百度
僕は、また。
この夢を見ていた。
花実ちゃんと手を繋ぎながら、寝たはずだった。
なのに。
そこには花実ちゃんはいない。
ただ、薄暗い車の中で、お母さんがぽつぽつと。
霧のように降ってくる雨に合わせるみたいに、話す。
「…花実ちゃんは、入院なの」
「なんで?」
「…病気で。」
「いつまでかかるの?」
「…私たちが百度、病院に行ったら、きっと。」
心なしか、その声だけ強かった。
「今は何回目?」
「…五十二回目」
お父さんは、いない。
なぜか、車の中にいなかった。
この前は、五回目。その次は、十三回目。
次は、次は…そして今。
五十、と言っていた。
十刻みで日にちが進んでいる。
…この夢を見て、たぶん数日は経ってる。
今が何日かわからなくなってるけど、おそらくあと数日は続く。
夢の中、異様なくらい大きな病院の前に、車を止める。
大きすぎて、空に壁がぶつかって歪んでるような、建物。
そこで意識が一旦途絶える。
舞台の暗転みたいに真っ暗になる。
次に意識があるのは、病室の前。
ドアに大きな窓が付いていて、そこから見えた。
花実ちゃんは、点滴の管まみれで、部屋中がその管で覆われている。花実ちゃんが真ん中にいることがかろうじてわかるくらいの、管。
お母さんだけが、管をかきわけるように、入っていく。
時折、花実、と呼びかけながら。
僕はなぜか、動けない。
動きたい。
でも、体を動かせない。
どうにもできないのが、嫌だった。
「…花実…助かって…」
花実ちゃんの近くに来たお母さんは、一番近くの管を避けながら、言った。
それから、花実ちゃんの胸に手を置いて、目を閉じる。
祈るみたいに。
なんでそうするのか、わからなかったけど。
そうするしか、ないみたい。
突然。
体が前のめりになった。
動けるようになったんだ。
扉に近づいて、ドアノブに手をかける。
扉が動かない。
どうしよう。
あたりを思わず見渡した。
廊下には誰一人いなくて、そこに記入済みアンケートのようなものが落ちてるだけ。
これじゃないかな。
なんとなくそんな気がして、拾ってみた。
それは、花実ちゃんの診察シートみたいなやつだった。
年月日が黒い墨汁みたいなもので塗りつぶされている。
花実ちゃんの写真が載ってる。
僕と写ってる、笑顔が可愛いやつ。
でも、名前が載ってない。
まだ書いてないみたい。
………… 13歳
病名:夢見病
詳細:夢を見て、それに侵食される病気。
所見:これにかかると最後、助からない。
だんだん、名前の部分が浮き出てきた。
水からぼやけるように浮かぶ。
僕はそれに目が釘付けになる。
金山花実
そんな。
予感は当たっていたみたいだった。
花実ちゃんは、何かに狙われてたんだ。
だったら。
救わないと。
花実ちゃんのいる部屋の扉を、必死でこじあけようとした。手に力を思いっきり入れる。
ききき。
そう音がした、だけ。
開かない。
「花実ちゃん!!目を覚まして!!」
思わず叫んでいた。
きぎっ…
音が変わったけど、扉はびくともしない。
「目を覚まして!!夢の中なんだよ!!はなみちゃん!!」
自分の大声で目が覚めた。
なんで言ったかわかんないような言葉で。
「…うるさいなー…」
花実ちゃんが横で不機嫌そうにもぞもぞと動く。
それでなんだかほっとする。
「…リーリ、最近寝つき悪すぎでしょ、毎回でかい声出して起きるじゃん」
「うん…さすがにいやだなぁ」
「でも、明日は流石に叫ばないでよ〜」
「わかってるって…」
ほっとした。
これで良かったんだ。
きっと。
下からトーストの匂いがして、僕たちは下の部屋へと下っていった。
バターの甘い香りが漂ってくる。




