62、黒い羊1(ユーリウス過去回想)
アストリットの最初の印象は
単純で馬鹿な騒がしい女だった。
彼女は魔導学校を卒業してすぐに王宮魔道士庁に入庁してきた。研修期間はアブラム・グレゴリが面倒を見ていたようで、彼の推薦で魔導士長直属の部下になった。
「何故、あんな小娘を私の部下につけた」
「え〜、それはですね。殿下ももうよいお年ですので、ご結婚する頃合いかと。数々の浮名を流すのも結構ですが、そろそろ落ち着いてもよろしいのでは」
「見合い目的の人事か。魔導士庁はいつから結婚相談所になったのだ」
「アストリットは見目麗しく、聖魔力は群を抜いております」
馬鹿だがな。
彼らの思惑は年頃の聖魔力の強い女を王族にあてがって、次代のエターナルリーベ取得適応者を作らせたいだけなのだ。
「良家の子女などに興味はない。
どうせ送り込むなら未亡人か女優にしてくれ」
「そういう訳には参りません。ユーリウス殿下が正式にご結婚をして次代をという国民の期待は大きいです」
そのための生贄か。
性格や個人の好みなどは関係なく選んできたようだ。
アストリットは考えなしの落ち着きのない娘で、誰が見ても私が好むタイプではない。
魔力の強さだけで選ばれて献上された王族への供物。
「私の魔力と合う者は滅多にいない。結婚して子が出来なかったらどうするのだ?次から次へと娶っていけと?」
「ジャファラーン様は正室と四人の側室がいらっしゃっいますよ。それくらいいても良いのでは」
「ジャファラーンのように日替わりで各離宮を回れというのか。妻達の顔色を伺って生きる人生などごめんだ」
アブラムは困ったように微笑んだ。
私の方がわがままを言っているとでもいうのだろうか。
なんだか自分が引退した競走馬になったような気分だった。
求められているのは私ではなく、私の血を引いた優秀な子の方なのだから。
「まぁ、良い。それよりも最近リジェグランディアが不穏な動きをしている。農夫達の話では国境沿いに魔導兵器を多く配備しているようだ」
「きな臭い話ですね。こちら(エターリア)に侵略でもするつもりでしょうか」
「場合によっては先に手を打つ。情報を集めておいてくれ」
「かしこまりました」
アブラムは一礼すると執務室から出て行った。
十六年前、エターリアは父の死と共にエターナルリーベを失った。
父はエターナルリーベの取得方法を秘し、王笏を北の宮に封印したまま亡くなったため、エターリアは混乱に陥った。
その後、古文書などを読み解き、エターナルリーベが神の末裔と言われるユートゥヌースの一族の血が濃い者で尚且つ聖魔力の強い者でなければ取得できないことがわかった。
つまり王族か、今や滅びてしまったエトノス家の者しか取得できないということだ。
エターナルリーベを失ってすぐに聖結界の弱化は始まり、領土は徐々に腐海に飲み込まれつつある。
土地を失った人々は暴動を起こして治安は悪化の一途を辿り、反政府を掲げる新興勢力が各地で立ち上がって内戦が多発していた。
今我々が受けている大地からの制裁は、エトノス一族を滅ぼした神殺しの罰なのだろうか。
その罰を一身に受けるのが、最後のエトノス一族の血を引く自分であることは何と皮肉なことであろう。
「入庁早々に問題を起こしたのは君が初めてだ」
「すみません、ユーリウス様」
アストリットが頭を垂れてすまなさそうに謝った。
新入りの見習い魔導士は最初に皆の前で得意な魔法を披露する。
大体は手のひらに水の球を作ったり、炎の灯りを灯したり簡単なものだ。
だが彼女は何を思ったのか部屋の中で嵐を引き起こした。
竜巻が縦横無尽に部屋の中を駆け回り、壁は剥がれ、書類は飛び散り、素材入れはひっくり返り、見るも無残な有り様だ。
庁内の魔導士全員で片付けているが、この分では明日の午後まではかかるだろう。
彼女が着る見習い魔導士の灰色のローブもあちこちが破れて悲惨な状態だった。
「一体何を考えていた?」
「それが不思議なんです。ユーリウス様を見ていたら自然と魔力が強くなっていったんです」
相乗魔力の特殊効果か。
魔力の親和性が高い者同士が居合わせると、一人の魔力の影響を自然ともう一人が受けて、より強い魔法が発動されることがある。
「私とそれが起きたと?」
「はい」
「なるほど、よく言われることだ」
ニコニコしながら私がそう言うと彼女はキョトンとして私を見た。
「よくあることなんですか?」
たまに身分の低い女が玉の輿を狙ってそう言ってくることがあった。
貴族社会では魔力の相性が良いですよという相手を落とすための常套句だ。
アストリットもその類かと辟易した。
「そんなことでは第一級の王宮魔導士にはなれないぞ。これからは気をつけたまえ」
「ううっ、ごめんなさい。気をつけます」
ヘラヘラ笑いながら謝って、いまいち反省の色が見えぬな・・・。
しかし思ったよりも上昇志向の強い娘であったようだ。こんな大失敗を特殊効果のせいにして私を落とそうとは、頭は悪いがしたたかさは持ち合わせていたらしい。
彼女には、なるべく近づかないでおこう。
と、その時は、そう思った。
しかし事は私の思い通りには行かなかった。
アストリットは私に個人的な恨みでもあるのかと疑うくらい毎日問題を起こしてくれた。
離宮の外壁の修復作業で離宮ごと破壊したり、雨乞いの魔術で洪水を起こしたり。
その度に私は駆り出され、後始末をするハメに陥った。
彼女は魔力量が多く、微量な魔力調節が効かないようだった。
「其方、よくもあんな問題児を私に押し付けてきたものだな」
私は彼女を送り込んだアブラムを捕まえて不満を垂れた。できればアブラムの方で今すぐ引き取ってもらいたいくらいだ。
「申し訳ありません。アストリットもわざとではないのですよ。魔力量が人よりも多いだけなのです」
「確かにそれはあるが・・ペトロネラに奪われた母の杖があれば、アレの魔法ももう少しまともになるのだが・・・」
「そうですね。あの杖には魔力調節機能が付いていましたからね。あれさえあれば彼女は第一級どころか稀代の魔導士になれたでしょうに」
アブラムが残念そうに呟く。
今、手元にないものを嘆いても仕方がないのだが、その点については私も同意見だった。
月に一度は王族の公務の一環として聖アストラル大聖堂のミサに参加させられた。
神父が祭壇に立ち人々に神の書の一部を語りかけ、私は最前列でその話を感動に打ち震えているよう装って聞いていなければならない。
これが中々億劫な仕事だった。
「ある日、聖なる神アルカシオンが地上を見ると、呪いの蔓に巻き付かれた一人の男が苦しんでいました。神は聖女アルカシアの姿を象り、使徒を連れて地上に降り立ちました。
聖女は男に問いかけました。
「お前が神の御使いになるならば我はお前を助けよう」
男は言いました。
「神の御使いとは一体何か。神の力も知らぬ私がそのようなものになれるはずもない」
聖女は手をかざすと男の胸に不思議な紋様を刻みました。
「お前に神の愛を授けよう。お前は神の御使いとなり、この世界に生きる者の神となるのだ。
破滅の悪魔を祓い、邪悪な呪いを退け、永遠の愛のために尽くせ。お前がこの約束を守る限り、我はお前と共にいよう」
こうして呪いの蔓に巻き付かれていた御子ユートゥヌスは王となり人々を救って国を繁栄させました。
闇が光を取り戻すとき、必ずや救いの御子は現れ、我々を豊穣の地へと導くでしょう」
神父が朗々と神の書を読み聞かせる。
創世神話第一章第三節、神に招かれし者の記述だ。
聖女やら神の御使いやら救いの御子やら、いかにも大衆が好みそうなフレーズだ。
昔読んだ王宮の古文書にもそのような記述があった事を思い出した。思わず皮肉な笑みが浮かぶのを慌てて手で隠す。
そんな都合の良い存在がいるのなら、是非会ってみたいものだ。
私は自分の右腕を見た。
衣服で隠されてはいるが、中にはおぞましい呪いの蔓が巻き付いている。
薔薇の呪い。
一旦蔓に巻きつかれてしまえば、永遠に闇に落ちたまま、一生救われることはないのだから。
「殿下がいらっしゃるだけで寄付額が大幅に増えますよ。できれば毎週来て頂きたいものです」
神父は上機嫌で私に擦り寄ってきた。私のことは動物園の見せ物か何かだと思っているようだ。
独身の見目麗しい皇子という事で、庶民からはそれなりに愛されている自覚はあった。
「そうか、ならば教会からの上納金は三割り増しくらいあっても良いな」
「いやぁ、教会も運営が厳しいので何卒ご配慮を・・」
「王宮の方がもっと苦しいのだ。税収は減っているし、他領からの突き上げもひどい」
「殿下の元にも必ずや救いの御子が現れるでしょう」
神父は神の書を引用して上手に誤魔化し、私の乗った馬車を見送った。
魔導士庁に帰ると、惨憺たる光景が目の前に現れた。壁は壊れ、灯りは垂れ下がり、中庭にあった温室が無惨にも潰れている。
「なんだこの有様は?」
「殿下、申し訳ございません。アストリットが呪文の詠唱に失敗しまして、爆風で大惨事に」
またアストリットか・・・。
『必ずや救いの御子が現れるでしょう』
私の元に現れたのは破滅の悪魔の方だったようだ。
「薬草園もめちゃくちゃか。貴重な薬草が・・・」
「調合室はもっと酷く・・」
私は急いで調合室へと向かった。ここも壁や天井には穴が空き、最新の調合釜は黒焦げで悲惨な有り様だった。
アストリットが煤で顔は真っ黒となり、髪もチリジリとなった姿で私の側へ駆け寄った。
「ごめんなさい、ユーリウス様。貴重な素材が全て黒焦げになってしまいました」
君が黒焦げにしたのは素材だけではあるまい。
私は顔を引き攣らせながらアストリットを見た。
アストリットは順調に庁内試験に合格して今は第三級王宮魔導士となっていた。
黄色いローブに身を包んだ姿を見たのは今日が初めてだ。
「映えないな」
「何がですか?」
「まるでひよこだ」
アストリットが小首を傾げる。
彼女の太陽のように輝く金髪に黄色のローブは全く似合っていなかった。
背が低い割にスタイルは良いので胸と尻がぽっこりと出て、ひよこが歩いているようにしか見えない。
余りに滑稽な姿に笑いが込み上げて怒る気が失せた。
「素材など気にしなくていい。また一緒に作り直そう。それよりも怪我はなかったか?」
「わたくしは大丈夫です」
手や腕を確認したがこれ程派手に周囲を破壊したのに、本人には怪我が全くなかった。
咄嗟に防御陣を張ったのだろう。意外に器用な子だということがわかった。
「アストリット、後始末は私がやっておこう。まずはその顔とローブをどうにかしなさい」
アストリットはハンカチを取り出して私の目の前で顔の煤をゴシゴシと拭った。真っ白なハンカチがみるみる真っ黒になっていく。
「それで拭くのか?せっかくの刺繍が汚れて、もう二度と使えなくなるぞ。私のハンカチを貸してやろう」
私はアストリットのハンカチを取り上げて、自分のものを手渡した。アストリットのハンカチには緻密な女神の刺繍が施されていた。
「母の家で代々使われている守護のお守りの刺繍なんです。ユーリウス様も欲しいですか?」
「いや、遠慮しておく。男が持つ物ではない。さて、ここは私がいつも通り修繕魔法で直しておくから、君はもう帰りなさい」
アストリットに下手に手を出されて、これ以上破壊されるのだけは避けたかった。
「自分のしたことですので責任を持って片付けも自分でやります」
「君が動くと思わぬ事態となることの方が多い。いつも無傷では済まないだろう?」
「ユーリウス様がわたくしの心配をしてくださるのですか」
アストリットは感激しながら目を潤ませた。
君の心配ではない!
部屋や備品の心配だ!!
「いいから、君はあちらへ行って休んでいなさい」
そう言って私は大切そうに私のハンカチを握りしめているアストリットを調合室から追い出した。
アストリットが私の行為を優しさと勘違いして、思いを膨らませていることなどその時は気づきもしなかった。
「アブラム、アレの魔力調節のなさは致命的だ。どうにかしろ」
私が命じるとアブラムがクリスタというオルロワ領主の妹にあたる未亡人を連れてきた。
オルロワの領主一族というだけあり、魔導士としては秀逸だった。
アストリットより少し年上の理路整然とした娘で、魔術だけでなく弁舌でも能力を発揮して、年上の魔導士達をどんどんやり込め、従えていった。
さっそくアストリットの監視役としてペアを組ませた。
これでアストリットも少しは問題を起こさずに済むだろう。
私はほっと息をついた。




