10時間目
『寮ー自室』
それではまた明日。と笑顔で馬車乗り場に去って行った千歳の背中を見送った加奈は夕食をとり自室にいた。
ポケットにしまいこんだままのスタンプラリーの用紙を机の上に置く。既に6つほどのスタンプで埋められている皺くちゃの用紙の左上に『特例措置:交流会への参加を認める。 長元坊 佐武郎』と記されていた。その時に始めて長元坊の名前を知ったのだがあまり気に留めずベッドへと潜り込んだ。スプリングが跳ねて身体がまるで呑み込まれていくようだった。重い。
「やっぱきついな・・・」
体調を気遣ってくれた千歳の好意に甘えてゆっくりまわっていた加奈だったが、色々な意味で衆目を集めてしまう千歳の横にいるのが精神的な疲労となって蓄積されていたのだ。
向けられる視線が恐ろしく感じ始めたのはいつからだったか。そんな詮無いことすら考えて加奈はうっすら自嘲するような声を漏らした。他人の視線が怖いなんて自分はどこか。壊れてしまったに違いない。
『廊下』
「半分以上集まったし今日は倶楽部見学にいこうぜ」
「俺あれがいいな、鷲野先輩が入ってるって噂のとこ」
わいわいと賑やかに加奈と数人がすれ違う。二日目のスタンプラリーは礼堂に集まることなく各自の判断に委ねられているのだ。
加奈の横に千歳はいない。今日も回ろうと昨日約束したのだが同意してないそれは単に千歳の一方的な約束に過ぎなかった。
昨日と違って、ひとり広い廊下を渡る。ぶつかるような狭さでもなかったが隠れるように隅を歩いた。よっぽどこちらの方が違和感も苦痛もないけれど昨日千歳と共に歩いたことを加奈は後悔しなかった。いや、正しくは後悔したくなかったのだ。
三又に別れた廊下の基点、加奈は光が降り注ぐ道を避けるかのように地下へと続く暗がりへと足を踏み出した。
姉から連絡がきたと、地下室の研究室にいた魔法器具学の研究員は色んな部品や工具が乱雑する部屋にきた加奈に「おほほほほ!同志の妹さんね!さあお受け取りなさい!」と工具片手に詰め寄って倉庫の鍵を渡してくれた。声は女の人なのに、がっしりした体型に長いくるくるとした金髪の巻かれた髪。
女の声に男の体格。性別が良く分からず顔で判断しようとしたら、その部位は鉄仮面で覆われていた。
視界一杯を埋め尽くす鉄仮面の刳りぬかれた眼の部分から除く瞳にー名前の通り鉄の仮面だー逃げ帰りたくなったのは姉に伝えておこうと思った。あと性別も聞こう。
『魔法器具ー第三倉庫』
兎にも角にも姉のおかげで倉庫の鍵を手に入れた加奈は一度周囲に誰もいないことを確認して地下三階にある魔法器具第三倉庫の扉を開け中へと潜り込むとほっと安堵の息をついた。
「こうも上手くいくって思ってなかったなあ。ってか暗っ」
重厚な扉をくぐるとそこは真っ暗な空間だった。地下3階にもなると外の光も届かない。窓がないのは明白だ。スイッチを探そうと壁に手をつけながら半歩ずつ手探りで壁際を触るが中々見つからない。
きゃしゃん、と軽い音と共に足元で何かを踏んづける。ずるっとつまづきかけて慌てて崩れかけた態勢を持ち直した。
「ぁあっぶなー!」
どくんどくんと脈打つ心臓を宥めつかせて漸く加奈は詠唱せず光魔法を浮かべた。魔力を少しでも節約しようとするケチな根性もやはり身の安全には叶わないのだ。
ふよふよと浮かぶ拳ほどの小さな光が暗闇を丸く切り取ったみたいに周囲だけを明るく照らす。足元に視線をやってもそこまで光は届かなくてよく分からなかった。
「ありゃ」
手をついたままの壁のすぐ横にスイッチを見つけてあと少しだったかーと若干悔しく思いつつも加奈はぱちん、とスイッチを押した。先ほどの光よりも大きな光が頭上の魔法器具に集まったかと思うと一瞬。四方へ散る。
そして、ようやく捉えることのできた倉庫の有様に、ぽかんと空いた口をそのままにして絶句した。
「……あー、無理だ。見つけるの絶対これ夜までかかる」
見たこともないヘンテコな部品の塊。色とりどりの鉱石、開きっぱなしの本に部品と部品の間から飛び出ている資料。
そんなものが散らばっているかと思えば教科書で見たことのある符呪機や古ぼけたマグカップ。それにスプーンやフォークも混ざっていた。
「これ要らないもの全部ここに放り込みましたー!みたいな感じなんだけど…」
整理をせずに物を放りぱなしにし続けたらどうなるか。そんな末路を辿り切ったような散らかり方だ。辛うじて空いているスペースを探すのが逆に難しいくらいで加奈は取り敢えず先ほど踏んづけたと思われる薄い金細工をつま先で隅に押しやった。
「これ長元坊先生みたら絶対発狂するって。もはやごみ溜じゃん」
汗水垂らすような講義を持っているが実際のところ長元坊は見かけによらず綺麗好きなのだ。
特に食糧が腐ったような、そんな不衛生さはないがそれにしてもあまりにもあまりな空間に加奈は一つため息をついた。されど、この山からフラグを立てることとなるキーアイテムを回収しないとまた死ぬかもしれない危険に襲われるのである。
フラグをクラッシュするどころか立てさせやしないことを昨日誓ったばかりで。
「ええい!みてろよこんちくしょー!」
ガラクタが積み重なった大きな山に自分を奮い立たせた加奈は裾をまくってその山へと飛び込んだ。




