5時間目
『魔法訓練場』
六限は、保健室登校時に逐一うるさかった長元坊の魔法実践学だ。こいつの授業は初等部、中等部と習った水、風、火、雷、土の五大魔法を実践に近い形で使用する講義だった。
特に長元坊は頭がトチ狂ってるのか学年を超えた授業をしたがる。例えば水の魔法の実践だったら上級生を引っ張りだしてそいつに火の魔法を使わせるのだ。
学外の状況を反映してのそれらだが、学年混合式の魔法実践学に運が悪いと奴等のクラスと模擬戦をやらざるを得ない羽目になる。
そう、目の前で騒がれているネストの鷲野の如く。
三年生、鷲野一。
ぼさぼさな長い髪を前髪ごと一つに頭上で縛っているあの男は、野生の豹のようにしなやかな体を屈めて後輩たちの話を笑顔できいていた。
「鷲野さまの魔法がこんなにも近くで見られるだなんて光栄ですわ」
「今日は後輩の為に本気を出そうか!」
「応援していますっ」
鷲野一と書いて暴君と読む彼の実態を加奈はぶちまけたくて仕方なくなった。基本後輩の為とか言いながら全部結局は自分の為になってる天然系独裁者だ。
いいか、気をつけろ。鷲野は溌剌とした笑顔のまま悪気もなく襲ってくるぞ。
「やーん、鷲野先輩こんなとこに葉っぱついていらっしゃいますよ」
「本当だ。気づかなかった、ありがとな」
破顔一笑。きゃぴきゃぴと耳に付くこの騒がしさに加奈はぴくりと口角を歪めた。
(うっぜぇええええぇえええ)
丸っと忘れてたけどそうだよ、毎回この時期になるとゴキブリみたいに沸いてくるんだよこいつ!
焼き鳥に堂々ゴキブリが湧いたんですかーぷふふー。と笑ってみせようかと思ったが、そんなこともできない私は視線を合わせぬようなるだけ遠くに移動した。
「相変わらず精悍な顔立ちでいらっしゃるわね」
「んー」
なーにが本気を出そうかだ!てめえは手加減できねえだけだろうが!
隣で制服から魔法遮断に優れているローブに着替えた千歳が何か言ってるけどスルーだ。
「お前らもわたしに全力でぶつかってこい!受け止めてやるからな!」
そんな声が届いた瞬間、弾けるような黄色い声が魔法訓練場に響いてようやく長元坊がそれを納めにかかったのだが。
おせえ、おせえ。なんだあの糞教師。
加奈は大抵の教師に対して大人しく接していたのだが、保健室登校の記憶のせいか酷く長元坊を嫌っていた。理由も聞かず保健室から引っ張り出そうとされたトラウマだ。
「同じ班ですわね加奈さん」
長元坊は一年生を四人一組の8グループに分け、三年生を二人一組の12グループに分けた。
そこまでは良いのだが、何故いつも千歳と同じ班になるのだろうと加奈は遠い目をして魔法訓練場の中央ホールに立つ組を眺めた。
一年生の方に、よく授業中に先生に質問する学者肌の同級生を見つけ加奈はこっそり心の中でエールを送った。
「魔法器具の使用は禁止だ。一年はなんでもいい、使える魔法をぶつけてけ。三年は一年の魔法を防御または相殺すること!反撃したら成績に響くから気をつけろよー。あと茶々いれんじゃねーぞ特に鷲野!」
「わたしかっ?!」
長元坊が審判席で鷲野に向かって注意をすると三年生がどっと笑った。唯一注意された鷲野だけ、子供のように唇を尖らせて拗ねていたが。そして五月蝿い騒ぐな女ども!
「魔法の構成が速いですわね」
順々に一年生の攻撃魔法とそれを防ぐ三年生の防御魔法の同時訓練を千歳の横槍を回避しつつ確りと後学の為に見ていた。
「そうだね」
伊達に白鳥学園に入ってるだけあって、いま三年を相手にしてる外部生の知り合いの動きを見て頷いた。
今までの内部生より早く魔法が放たれているし、なにしろ仲間の火魔法を風魔法で威力をあげて応用している。
まあ三年の先輩も先読みしたかのように瞬時に水魔法を放って容易く相殺しているけれど。時々風魔法を使う先輩もいるけど、火に対して水を用いた方が簡単なのは見て取れた。
「千歳さん、少しよろしいですか?」
「ええ。手短に頼むわ。加奈さん、わたくし先に下に降りていますわね」
「分かった」
千歳が他の子に呼ばれて隣の席を立つのを横目に見送り終わったグループに変わって新たに中央に呼ばれた組を確認した加奈はさてと、と保健室へ逃亡するために立ち上がった。
なんだかさっきから産毛がひりひりするんだよねえ。嫌な予感に念には念を入れて行動するのが加奈だった。実際対戦形式の講義も終盤を迎えたのに未だ加奈のグループは呼ばれないし、なにしろ鷲野率いる先輩グループもまだ出てきていないのが気にかかった。
「後輩たち頑張れー!」
「鷲野おまえ同級生も応援しろっての」
「何言ってるんだ。お前らはわたしの声援がなくても負けないだろう?」
風魔法で声が届きやすいようにしているが、する必要があったのかと疑いたくなるほど鷲野の声はデカくてうるさかった。アリーナの審判席近くに座る鷲野の周りには三年生を始めとして彼に憧れる一年生でごった返している。
たった一人にこれだけ人が集まるとか、ゴキブリがいやいや焼き鳥が人間ホイホイになってる現実に加奈は嫌悪感すらして、遠くではあったが、視線をあからさまに外した。
呪いの消しカスを反射魔法で消し炭にしたそんな鷲野が今、一年生のグループを相手に中央に立っていた。
アリーナ席に座って観客に徹していた生徒たちは黄色い声援を飛ばし熱く見守っていたが、加奈はその中一人冷めた瞳でその試合を観察していた。なんてったって、あの膨大な魔力のせいで加奈は一度死んだのだから。
「一年!魔力の変換が不十分だったぞ!」
「どうせわたしは反撃できないのだから時間をかけて魔法を練り上げるんだ」
「今のはいままでのより一番良かったぞ!流石わたしの後輩たちだ!」
熱血漢の台詞の数々に思わずくしゃみが出そうになる。対する一年生たちが、はい!と溌剌とした応えを返していることにも。
時間をかけて研磨しただろう風魔法を鷲野はニカリと笑って右手の一払いで相殺した瞬間、穴という穴が開ききったかのような恐ろしく気味の悪い感覚に咄嗟に加奈はしゃがみ込んだ。
「きゃあっ」
「うわっ」
生徒たちの慌てたような悲鳴に近い声が風に吸い込まれていく。ごうごうと体を吹き抜けて騒ぎ立てる風は台風の日に外で煽られ倒れゆく樹木を思い出させた。やっぱり出たよ暴君の特徴!
竜巻のような突風に立っていた生徒が椅子にぶつかって倒れる音がする。いま、加奈たちは突風の渦の中にいた。髪が四方八方と暴れて視界すらままならない状況に一ヶ月にも経たないのにまた、リセットかと加奈が小さく震えたとき。
「鷲野ォォおおおお!!!」
その長元坊の荒立つ怒鳴り声に風嵐がピタリとまるでなかったかのように止んだのだ。そろりと目を開けると対戦の審判をしていた長元坊が中央へと降り立っていた所だった。
長元坊の怒鳴り声にさっきのはやっぱり疑い用もなく鷲野のせいかとげっそりとした顔で周りを見回した。
先程の風圧に耐えきれなかったのか所々で生徒が転んでいたりしゃがみ込んでいる。
三年は流石というかなんというか同じ風魔法か何かをぶつけて相殺しているのが結構いたが。
魔法訓練場がちゃんと清掃されてて良かった。石とか砂とかあったりしたらさっきの風で肌とか切れてたし。訓練場を清潔に保ってくれている清掃員に加奈は感謝の念を飛ばした。
(それにしても)
その言葉と共にアリーナ席から下を見下ろすと、長元坊に懇々と怒られている鷲野の姿があった。
「あれだけ言ったよな?反撃はするなと」
「だからこの子達には反撃してないだろ?アリーナ席にいた子達にはちょっと風魔法飛ばしたが」
「げ、ん、て、ん、だ!減点だこの馬鹿!ついでに反省文も雉羽にでも付き合ってもらって書いてこい!!」
「ん?なんでだ?わたしはルールはちゃんと守った筈だ」
「〜〜〜っ!」
頓珍漢な鷲野の言葉に距離をつめ怒鳴り始めた長元坊にしなやかさと逞しさを兼ね備える体を逸らして鷲野はきょとんとしてから取り敢えず、にっかり笑ってごめんと繰り返していた。
身体的なそれは、やはり豹のような野生の美しさが滲みでていたが、その顔に浮かぶ明るい笑みが上手く打ち消している。流石攻略対象だ。
というか、反撃はするなが相手の組のみに限定されるわけがないでしょ。なにルールを自分に都合良く解釈してんだあの人。ペアの子に対して反撃はダメで他の子達に攻撃は良いとでも思ってるのだろうか。前々から思っていたが、やはりあいつは焼き鳥以下だ。どんびきだ、どんびき。
「だってこうした方がいざ学園が襲撃された時、後輩たちもきちんと反応できるだろ?避難訓練のいい機会だ!」
ついで発せられた鷲野の発言にも加奈は思わず鷲野を凝視した。ないないない、ないわー。これはないわー。




