夏のある日
花実ちゃんは、さっきからぼうっと外ばかり見ている。
ベランダに立って。ずっと、下を。
下には庭だけがある。
ふかふかした、黄緑色の芝生がやわらかく、みずみずしい。そればかり、ずっと見てる。
僕は花実ちゃんに抱き抱えられながら、ずっと下を見てる。
暑い。
じめじめして、暑い。
日差しがまぶしくて、思わず目をつむる。
「中に入ろうよ」
「いや、いい」
ずっと、黙ったまま。
そういえば、これ前にもあった。
それに、僕が夢の中に入ったり、寝てる間もこんなことしてるのかな。
なんかそんな気がする。
「…リーリはさ、」
やけに静かな声だった。
消え入りそうなくらい。
「うん」
「いやだな、って思うこと、ある?」
「あるよ」
「たとえば?」
「僕の顔」
「そんな、可愛いのに!」
元気に戻った。
高い、優しい声。
「いや、花実ちゃんの方が可愛いよ」
「ほめても何もでないぞ〜」
二人で、ころころ笑う。
笑い転げそう。
暑かったけど、爽やかな風が吹いているみたいだった。
こんな時間が、好きだった。
「…私、いやなことあるんだ。」
静かになってから。
花実ちゃんは、暗い声ではなかった。
やけに、静か。
「…夢を見るの。」
やっぱりだ。
夢なんだ。
僕が助けないと。
「……夢でしかないんだけどね。」
その時の花実ちゃんは、どこか寂しそうな、
ぽつり、とした声。
それが、ぽつん、と露が垂れるように降ってくる。
「…夢でしかないって?」
「…夢。夢の中では、幸せじゃないの。」
「現実では?」
静かな夏だった。
花実ちゃんは、友達とかと話したりしなかった。
話すとすれば、僕が、お父さんお母さんか。
あと、センセイって人。
誰かよくわかんないけど。
「……現実。わかんないんだ。」
え?
「わかんないの。」
どういうこと?
やっぱり。
夢に襲われてるのかな。
じぃい、じぃい。
じぃい。じぃい。
遠くの家の屋根が、ゆらゆらとゆれている。
空と屋根の間が、ぼやける。
ぼんやりとした、暑いもののせいで。
何かは、僕も花実ちゃんも知らない。
でも。
それは、確実にそこにある。
何か。




