海沿い
海沿いを車が走っている。
窓からは青々とした海が見える。
もう親戚の家も近いんだろうな。
「親戚のおばさんには失礼のないようにするんだよ」
「…わかってるって」
おばさんのことはあまりわからないし、花実ちゃんもあまり会ったことがない。
優しいとはお母さんたちは言うけど、わからない。
僕には不安だった。
花実ちゃんも、どこか憂鬱というか、持て余してる感じが伝わってくる。
「リーリ。」
意味ありげに呟く。
「ずっと一緒。綺麗なところ、行こうね」
それはどんな意味なのか、考える前に大きく体がゆれる。
「あぶない…急に止まられちゃ困るよー…」
お父さんは文句を言って、ふぁん!とクラクションを鳴らした。こういう時、鳴らすものなのかな。
「リーリ、カフェ行こうね」
花実ちゃんが耳元でささやいた。
大切なものを隠すみたいに。
わくわくしてるみたいな、高い声。
それが嬉しくて、僕はうなずく。
おばさんは気さくな人だった。
でも僕には、少し距離が近すぎる気もした。
「花実ちゃん、いらっしゃい。まぁ、おばはんといるのはアレかもしれないし、その時は海でも見ていきゃええわ」
「…ハイ、おじゃまします」
花実ちゃんは、僕とも話さなくなった。
その代わり、黙って、顔には影をたたえていた。
花実ちゃんは、リビングの大きな窓から見える、海を見ていた。
大きな窓からは、家々が階段状にたたずんでいるのが見える。その家々の屋根の上。
遠くの方に、青々とした、広い海が、水平線と仲良く横になるみたいに、透き通って輝いていた。
それは遠くで、どこか遠くで。
輝きはどこかぼんやりしていて、ここにはないみたいに。そんなふうに見えた。
黙っていた。
僕も、花実ちゃんも。
大した理由もないけど、しゃべる気にはならなかった。
なれなかった、と言える。
輝く海は、夢の中にはなくて。
だから見惚れたのかな。
いや。
それは夢の中の景色より、ぼんやりして遠かったから。
僕たちには遠かったから。
「昼、うちはカレーあるけど、晩御飯はお母さんたちと食べるらしいわ。あと、夕方におばはんは出かけるから」
おばさんは夕方に買い物に行く、らしい。
「花実ちゃんついてくる?」
「いえ…」
花実ちゃんは、夕方抜け出す気満々だ。
それに気づいた僕は、思わずにやっ、とする。
でもバレないように、すぐ真顔を取り繕った。
「もうすぐ昼時だし、カレー食べる?」
「…ハイ。ありがとうございます」
僕以外には、少し人見知りなようだ。
花実ちゃんは滅多に話さなかった。
カレーのいい匂いで部屋が満たされてる。
カレーはカレーでも、おばさんが研究した初心者向けエスニックカレー。
スパイシーの独特な香りが、少しお腹を鳴らした。
隣の白米が入った皿からも、柔和なほかほかした香りが漂ってくる。
それがスパイスの香りと絡んで溶けた。
ご飯と一緒に一口口に入れる。
香味が効いたカレーは、ご飯がすすむ美味しさだ。
とろとろした食感が口触りがいい。
「美味しい?」
「…美味しいです!これおばさんが研究したんですか?」
「趣味の範囲だけどね。やるとハマるんだわ〜」
「すごい…!」
「ありがとう。でも、気に入ってもらえたのが一番嬉しいわ。」
おばさんはどこか謙遜するように言った。
その穏やかな声は、花実ちゃんに柔らかい笑顔を取り戻させられそうだった。
「…花実ちゃん、年頃だし。悩みがあるかもしれへんけど、何かあったらおばはんとかは…急すぎるかもしれへんね。でも今はネットとかからチャットで調べられるらしいし…とにかく、一人で悩んだらあかんよ」
「…ありがとうございます」
花実ちゃんは、笑った。
でも、その瞳の奥。
たしかに、何かゆれた。
闇の中動く猫みたいな、光を放ちつつ、闇に溶ける、何か。
闇の中、確実にあった。




