30…願い、
「お願いします」
ミアが置いてあった剣を持ち、海王に向けている。
「ははっ。面白いね。その姿は決して、お願いする格好ではないと思うけど。得策ではないよ。ここは僕のテリトリーの海中だからね」
ミアの焦る気持ちを見透かしているかのように、視線を合わすことなく海王はゆったりと返事をする。
海王は指を鳴らして剣を出し、それをゆっくりとミアに向けた。
「僕に剣を向ける令嬢なんて、未だ嘗て会ったことがないよ。さすが、彼の孫だ。やっぱり君は良いね。ずっと一緒に居てくれないかな?」
全く動揺することなく剣を構えたままのミアに、海王はプロポーズのような台詞を投げ掛けてきた。
「お断りします。帰して下さい」
凛として応えるミアの美しい姿に、海王は一瞬息を飲み「本気で欲しくなりそうだ」と小声をもらした後、剣を振った。
どれくらい経つだろうか、2人だけの剣戟が続き、ミアが汗を1つ落とした。
それを見やる海王は、何かを考えている。
時折、海王はなかなか良い勝負をしてくるミアに笑顔になりながら剣を合わせている。
そして「彼ほどではないなっ」と力を込めて剣を振った。
ミアは辛うじて受け止める。いつも父や弟の相手をしているくらいなので、これくらいならいけるのだ。
「へぇ、やるね。実力も申し分無い。地上だと危なかったよ。でも、残念だね」
すこし息の上がった海王が指を鳴らすと、一瞬でミアは海水で包まれてしまった。
「っ!!」
苦しいっ、飲んでしまっ……
「ここは海中なんだ」
もう1度指を鳴らすと、ミアを包む海水が落下し、まるで生きているかのように海に帰っていった。
ミアは座り込み、酷くむせ始めた。
何事もなかったかのように優しい声で、海王は話し始めた。
「帰れるものなら帰っても良いけど、無理だよね。諦めて、僕の気が済むまで一緒にいて」
嬉しそうにそう言うと、海王は奥の部屋らしき方へと消えていった。
ミアはまだ苦しそうに咳き込み、自分から滴る海水を見ながら、必死に息を整えている。
無理だわ。
ここが海中なら、地上へどうやって出るのかも、海の中をどうやって進むのかも、何もわからない。
帰れない。
こんなことなら、自分の気持ちを伝えておけば良かった。
このままなんて嫌なのに。
どちらかを選ぶことができない理由なんて、本当は分かっていたくせに。
後悔しかない。
どう思われるかが恐くて、認めることが恐くて、逃げてしまおうと思っていたの。
私に勇気がなかった。
こんな事にならないと伝えたいと思えないなんて、自分にうんざりしてしまうけど。
「苦しい」
ミアは胸に手を当てて、握りしめた。
「会いたい」
ミアがポツリとつぶやき、涙を2粒落とした。
突然、全てが真っ暗になった。
何も見えない。
でも、なぜだか、すごく安心する。
感覚を澄ますためにミアは目を閉じた。
暗闇の中で、ミアは嬉しい気持ちを隠すことなく涙を流し始めた。
◇
「君たちか? 海を戻せ」
急に海が暗闇に包まれたので、様子を見に来た海王がいら立ちを隠さずに静かに話しかけた。
まるで自分が来るのを待っていたかのような2人を、海王は理解できないという顔でにらんだ。
アーティとチョークは畏まってお辞儀をして、海王に挨拶をした。
「アルカル国皇太子のリカルド・カルド・アルカルと申します。海の王に仇なすつもりはありません」
チョークがそう言うと、疑い深い視線を送るだけで海王は口を開こうとしない。
「目的は、ミアの解放です」
チョークの言葉に、海王が一瞬眉間にシワを寄せて腕を組んだ。
それを見て、アーティが説明を始めた。
「ミアは聖属性なので、ミアから出ている魔力で海の王や海を浄化しているのだろうと思われます。定期的に浄化する方法を考えます。必ず」
チョークは1つの親指ほどの大きさの魔石を海王に投げ渡した。
「ミアの魔力を込めておけば、しばらく保つはずです。その間に、必ず対策内容を決める」
アーティが真剣な表情をしているので、海王は少し受け入れる気になったらしい。
魔石をマジマジと角度を変えて見ている。
そして、海王はアーティとチョークの方を向いた。
「それまでに出来上がらなければ、僕はあの子をもらうよ。なかなか面白くて気に入ったから」
チョークが諦めたようにため息をついた。
「ミアは何したんだろうね……」
アーティは吹き出しながら楽しそうにしている。
「まぁ、おとなしく待ってはないだろ」
「「かっこいいな、ミア」」
そのやり取りを面白くなさそうに見ていた海王は刹那消えていった。
海王はすぐにまた現れ、今度は愉快そうにアーティとチョークを見据えた
「砂浜のどこかに戻しておいたよ。頑張って探してくれたまえ」
楽しそうな声を残して、手を上げて挨拶をした海王は消えてしまった。
ここは、アルカル国の国内外問わず有名な、長さを誇る砂浜海岸。
太陽が傾き、海に近付いている。
「魔力ほぼ使い切ったよね」
「広範囲の海、暗闇にしてやったからな」
アーティとチョークは走り始めた。




