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はなみの夢  作者: 彼岸
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カメリアコンプレックス

その日の夕食は、なんてことないけど。

サワラの西京焼きだって。

ふわ、っとした白い身が美味しいサワラは、

西京焼きの塩っぽい、少し甘めの味付けとよく合う。

僕は食べた。

美味しかった、けど。

食べる…というか、なんというか。

噛んでいる、っていうか。

どこかぼうっとしてた。

花実ちゃんが、かすかに首を振ってる。

あぁ、嫌いなんだね、これ。

美味しいのになぁ。

でもね。


でも。

僕は花実ちゃんからこっそりもらうことにした。

ぐっ、と親指を立ててみる。

すると花実ちゃんが、ちら、と向く。

そうっと。

お母さんやお父さんが話したりしててこっちに向かない隙に、箸でこっちに運んでくる。

大きめのカケラ。

光が当たって白っぽく光るやつ。

僕は、箸で顔の前にきたそれを。

ぱくっ。

口にする。

箸の先が口にちょっと当たる。

木の固い、ざらっとした感じ。

二人で顔を見合わせる。

くすすっと、どちらからともなく笑ってしまう。

気づいたら、二人してふふふ、と笑ってた。

「美味しいね」

「リーリ、美味しいんだね」

これが続いて欲しいな。

そう思った。


その夜。

花実ちゃんはぐっすり寝ていたけど。

僕は、寝顔をじっと見ていた。

静かで。

優しくて、聖母マリアみたいな。

穏やかすぎて、寝たまま起きないんじゃないかって、思う。時々、そんな気持ちにさせられる。


やっぱり。

なんとなくわかる。

夢を今、見てる。

それは、僕が入るべき夢だ。

そうだ。

これが愛かなんてわからない。

でも。

僕はやっぱり、入らなきゃ。

思わず、花実ちゃんの手を探る。

そっ、と柔らかいものが手に触れた。

それを握った。

きゅっと、音がするくらいに。


はっ、という自分の息で目が覚めた。

そこは、夢。

それだけはわかった。

白いベッドの上に、寝ていた。

その部屋は暗かった。

辺りは木の壁で、それがかろうじてわかるくらい。

側のテーブルに、ランプが置かれてて、それはぼんやり、小さな灯りを灯していた。

黄色っぽい、ただぼんやりと小さいもの。

それに見惚れてから、ふと気が付いたみたいに扉に走った。扉は木で、それは心なしか固いみたいに立ち塞がった。でも、構わずがちゃり、と開ける。

外は真っ暗な海で、黒いうねりが眼前にくる。

まるで甲板に入ってくるみたいに、眼前まで波が近づいて、人の顔みたいに僕と"見合わせる"。

黒くうねるそれが。

白くぼんやり輝く水面に、きいっ、と一つ。

線を引いたみたいに、ぱっくり割れる。


ざぁあっ。


波が海へと引いた。

でも、すごく高い波が、海の上で蠢いている。

獣の体が、いや、大蛇の体が、水の上でのまたうち回っている。それが時折こちらを狙うように、顔を近づけてくる。

それにしか見えなくて、僕はなんだかふる、と体がゆれた気がした。


花実ちゃん。


その言葉が浮かんで、突然僕は何かにおびきだされたみたいに甲板を走り回った。

どこかで、オーケストラが演奏していた。

ぼんやり、遠く。

多分、ハバネラ…って曲かな。

お父さんが聞いてた。

僕はこれが好きで、それがどこか心地よい。

でも、それにあまり構わず走る。

甲板には誰もいない。

暗い水の上みたいな色の板が延々と広がってるだけで、廊下には誰も出ていない。

みんな中で楽しんでるみたいだ。

どこかで、あはは、ってぼんやりと音がする。

船の淵まで来た。

そこは一番ぼんやりしてて、暗い。

あまり先が見えなかった。

でも、進んで行った。

でも。

進めば進むほど、そこは船ではなくなってく。

暗い、ぼんやりするだけの、どこか霧の中みたいに、覆われたところに。

そうなるほどに、はっきりしてくる。

はるか先の、手を広げて立ってる、白い服を着た誰か。

白いワンピースの、茶色い髪の、女の人。


……花実ちゃん?


その時、振り向いた。

花実ちゃんの顔で。

でも、見たことない表情で。

……まるで何も感じていないような。

目の奥が真っ黒い。

顔は白い。色を丸ごと抜かれたみたいに。

唇が桃色で、そこだけやけに目立っていた。

ただただ、中身が何もない。

空っぽ。

そんな感じがして。

僕は、ふと止まった。

「…花実ちゃん?」

何も言わない。

ただ、僕の方を向いている。

その、"花実ちゃん"は。

花実ちゃん、と口から出かけるけど、僕は何も言えなかった。

いや、言わなかった。


もしかして。

違うのかも。


でもその時。

花実ちゃんが、顔が。

ゆれた気がした。

ちょっとだけ。

まるで波が立つみたいな、

ぼんやり霧が、少しかかるみたいな。

なんてことない、ゆれ。

それを見て。

僕はなんとなく、歩いた。

そっちの方に向かって。


いや。

違う。

あれは花実ちゃんだ。

それだけ、頭に浮かぶ。


ずんずん進んでいく。

もう若干小走りになっていた。

花実ちゃんは。

だんだんと、顔が崩れていく。

どんどん、何かを堪えるみたいに。

何か、悲しいものでも見たみたいに。

とても痛そうに。

でも。

そのまま、僕に背を向けた。

その瞬間。

目の前に。

花実ちゃんの向こう側。

まるで雲から光が差してくるみたいに。

ぼんやりとした、やわらかい光が。

あたたかいけど、頼りないような光が。

差し込んできて、広がる。

ぼわ…と音がしそうなくらいに。

その、もっと向こう側。

花畑があった。

そこに咲くのは、赤くて、小さい。

つぼみみたいに、控えめに。

でも、咲いてる。

赤い…アネモネ。

綺麗だった。

小さい花のはずなのに。

遠くにちょこん、と。

でも、まるでらっぱみたいに。

こっちにおいで、というみたいに。

赤くて、ぼんやり輝くように。

それに見惚れるようになった。

でも。

何か、まずいと思った。

なんでか。

「花実ちゃん!!だめだ!!!」

思わず叫ぶ。

花実ちゃんは振り向かない。

ただ、見惚れるように。

花実ちゃんは、赤いアネモネの方を見るばかりで。


「花実ちゃん!!」

「うわっ!!うるさいな…起きちゃったじゃん」

「ごめん。でも、花実ちゃんが夢の中で消えそうな気がして。」

「そんな、縁起の悪いこと言わないでよー」

「うん、ごめんなんか。」

「まぁリーリが悪夢から覚めたから、よしとしよう。」


え、花実ちゃん。


これまでそれにはあまり気が付かなかった、というか。

あまり、花実ちゃんが悪夢を見なくなった気がする。

それって、良かったんだよな。

でも。

花実ちゃんを狙うものは、僕を狙うように、変わったんじゃないかな。

それに。

もし、夢の中で花実ちゃんがどうにかなっちゃったら。

でも。

前に見た夢では…あれは完全に夢だった。

でも、夢がどこまで夢なのか。

直感だけではアテにならない。

だから。

もう夢の中で、失敗できない。

花実ちゃんは、僕が…

「どうしたの、すごく真剣な顔だけど。」

「あぁ、なんでもないよ。悪夢すぎて、考え事してただけ。」

「ふーん。……リーリ。」

「ん?」

「夢の中に、何度かリーリが出てきてて、私のことを救ってくれたりしたんだよね、それ、リーリが私のことを、守ってくれたんじゃないかな、って。」

「僕が…かもね。」

「うん、私、信じてるの。」

「?」

どこか真剣な声に、振り向く。

可愛らしい瞳と視線が交わる。

「リーリは、私のことを救ってくれる、唯一の存在なんだって。」

花実ちゃんが、琥珀の目で僕を見つめる。

琥珀は透き通っているけど、透き通りすぎて、どこか怖いくらいだった。綺麗。

「僕だけ…?」

とくん、と胸が鳴った。

なんだかどきどきしてきた。

「実際、リーリに話しかけて、すっきりしたから救われたこともあったの。」

僕が。

救える。

それは、胸にずっと残る言葉だった。

まるで僕は花実ちゃんと結婚できる人だ、って言われたみたいに。

報われたんだ、って。

どこかでわかった。

胸が躍るみたいに嬉しくて。

重たい響き。

胸が熱くなって、顔も少し赤くなった気がした。

胸の熱さは、熱すぎなくて、どこかあたたかい。

それが妙に心地よかったりした。

ぽつり、花実ちゃんの言葉が落ちてきた。

それは、あたたかくて、優しくて、でも。

どこか、寂しそうな。

ずっと、そばにいないと壊れそうな。

そんな感じがした。

「リーリ。」

花実ちゃんが、お腹の辺りを触る。

ほよ、と溶けそうなくらいやわらかくて。

思わず、その手に触る。

人形ってより、お餅みたいな柔らかさ。

「これから私とずっと一緒にいて。」

僕はただ。

うなずく。

嬉しくて、はちきれそうな。

体の中身が全部出てきちゃいそうな。

怖くて、でも優しく震えるような。

そんな感じが気持ちよくて。

何も考えられなかった。


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