国に1人いれば良いくらいだ。
それを往復できるだけの魔力を持っているなんて、前代未聞だ。
それに気付いたジュゼが奇麗な顔で笑った。
「ミアに、逃がした魚は大きかったと言っておいて」
その上、ジュゼがさらっとミアに振られてしまったことを暴露してきた。
「え、ダメだったのか?!」
カイが臆することなくジュゼに聞くので、スフィル辺境伯夫妻は真っ青になった。
うちの愚息が申し訳ありませんとも言えないし、うちの可愛い娘が本当に申し訳ありませんなんて、もっと言えない。
何も言えないスフィル辺境伯夫妻は、ただただ足早に魔法陣まで急いだ。
色々な意味で早くアルカル国へ行ってほしい、と。
カイとジュゼを見送った後、スフィル辺境伯夫人が残念そうにため息をついた。
「わたくし、第三皇子殿下を推してましたのに。あんな好条件な男性は、他にはいらっしゃいませんわ」
その後もジュゼの条件の良さをつらつらと話し始めるスフィル辺境伯夫人。
余程、推していたのだろう。
そこまで見ていたのかと驚きと感心で言葉が出ず、スフィル辺境伯はただ妻を見ている。
スフィル辺境伯夫人はため息をついて付け加えた。
「やっぱり、子どもほど自分の思うようにいかないものは、ありませんわね……あの子、おとなしく救助を待っていると良いのだけど」
◇
「お願いです、私を帰して下さい」
スフィル辺境伯夫人の思い通りにならない子ども、ミア。
今まさに、海王に剣先を向けている。




