はにー
「リーリ、料理動画見よー」
「うん!」
料理動画、最近見てなかったな。
花実ちゃんは、宿題は置きっぱだった。
もう、忘れちゃったみたいに。
それがちょっと心配になるけど、今は楽しいし、いっか。
もう八月も下旬。
あともう少しで学校。
だけど花実ちゃん、学校の話、あんまりしないんだよな。前に一度、あった気がするけど。
隣のクサナギくんとか。
それくらいで、学校では暗い、レベルかな。
学校での花実ちゃんはあまりわかんないし、聞くのもなんだしなぁ。
どうなってるのか、全然わかんないんだけど…
いじめられてたり、する感じもなかったなぁ。
もしかしたら隠れてあるのかも、って夢の中での出来事とかから、考えもしたけど。
そんな、酷いいじめは少なくとも受けてないらしいし。
「学校でいじめられてたら、ぶっとばしてあげるからね!」
前にそうやって言ったことがある。
「うん!」
至って普通に、にこにこした感じで返された。
第一。いじめられてたら僕に言う気もする。
たぶん。
まぁ、学校には一緒に行く、って花実ちゃん言ってたし。もしいじめられてたら…もちろんぶっ飛ばしてやる!
そう考えつつ、料理動画を見る。
じゅ〜、じゅ〜、とか、美味しそうな音。
「あ、これ、今度作ってみない?」
「ありじゃん、いいね!」
軽く言ったつもりだった。でも…
「作っちゃおう!」
ほんとに作るとは思ってなかった。
ハニー・バター・トースト。
フライパンで焼くやつ。
よりにもよって、おやつにしちゃうなんて。
…ぜいたく!
でも絶対太るよなぁ。
「これ、4枚切りのやつ。買ってもらったから。」
「分厚〜、美味しそう。」
「このまま食べちゃおうとか考えてる?」
「うん〜、美味しそうだもん。」
「ダメだって。」
花実ちゃんと一緒に、4枚もある、4枚切りのパンに、切り込みを入れていく。凝りたいからって、格子状に。
深く、味が染み込むように。
「リーリ、へたー」
「細かいよ〜、僕、不器用だし。」
「も〜」
それから、フライパンにたっぷりバターを入れて、弱火で溶かしていく…泡立ってきて、雲みたい。
じゅわ〜…
「…バター、このまま食べちゃいたくなる。」
「気持ちはわかるけど、だめ!」
そこに、切れ目を下にして、パンを…
「美味しそ〜!!」
「たまらん!!」
じゅ〜…じゅ〜…
カタ、カリ…
「まだ狐色だな…」
「たしか、もっと濃い色がいいんだよね。」
じゅ〜…じゅ〜…
「ねぇ、これいつまで待つの?」
「もうそろそろでしょ」
カタ、カリリ…
「「お〜!!」」
それは、茶色っぽいのの上に塗られた黄金色。
いかにもカリカリしてて、こんがりと香ばしい。
トーストの表面中から漂う匂いが、やさしく辺りを包む。こんがりとした匂いに食欲が湧いてくる。
「もう食べたい!」
「まだ!あと二分は焼こ!」
そうやって、トーストができた。
もうこの時点でも食べたいけど…
まだまだ。
「ハチミツをスプーンで、あふれるくらいかけちゃう…ねぇさすがにヤバくない!?」
「まさに背徳の味…だね!美味しそう!」
「じゃあ、かけちゃいますよ〜…」
僕はハチミツをなぜかすすめられることがあったけど、このハチミツは健康に良さそうだ。有機って書いてあるから。
とろ〜…と、スプーンにハチミツをかける。
ハチミツも、黄金色。
透き通るような、教会のガラスみたいに輝いている。
「かけすぎ?」
「いや、これで良いでしょ〜!」
とろ〜りと、あふれるくらいにかかると、そのトーストは、宝石箱みたいに、とびきり素敵なものに見える。
美味しそう…
「…ねぇ、ハチミツだけでもくれない?」
「かけおわったら、ね。」
「うん。」
「…じゃあ、今からあげよっか?リーリ用のスプーンで。」
「ほんと?やったぁ!」
花実ちゃんは、ハチミツを持ってきた。
とろ〜、と。
僕用に持ってこられたスプーンに、かける。
それで、僕の口に差し出した。
「はい、口開けて」
「あー」
口元に甘いハチミツが触る。
やっぱり甘かった。美味しいし。
いや。
花実ちゃんの顔が近くに来てて。
花実ちゃんの手で渡されたからかもしれない。
甘い。やっぱり。
とろっとしてて。
「あ、口元についてる。」
「え、ほんと?」
突然。
花実ちゃんが。
僕の唇に顔を近づけた。
ふに、と柔らかいものが触れた。
唇に。
「…!」
柔らかくて、甘い。
まるで毛糸の毛布に顔をうずめたみたいな温かさが、胸の辺りまで広がった。
ぷるる、と思わず震えた。
なんだか少し寒くなって、それから顔中が熱くなる。
顔はもう真っ赤っかだった。
顔から湯気が立つくらいに熱い。
思わず花実ちゃんの肩に触れたけど。
その手までも熱い気がして。
熱すぎて。
思わず突き放した。
息が荒かった。
ぷるるるっ!
大きく体が震える。
目が思わず丸くなってることに気がついた。
「…だめ?」
「……あの…突然は…」
花実ちゃんは、うつむきながら顔を少し赤くして。
ぽつり。
口を動かした。
唇が桃色で、ハチミツがついてて光ってた。
「…甘くて良かった」
「…もう少しふいてたい」
「…ぼく…その…」
思わず両手で顔を隠した。
ふわ。
両手が当たってなんだかもっと熱くなった気がする。
恥ずかしくなってきたのかもしれない。
いや。
嬉しかったかも。
「うん…」
気がついたら、花実ちゃんはもう一回、僕の唇に、ふに、とはずむようなキスをしていた。
でも今度は、息がふ、と顔にかかって、熱かったけど、それが涼しい、爽やかなような気がした。
「ん…」
花実ちゃんは、何かうなるみたいに、言いかけたみたいに、くぐもった声を出した。
でも、甘くて、甘くて。
やさしくて、やわらかいのが体中を覆ってるみたいに。
とても、春風にゆれるみたいに心地よかったから。
それが何なのか、よくわかんなくて。
でも。
とにかく、その後なんか。
そう言えるくらいに…
甘くて、美味しい。
そんな、とーすと。




