花見
とある砂だらけの平野の中。
その平野の中の、人形屋の前。
「お兄さーん、人形見せてよー」
子供たちが、台の向こうから顔をのぞかせていた。
いくつも顔がある。
「…あぁ、わかった…」
気がつくと、僕は人形使いになっていた。
なんでこんなことしてるのか、わからなかった。
でも、人形劇を子供に見せるのが、するべきことだとわかった。
ミニシアターをセットして、中に操り人形を入れる。
操り人形は、あら不思議。
縄もないのに、よく踊って、くるくる回る。
バレエの、くるみ割り人形、らしかった。
雪の国でのパ・ド・ドゥ、っていうやつ。
僕もあまりよく知らないけど、それを人形はよく踊りこなしていた。
まるで風が流れるように、踊りが進む。
王子様役が、女性をふわりと高く持ち上げる。
それは雪が舞い上がるみたいで、きれい。
女性の人形は誰かに似てる気がした。
でも、それよりも踊りが、操ってるはずの自分でもすごく好きで、見入っていた。
踊りが終わった。
「お兄さんすごい!」
子供たちが、どんどんと金貨を、自分が差し出したシルクハットに入れていく。
金貨一つずつなのに、重たそうに。
金貨というのはこの世界ではかなり高価なのだろう。でも……
こんなはした金。
そうやって思ってる自分に驚いた。
子供たちが去っていくと、僕は操っていた、透明な糸を人形に巻き付けようとした。
透明な糸は、光の当て方を変えると虹色にきらり、と光る。それが綺麗で、もっと眺めていたかった。
「ちっ、俺の技でならもっと大きなところで見せられるのによ。このおんぼろの人形がいけないんだ」
いつの間にか話していた。
王子様の人形にぐるぐる、ひっ捕えた泥棒みたいにきつく、縛っていく。
「たすけて」
今。
花実ちゃんの声だった。
「ん?」
そうだ。
僕は花実ちゃんと、トラックに。
「なんだこのアマの人形。変な声したぞ」
「たすけてください」
「何だ、変なこと言ってると捨ててやるぞ」
違う、たすけないといけないのに。
何を言ってるんだ、僕は。
早く、早く。
「たすけて…」
「そんなに捨てられてぇのなら、捨ててやる。」
そんな。
そんなのって。
僕…いや、その人形使いは、あっさりとその辺のゴミ箱に花実ちゃんの人形を捨てた。
「この金貨でもっといいやつを買ってやる」
なんで助けないんだ。
たすけてあげないと。
どうして……
そんな自分に嫌気がさして、話したくなくなった。
でも、その人形使いはやたらと話す。
人形屋に入ってからも口だけが無駄に動いている。
「人形、って。どれがいいかなぁ」
「この店のばばあはチップを払わないとうるせぇからなぁ…」
「お、これいいかも」
「あー、でもこっちもいいしなぁ」
「えへへ、ここにヌード雑誌落ちてるじゃねぇか」
「なんか暑いなぁ」
「この新作、やたら唇分厚いなぁ、こんなの誰が欲しがるんだよ」
「この人形の髪、めっちゃホンモノっぽいな。まさか人毛…?おぉこわいこわい」
「これとか俺の彼女にしてぇなぁ」
「そういや、今晩の飯、決めてねぇわ」
うるさい。
声も大きいし、うるさすぎる。
僕は花実ちゃんを救わないと。
トラックにはねられて、夢の中に吹っ飛ばされるなんて聞いてないけど、それならなおさら。
…僕が叫んだりして止められなかったから。
そんな気をどこかでまぎらわすかのように、僕は花実ちゃんを救おう、とやたら焦っていた。
いないけど。
でも、早く。
だから僕の手を動かして、思いっきり人形使いの尻を叩いた。
「あたっ!?何!?」
人形使いは後ろを振り向いたり、少し店の通路を走ってみたりする。
でも誰もいないとわかると、首を傾げながら、ちょっと不機嫌そうな顔になる。
「…ガキなら叩き返せたのによぉ、なんだよ」
人形使いの口が止まった。
人形屋のガラス窓の外。
おめかしした女性が窓の外を優雅に歩いていた。
黄色のトーンの、レース生地のワンピースのようなものを着ていた。
襟のあたりにレースが巻かれていて、お腹の辺りに茶色っぽいリボンの編み上げがある。
西洋のどこかの国のナイトガウンのようだった。
顔は…花実ちゃんのそっくりだった。
でも。
花実ちゃんではない、気がする。
ピンクのアイシャドウが琥珀の綺麗な目に合ってる。
ほっぺに赤みがより入っていて、喜んだ時の花実ちゃんのようだったけど、あの人は静かな顔。
口紅は赤く、それが一番目立っている。
第一、花実ちゃんの顔とどこか違う。
顔は細っぽくて、それが大人びている気がした。
大人だから、やっぱり、僕の隣で笑ってくれる花実ちゃんじゃない。
でも、何か、知ってるのかも。
だったら。
「可愛い…」
人形使いは呟いている。
次の瞬間、僕と人形使いは外に出ていた。
「あの、あなた、この辺初めてですか?」
勝手に口が動いている。
ぷる、と時折震えて。
「まぁ、そうだね」
「僕、人形使いなんですけど、こんなところじゃあんまり見どころないし…僕の劇、見ていただけますか?」
「見た後は?」
「みたあと……」
女性がにたっ、と笑う。
「デートしたいんでしょ、その真っ赤な顔。」
「……っ!」
びくっ、と体が弾けた。
「……人形劇より、デートに向いてるところがあるんだよ」
「…どこ…ですか、そこ」
少し体がどくっ、と動く。
唇を少し噛む感触がした。
「いいところだよ、綺麗なところ」
「綺麗な…?」
「そうだよ、リーリ。」
静かな声が、落ちてきた。
どうして?
僕を知ってる。
なんで。
…もしかして。
顔は似てるだけだけど。
まさか……花実ちゃん?
頭がうまくまわらないまま。
僕の意識は途絶えた。
そこは、駅のホームだった。
でもあるのは、自販機だけ。
あとは、トタンの屋根を支える、白い木の柱だけだった。
空は濃い青色で、白くて細い雲が遠くで泳ぐように広がってる。それが、水面が広がる地面に鏡のように映る。
透き通る空と海が溶け合って、そこに駅だけが浮かんでるみたいだった。
どこまでも透き通る景色が、ただ静かに広がっていた。
消えそうなくらい、きれいに。
僕は、もう人形使いとして話してはいなかった。
ただ、あの女性と。
まるで花実ちゃんと話すみたいでもあった。
「ここ来たことないでしょ?」
「うん。夢の中だからね」
「素敵でしょう、ここでも既に」
「え、まだあるの?」
「そうだよ。この駅の終点まで、行くとあるんだよ」
「どんなところ?」
「桜が咲いてるの」
「桜が…?」
「花実ちゃんも、そこにいる」
「犠牲、って言葉、夢の中で聞いたことがあるよね」
「…どうしてあなたは知ってるの?」
「ちなみにわたし、花実って呼んでいいんだよ」
「……どういうこと?」
「…リーリも、わかってるんじゃないかな」
花実…というその女性は、悲しげな顔になる。
その顔は、花実ちゃん、というより、花実ちゃんのお母さんに似ている顔だった。
寂しそう、というか、どこか諦めた、というか。
「…話、戻すね」
「うん」
「桜の咲くところには、桜の花びらが舞い散ってるの。あなたはそれに当たってしまう。それは…当たると何かを犠牲にしないといけない。」
「うん…」
「それは、ただの犠牲より、痛いかもしれない」
「……でも。僕が、やるしかない。」
「……りーり、どうしてそう思うの?」
「…僕の他にも、花実ちゃんを救える人はいるかもしらないよ。でも」
列車が来ていた。
音もないのに、それがわかった。
「…でも、僕が今まで花実ちゃんを救ってきたなら。犠牲、っていうのも。そうやって、救うしかない、って思うよ。……僕は、花実ちゃんに命を吹き込まれたようなものだから。」
列車が来た。
桃色と紫色が混ざったような。
夕日の後の空の色みたいだった。
夢の中らしい、そんな色。
音もなく、線路もなく。
ただ、道筋があるかのように、そこに来た。
扉が静かに開いて、僕はそこに乗った。
「あなたも…花実ちゃんも、元気でね」
扉に振り返って、僕は言った。
その…花実ちゃんという女性は、どこか寂しそうに、でも、喜ぶみたいに、微笑んでいた。
やがて列車の扉が閉まって、僕は窓の中から手を振りながら、遠く、見えなくなっていくまで、駅の上に浮かぶような、女性を見続けた。
なぜか、眺め続けていたかった。
僕は、列車の中に、目を向ける。
窓からのあたたかな夕日が差し込むような光に照らされている。
外は濃い青空で、それが泳ぐように流れていく。
光に照らされた席に座る。
誰もいない列車の中は静かで、僕の息遣いと、ことっ、とたまに列車がゆれるような音が聞こえていた。
前に列車に乗ったことがある。
一度だけだったけど、春に。
その時は、夕暮れで。
車内はまさにこんな光に照らされていた。
花実ちゃんと、その日に食べた美味しいスパゲッティの話をしながら。
お母さんが、その様子をどこか、困ったように。
でも、優しそうに、見つめていた。
列車の雰囲気が変わったのがわかった。
扉が開いたのを見ると、青空が下に広がるみたいな、そんな景色。
そこから二、三匹。
金魚が入ってきた。
朱色で、お腹が金色に光っている。
色は絢爛豪華で、レースをまとうようにゆら、とひれを動かしている。
ぱく、ぱく、と金魚が僕の前を通りながら、口を動かした。
なんとなく、なんで言ってるかわかった。
「えぇ、そうですね。終点で、花実ちゃんに会うんです」
大きな照る目から、泡がこぽっ、と立つ。
なんとなく、金魚がうなずいたように見えた。
それから、列車はまた走り出したようだった。




