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はなみの夢  作者: 彼岸
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8/40

おもたさ

「弟がね、いたんだって。」

花実ちゃんは、ぽつり、とつぶやいた。

それは、重たい響きだった。

「赤ちゃんの頃に、亡くなったって言ってたんだけど。」

夏の暑さは、部屋に入ってこなかった。

涼しいクーラーが効いた部屋が少し寒くて、ぷる、と震える。

「それだけ。」

それだけだった。

夏は終わりに近づいていた。


かなかなかなかな…


どこかから、鈴のような、寂しそうな音が聞こえてくる。

今はお盆、というのらしいんだけど、それらしいものは家にはない。

シンゾクがいない、ってお父さんが言ってた。

だけど、この部屋には風鈴があった。

これだけで、充分お盆だった。


りりーん。

りりーん。


何度か、音を指で押して鳴らしてみた。

「そうやって鳴らすものじゃないんだよ、ほんとは」

「風でしょ?前にテレビで見たよ」

「リーリ、小学校一緒に行こうよ。もう行けるって」

「お父さんたちがダメって言うから、まだだと思うよ」

「そんなぁ、あんまりだよ」

花実ちゃん、怒ってるみたいだった。

でも、すねた感じじゃない。

沈んだ感じの、何か暗い感じ。


変なの。

なんか。

うん。


僕たちは静かに過ごすことが増えた気がする。

でも、僕たちは、その分、というのかな。

隣で一緒に座って、黙って肩を寄せることが増えた気がする。

僕の肩がやわらかい、そういつか言ってたな。


「ねぇ、リーリ」

「うん」

「いつもこうしていようね」

「…うん。」

僕は何か言いかけた。

言いかけたけど、

それだけで。


その夜。

静かだった。

夏の暗さ、というのは蒸し暑さもあって、重苦しかった。

静かだった。

花実ちゃんは、うなったりしない。

静か。

静かだけど。

なんだろう。

僕は、なぜだか気になって、花実ちゃんの頭をそっとなでた。


僕たちの父上、餅田赤胤はどうも公方として地方を治めていたらしい。

なにせ、荒々しい山々が広がるところに、木造の建物が広がっている。

あまり土の道は舗装されてなくて、昔らしい。

武家屋敷が多いところだから、もちろん武士もいたけど、他にもいろんな人がいる。

お坊さんとか、くわを持った百姓とか、商人とか。

砂浜では、荷揚げがよく行われていて、人々が大きな掛け声を出しているところ。

でも、僕の父上はいない。

自刃した。

この町は攻められたから。

だけど…いや、なぜだか知らないけど、この家に養子として来た、花実姫は、僕と一緒に落ちのびることになった。

「よくぞ落ち延びられて…」

僕たちの目の前で、佐伯貴一が泣いている。

本当に嬉しいのか、笑いながら。

「…はははぅっ、ぅうぅっ…」

なんか変な笑い方。

花実姫…と目を合わせあって、ふふ、と笑う。

「……いや、これ夢じゃん!」

僕は大声で叫んだ。

その時だけは、声が全く花実姫…いや、花実ちゃんにも聞こえなかった。

「これ、どうなるんだろ?」

よく考える。


この佐伯は、やたらと泣くけれど、こんな人が頼れるのかな。

それに、僕たちはどうなるんだろう。

佐伯や僕は助からなくても、花実ちゃんは…


花実ちゃんが、殺されるのは、この夢?


なんとなく、直感した。

そうだ。それなら、僕はどうすれば良いんだろう。


どう考えても、わからなかった。


佐伯さんは、素敵な美しい屋敷に住んでいた。

紅葉に染まっている、橙色や黄色の森の上。

屋敷も、豪華。

朱色塗りの屋根が、映えていた。

木造建築、っていうのも良かった。

ひのきの良い匂いがする。


夜。

夢の中は、満点の星空だった。

美しかった。

まるで、まるで…

「まるで、宝石みたい、でありますか」

「え、佐伯さん!」

「はは、漏れてましたぞ」

「そうでしたか…」

「おお、私は佐伯、と呼び捨てて良いのです」

「え…じゃあ、佐伯、何かあったのか?」

「…あなた様は、花実姫を救いたいと思っておられる。」

「どうしてそれを!」

「佐伯の勘です。でも、目線からわかりましたぞ。二人は血が繋がっておりませぬし、目線などから…そのように思われまする。」

「……佐伯の勘も馬鹿にできない。佐伯、まさか守り方を知ってるのか?」

「私は運命に翻弄される身であるゆえ、守り方を知るわけではありませぬ。しかし…」

佐伯はぽつり、と呟いた。

「愛するというのなら、時に、それには犠牲がいりましょう。」


犠牲。

ぎせい。


それは、重たかった。

これまで聞いたどの言葉よりも。

僕は身につけているものに気づいた。

夢の中で、僕は緑色っぽい、直垂というものを着ていた。

袖が広くて、和風の。

それはいささか大きいように見えた。

重たい着物だった。



気づくと僕たちは、逃げていた。

走っていた、二人きり。

土が足に絡んでいるみたいで、歩きづらかった。

そこは森で、雨上がりのような湿り気だった。

土の匂いがもわ、とする。

はぁ、はあ、という音が二つ。

重なるみたいに、耳の近くで鳴った。

佐伯さんはいない。

二人ぼっち。

ずっと、ずっと。

早く早く、早く早く。

どこまでも行かなければ。

でないと。

でないと。

逃げていた。

「佐伯殿は!?」

花実ちゃんは、可愛い顔に似合わないような言葉遣いだった。

僕のことも、夢の外みたいには見てくれない。

「…戦っておられる」


そうだ。

花実ちゃんに知らせちゃだめだ。


佐伯さんは、もういない。


「待て!!」

突然。

大きな木の後ろから。

大きな武士だった。

顔がごつごつしていて、岩みたい。

小さな手足では、戦えるのだろうか。

武士の喉仏がこくり、と動く。

「おぉ、これはこれは、熊王丸と、花実姫。花実姫、あなた様には、縁談の話があるのじゃ。縁談の話、受け入れてくださるな。…されば、わしらは何もせぬゆえ、安心してくだされ」

かすれたような、ふざけた感じの声。

なぜか、考えていたより高い声な気がした。

目が細くて、どこを見てるのかよくわからなかった。

好きじゃなかった。

「誰と…!?」

吐息が耳の横にかかった。

あたたかくて、なぜか甘い匂いをまとっている。

「花田様じゃ。」

「花田…!?父の仇ッ…!」

鋭い声。

荒い声。

なんとなく、僕は花実ちゃんの顔を見たくなかった。


でも。

このままじゃ。

なんとなく、それがわかる。


「仇とは言えど、花実姫を好いておるから…」

「……わらわを?」

「そうじゃ。大切にしてくれるのじゃ。」


餅田赤胤は、僕の父だけど、僕はあまり好きじゃなかったようだった。

大切にしてくれる、と言いながら、花実姫に冷たい婚約者を紹介したり。

見る目がなかった。

なぜか、よくわかった。


「…熊王丸様とも、暮らすのを許してくださるそうじゃ。」

「熊王丸と?」

「そうじゃ。」


風がどこかで、低い音を立てて、うなるように吹いた。

足元の枯葉が、ゆれる。

かさかさ、と、まるで誰かがささやくみたいに。


「…いやじゃ。」


僕は目を見開いた。


…どうして。

…どうして?!


花実ちゃんがこんなこと、言うはずない。

まさか花実ちゃん。

夢の中で、自分の意思で動いていない?


「それならば、仕方がない…」


とたんに、男のかすれた声は、渋いような。

低い、獣がうなるような声に変わった。

目が、細く、僕たちを獲物のように捉えた。


きら、と何かが、男の手の辺りで光った。

長い棒の先。

鋭い光がこちらを捉える。

「…そうじゃ、殺すがいい!」

花実姫は、少し震えたような声で、叫ぶ。

丸くした目を男に向けた。


「…ぅゔあぁあ…」


どこかから、花実ちゃんの叫び声のような、うめきが聞こえる。

なんだろう、この感じ。

夢なんだ、やっぱり。


鋭い男の手の中のものが、上に高く挙げられる。


体が動いていた。


犠牲。


それらしかった。

花実姫の前に、立ちふさがる。

男の光るものが、僕に降りかかってきた。


思わず目を閉じた。

ぶぉおん、という音が、

獣がうなるように、耳のすぐ近くで聞こえた。


「熊王丸!!」

「…え、あれ?!」


ふと、気がつくと、真っ暗な中だった。

真っ暗な屋敷で、二人。


そうか。

僕たち、味方の兵に保護されたのか。

よかった……


「熊王丸、気を確かに!」

「あ、そうだった。」

「なんて無茶なことをする!」

「申し訳ないです」


花実姫は、突然、じっと、僕を見つめた。

目の奥を見つめるみたいな、強い瞳。

ぎゅっ!

強い感触がして、ぴくっ、と体が動いた。

柔らかくて、あたたかいものが体を包んでくれた。

「わらわはお主が好きじゃ!」

後ろの方で、大きな声が響いた。

高い、可愛らしい声だった。

「花実ちゃん…!!」


ふと、目が覚めた。

花実は、自分の体の横に、やわらかいような感触がして、向く。

リーリが、腕にもたれかかっていた。

いや、正確にいえば、腕にリーリが、自分の腕を乗せていた。

リーリは、ずり落ちそうなかっこうでもたれかかっていた。


「んん…」

僕が起きると、花実ちゃんの腕がそばにあった。

「あれ…」

「めっちゃ触ってるんだけど!」

「わ!!ごめん!!」

「もう、何やってんの…ちょっとキモい。」

「幼なじみのよしみで許して…」

「じゃあ、今回は許すとしよう。」

窓の外で風鈴が鳴った。

りりーん。

その音で、ふと思った。

熊王丸。

あれ、僕だった。

夢なのに。

どうしてかわからないけど。

あの名前、少し好きだった。

リーリより強そうだからかな。

でも。

花実姫が「好きじゃ」って言った時だけ。

なんだか胸が、今と同じ感じだった。

ぷるぷるして。

空っぽで。

あたたかかった。


「…もうちょっとそばにいていい?」

「…まぁ。」

僕は、ちょっと花実ちゃんの腕の近くに、顔を寄せる。

ぷに、としたものがかすめる。

もう少し触れていたかった。

やわらかくて、やさしいものに。

あたたかいものに触れようと、ちょっと顔を近づける。

「ちょ、だめだって、これ以上は。」

「だめなの〜」

僕は、ちょっとすねてみた。

少し顔を下に向けた。

「……もうだめ。キモいから。」


その言葉が、降ってきた。

いや、なんてことはないって感じで。

それが、ちょっとちくり、とした。


なんだろう。

なんてことないはずなのに。


上を見ると、花実ちゃんは、にやっと笑ってた。

沈んだような色の茶色の髪が、パジャマにふわっ、とかかってる。


なんだろう。

花実ちゃんには似合わなさそうな顔だった。

暗いような。

でも落ち込んでるわけじゃなくて。


…まさか、僕のこころを見抜いてるんじゃないの…?


なんだか、そんな気がして。

でも、僕はうまく言葉に出せなかった。

それからすぐに、花実ちゃんは下へと向かった。

リビングはにぎやかそうだった。

どこかから、パンの香ばしい匂いが漂う。

バターとハチミツの甘っぽい匂いも。

遠くから、どこか遠くは行くみたいな。

階段の方から、花実ちゃんの笑い声が聞こえた。

お父さんの声も。

お母さんの声も。

明るかった。

僕は少しだけ安心した。

良かった。

花実ちゃんは笑えてる。

それなら良い。

そう思った。

そう思ったのに。

さっきの言葉だけ。

小さな魚の骨みたいに、ずっと引っかかっていた。

「キモいから」

変なの。

僕、こんなことで気にしたこと、あったっけ。

僕は小さな短い足をぷらぷらさせていた。


花実ちゃん。

知らないのかな。


花実ちゃん、という名前は、可愛い響きに聞こえた。

でも、どこか遠くで、ぼんやりと響いているみたいな、変な感じだった。

どこかからぷるぷる、と震えるみたいな感じがしたけれど、

お腹を叩いてみても、空っぽ。

だから、震えているけど、からっぽ。

ぷるぷる、とした感じは、まだ消えなかった。

変なの。

寒いわけじゃない。

お腹も空いてない。

怒られたわけでもない。

なのに。

なんだか胸のあたりが、少しへこんだみたいだった。

僕はなんとなく、自分の胸を押した。

やわらかかった。

いつも通り。

でも。

なんか、前より少しだけ薄くなった気がした。

気のせいかな。

気のせいだと思った。

だって僕は、ずっと僕だから。

ずっと。

生まれた時から。

……

生まれた時?

そこで、なんだか変な感じがした。

僕が来た時。

赤ちゃんの花実ちゃんの横。

暗い部屋。

寒かった。

誰も来なくて。

ずっと天井を見ていた。

……あれ。

僕、その前は?

考えた。

でも、思い出そうとすると。

頭の奥で綿をぎゅうっと押し込まれたみたいに、ぼやけた。


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