16時間目
『占術学-講義室』
鷲野と雉羽の二人に図らずしも遭遇してしまって何日かびくびくしながら過ごしていたけれど、今思うとこの広い校舎で彼らに鉢合わせするのは酷く難しいことだとルビーに魔素粒子を結合しようとした時に気がついて加奈はもう普段通り講義に出たり図書棟へ行ったりする毎日を送っていた。
普通に生活していてネストに会うことなんて早々なく強いて言うなら女の子に囲まれている同じ一年の磯鷸を廊下でちらりと見るくらいだ。そんな学園の有名人と簡単に接せられる訳が無い。接したくもないが。
ちっと軽く舌うちを試みようすると、頭上が翳った。占術学の先生が立っている。へらと乾いた笑みを浮かべる。
「どんな未来を指している?」
「・・・ただの歪んだ机、です」
はたから見るとどうやら加奈は熱心に水晶を覗き込んでいるように見えるらしい。だが余計なことを考えていたせいなのか、占術学で用いる目の前の水晶には水晶を置いた向こう側の歪んだ机しか映っていない。
「そうですかそうですか。歪んだ机が貴女を導くでしょう」
「え、あ・・・はい」
苦し紛れに言った言葉にどうやら先生は勘違いしたらしい。「え?占術学?そうだなあ・・・う〜ん。意味の分からない授業かな」と前持って宏子が教えてくれていた情報があったにも関わらず未来予測できたら最高じゃん!と講義選択の時に飛びついたことを今更後悔していた。
教科書曰く見る人見る人違うものが映るため見たものを他人に立証するのが難しいらしい。学生にとっては、ビバでっちあげな学問なのだ。
「そうですかそうですか。森にいるバンビが貴方を導くでしょう」
少し離れた所で他の学生にそう言ってるのが聞こえて加奈は乾いた笑みを漏らした。もりにいるばんび・・・メルヘンだ。これでも白鳥学園の先生だし実力は、あるんだろうけど言ってることが意味不明すぎる。だからかあ。と今更ながら初日の講義から生徒が全然いなかったのだと妙に納得した。
水晶に映り込む歪んだ机をぼんやりと見て思った。もしも、自分に力があったら未来を見通せる力があったら。そんな考えても意味のないもしもをくり返して。相変わらず歪んだ机を映しこむ水晶から目を離して周りを見渡した。
やはりそれなりの大きさの講義室は空席がいやに目立ってがらんどうとしていた。いや、むしろ少ない学生の方がぽつぽつと黒く浮かびあがって直ぐ目に留まっていたが。他の講義よりも格段に受講生が少ない中で先生は周り終わったのか、教壇に立ったかと思うと一言告げた。
「あなた方が見たものが何を象徴しているかレポートを提出するように。導きに従うのです」
先生。きっと私の水晶はこの未来を予測してたんだと思います!まる!
『図書棟』
とは言ってられないから、取り敢えず図書棟の占術学棚からそれっぽい解釈論を借りした。字数は1000字前後で良いらしいので二時間もあれば書けるのではないかと空き時間を図書棟の秘密のバルコニーで過ごしていた。
前に雉羽と女の子がにゃんにゃんしていたから此処にくる度に顔が赤くなってしまうけど、気にしないようにしてる。
「つくえつくえーっと」
あればいいなあと思いつつ図書棟の壁を背にページをめくると、家具の項目で漸く机の解釈を見つけた。加奈は概要を頭に叩き入れると真っ白な紙に本の題名、著者、出版社を書き写し、そのまま引用する文章の頁数を書き、間違いがないか確かめて一つ頷く。
これで他の適当な文章を追加すれば大丈夫だろうと目安をつけて大きな伸ばした手に肩と首がぱきぱきと音をたてた。
「それにしても机って色んな意味があるんだなあ・・・」
誤魔化すために言った机には本曰く、取り組むべき問題や探求や研究などとあるが注目すべきは修練や男性を意味していたことだ。なんで机から男性って意味になるんだろうとちょっと気になった。まあ自分が見た机はただの水晶の先の机だから調べたって何の意味もなさないのだが。
空を見て、森を見て。加奈は大きく息を吸った。そよ風に揺れる青葉を通して淡い光が加奈を照らす。照らされたそこからほのかな暖かさが降り注いでいるようで思わず加奈は口元を緩めた。夜は未だに少し肌寒いけれど日中は春めいてあたたかい。眠気が誘われる陽気とはこのことだなあとそっとあくびを漏らした。
『魔法実践学』
今日の魔法実践学はどうやら二年生との合同らしく、ローブに着替えた加奈は前回と同じく長元坊の指示通りにスタンド席で自分のグループが呼ばれるのを待っていた。
しかし、前回と異なり千歳は他のグループに振り分けられているし鷲野のような暴君もこの二年生クラスにはいない。それなのになぜこいつは相変わらず自分の隣を陣取っているのだろうと千歳をちらりと見て思う。加奈の視線に気づいたのか
「加奈さん加奈さん、わたくしの応援をして下さいましね」
「ん?あー・・・。というか次千歳のとこだし下降りてた方が良いんじゃないの」
「まだ大丈夫ですわ!ほら、まだあんなにも一年生の闘志が漲っていらっしゃるもの」
「うん。よくわからない」
それに先程から千歳のグループの一員らしい子が少し離れたところでそわそわしている。見た感じからしてひょろっこい気弱そうな男の子だ。きっともう一人に呼んで来いと言われたのだろうが、一応高嶺の花と呼ばれている千歳に声を掛けことが難しいんだろう。ある種の歎声を溢す。
「さっさと行かないと応援しないよ」
「行ってきますわっ!!」
脅し文句にもならないかと思っていたら予想以上に効果があったらしい。「応援してくださいましね!わたくし必ず勝ちを加奈さんに進呈致しますわ」と、背筋を伸ばしてすたっと素早く立ち上がり颯爽と下へ駆けおりていく千歳にふうっと加奈は短く息をついて、律儀に頭を下げた男の子に適当に手を振っておく。うん、応援するからいい加減なんども不安そうに振り返るな千歳。
「4番アリーナへ出ろ!それと次の5番は準備しとけよ」
長元坊の低い声が響く。さきほどの試合は粘っていた一年生の魔力切れで二年生が勝った。なかなか善戦したじゃないかと二年生がその一年生の肩を叩いて笑っているのに一年生の方が若干鬱陶しげに手を振り払っているのが地味に微笑ましい。
そんなグループの退場に変わってアリーナの中央に歩を進めたのは千歳率いる一年生と相手の二年生たちだ。真っ直ぐな黒髪を天辺で一つに結んだ千歳がちらりとこちらに視線をやってきた気がするので加奈は頬杖をつきつつ取りあえず「頑張れ」と言ってみた。届くはずもないのに、ぱああとなぜか笑顔を浮かべる。もしや口の動きだけで分かったのではあるまいなと加奈は思わず口角を引きつらせてしまった。流石杉宮家の血をひいているだけある。眼の良さが化け物なみだ。
とうとう火ぶたを切って落とされた試合であったが、それは幾ばくもなく終了した。魔法を構築することもせず戦意がありませんと示すように両手を挙げたまま先輩達に近寄った千歳に観客席にいた生徒だけでなく、アリーナ中央に出ていた先輩たちも一体何だろうと首を傾けたことだろう。実際加奈も不思議に思ってついていた頬杖をやめたくらいだった。だけど次の瞬間、一つの未来がぽんと脳裏を過ぎって。にこり、千歳が微笑み、さっと顔を赤く染めた先輩達に慌てて合掌した。成仏してください。
たったったと、階段を早足に駆け上ってきたせいかうっすらと頬に淡い桃色に染めて「加奈さん見てくださいました?わたくし勝ちましたわ!」と千歳が褒めてほしそうに、期待に満ちた輝いた眼でこちらを見やってきた。いじらしい、と多くの人達が思ったことだろう。けれど、この授業は『魔法』実践学である。加奈はその眼で流れを見ていたのも関わらず未だに信じられないけれども、この清楚な-吹けば折れてしまいそうな-美人に言ってやった。
「魔法実践学なのに何で拳で伸してんの」
「勝利を得るためなら手段を選ぶな、が我が家の家訓ですの」
さも当然とばかりに、にこりと微笑んだ彼女に加奈は「ぎゃぁああ!!医務室に連れて行けぇえええ!!」と遅れて聞こえた長元坊の悲鳴に(何も言えねえ)と乾いた笑みを浮かべた。




