63、黒い羊2(ユーリウス過去回想)
「ユーリウス殿下、少しよろしいでしょうか。カーミラ様が魔導士庁の方にいらっしゃっていますがいかがいたしましょう」
側仕えの一人が執務室へと入ってきて控えめな声で告げた。
カーミラは昔付き合っていた女だった。次の男をあてがって別れたが、最近その男と別れたらしく復縁を迫ってきていた。
「王宮まで来るとは迷惑な。追い返せ」
「それがアストリット様が対応して大喧嘩になっているようで・・・」
私は耳を疑った。
何故アストリットが出てくる?
「殿下、アストリットの前で昔の女に付き纏われて困ってるって言っちゃいましたよね」
護衛のグレンに指摘されて思い出した。
たまたまアブラムに愚痴っていた時にアストリットが横にいたのだった。
「魔導士庁の方だったな」
「はい」
「すぐに行く」
魔導士庁は王宮の中央棟からすぐ南にある建物だ。
回廊を抜けるとすぐに女性の金切り声が聞こえてきて、石造りの扉がある玄関先で二人の女が派手に喧嘩しているのが見えた。
真っ赤な髪を逆立てたカーミラと全身真っ黄色なアストリット。
まるでニワトリとヒヨコが戦っているようだった。
「とにかくユーリウス様には金輪際付き纏わないでください!あなたのような女が近づくのをユーリウス様はとても迷惑していらっしゃいます!」
多くの野次馬が見守る中、アストリットがカーミラに言い放った。
一体彼女はどんな権限があって火に油を注ぐようなことをするのだろう。
「アストリット、何をしている?」
「ユーリウス様」
「ユーリウス」
カーミラが怒りながら、すかさず私の元へとやってきた。
「何なのこの女、下位貴族のくせに偉そうに!」
お前こそ王族相手にと言いたかったがグッと堪えた。
この騒ぎは全て愛人の選定を見誤った私の落ち度だ。
「ユーリウス殿下、こちらでしたか」
どうしたものかと考えていると、ちょうどそこにリシュリアがやってきた。
リシュリアは頭脳明晰で暗殺術、閨房術にも長けた妖艶な美女だ。
顔、体、全てのバランスが絶妙に整っていて、はっきり言ってニワトリとヒヨコでは太刀打ちできないほどの艶かしさが漂っている。
リシュリアは私の腕に自分の腕を絡ませるとカーミラの方を見た。
「今から殿下と二人きりで大切なお話がありますの。邪魔者は去ってくださいな」
「なっ」
「思い出は美しいものにしておくべきだと思いませんこと?それが大人の恋愛の心得ですわよねぇ、カーミラ様」
追い縋るのはみっともないよと暗に言われてカーミラが怯んだ。所詮ニワトリごときがクジャクに勝てるわけもなく、カーミラは悔しそうに顔を歪ませながら踵を返して去っていった。
「すまない、リシュリア。こんなことに巻き込んで」
「お役に立てて光栄です。殿下のお気に入りのヒヨコちゃんに睨まれましたけど、大丈夫でしょうか」
「別に良い。それより国境線の方はどうだった」
「やはりこちらに進軍する準備が整えられていました。敵の斥候を捕らえましたので今吐かせております」
「そうか。口を割らないようなら教えてくれ」
リシュリアに指示をして、魔導士庁に行くと部屋がまたしてもとんでもないことになっていた。
「またアストリットか・・・」
「感情が乱れて魔力の制御ができないようです」
「殿下が宰相といちゃいちゃしたりするからですよ」
グレンからも苦情が来る。それは私が責められるようなことなのだろうか。
「アストリット、いつもこのようでは魔導士庁から追い出すぞ」
アストリットは壁際で小さくなって泣いていた。
「なんと子供っぽいことか」
「ほっどいでくだざい・・・」
だが、そのあまりの憐れさについつい手が出た。
私はアストリットを子供のように抱き上げて長椅子に座ると、膝の上にのせて優しくあやした。
「リシュリア様とはどんな関係なんですか」
アストリットが涙を溜めながら尋ねてくる。
「リシュリアは腹心だ」
「それだけですか?」
「もちろんそうだ」
部屋から護衛達が消えて二人きりとなった。
アブラムが手を回して、アストリットが私の有力な花嫁候補であることは周知されていた。
私とアストリットを結婚させようと周りの方がやっきになっていた。
私ももう抗うことをやめて、一人くらいは妻を持つかという気分にはなっていた。
「ユーリウス様は身分以外で相手に望むこととかはあるのでしょうか?」
アストリットは私の手を握り締めながら、おずおずと聞いてきた。
彼女は男爵令嬢だ。リシュリアが相手では身分では勝てない。
「そうだな、私は元気で積極的な娘が好きだ」
また泣き叫ばれて部屋を壊されたくないのでそう言っておいた。
単純なアストリットは一瞬で気分を好転させた。
「わたくし、元気さだけが取り柄だって、よく言われるんです」
「ふむ、そうか・・あ~、君は私の理想だ」
「わたくし、ユーリウス様の好みの女性になれるようにもっと頑張ります」
いや、それ以上元気になる必要はない。君はむしろ貴族女性らしい淑やかさを覚えるべきだろう。
「余計なことをして、すみませんでした」
「謝るくらいならしっかりと考えてから行動しなさい」
口ではそう言ったものの私は自分の思いを偽りなく表すアストリットに好感を持っていた。
まだまだ未熟で男女の機微には疎いが、少しずつ導いてやればいいとも思った。
「アストリット・・・」
涙の跡が残る頬に手を添えて、宥めるように唇を重ねた。
拙いながらもアストリットは必死についてきた。後頭部を固定してキスを深めていく。軽く終わらせるつもりが夢中になっていた。
絡み合った場所から魔力を流すとアストリットがしがみついてきた。
ふいにアストリットの方からも魔力を流されて、私は思わず体を離した。
何だ、この魔力は!
体内の魔力が自然増幅されている。
あまりにも親和性の高い似た魔力だった。
まさかアストリットが?
「・・ユーリウス様?どうされましたか」
「いや・・何でもない・・」
小首を傾げるアストリットの頭をそっと撫でて、安心させるように微笑む。
だが私の心の中では、ある疑念が膨らんでいた。
地下牢へ行くと三十代くらいの灰色の髪をした男がうずくまっていた。私とリシュリアを見ると途端に目つきが悪くなり唾を吐きかけてきた。
「この売女め。王族に囲われ祖国を裏切ったか」
「リシュリア、下がっていろ」
「ですが」
私が手を振ると、リシュリアは渋々地下牢から出て行く。
「いいご身分だな。昼間っから愛人を侍らせてよ」
「リシュリアはこの国の宰相だ。リジェグランディアから見れば誇るべきことだと思うが」
「こちらから見れば敵に身を売った婢女だよ。まぁ、いつまで楽しくやっていられるかな」
男が意味ありげに笑った。馬鹿な男だ。自分から情報を持っていることを敵に教えるとは。
「その辺りの計画を詳しく聞きたい」
「はっ、誰が言うもんか」
私は杖を取り出して男に向けた。
「脅したって無駄だ。俺は口は割らねぇ」
「残念だ。素直に話せば良かったものを」
杖に闇の魔力を纏わせる。
「闇の神 リュープテウス 罪を与えしトルテウスよ 深層に眠る メリルを呼び覚まし 我の傀儡とならん」
人の精神を操る高位の闇魔法だ。
男の周りに黒いモヤがかかり、蛇が獲物を締め殺すように取り巻いた。
「・・ぐっ・・」
男が苦しげに呻く。
右腕にまとわりついている呪いの蔓が締め付けてきてズキズキと痛んだが、構わずに魔力を放出した。
「殿下、もういいのでは?」
私が苦し気に眉をひそめたのに気付いたグレンが止めようとしてきたので首を振って退けた。
闇魔法を使う度に痛みに襲われて体に良くないことはわかっていたが、正確な情報を得るには一番手っ取り早い方法だった。
男は自我を失い、私の思い通りに動く傀儡となった。
「リジェグランディアはエターリアを滅ぼしてこの国を支配する。侵攻の時は間もなくだ」
その場にいる者達全員に戦慄が走る。
「王の元へ行く。先触れを出せ」
「はっ」
護衛達が慌てた様子で上階へと駆けていった。




