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はなみの夢  作者: 彼岸
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仁王立ち

外は暑くて、僕たちはそろって寝ていた。

花実ちゃんは起きそうになくて、

僕は少し、退屈さを紛らわすために、

腕にぴとっ、とくっついたりしていた。


花実ちゃん…可愛い。

やっぱり、もうちょっと触れてみたい。


そう思ったから、ちょっとだけ、ほっぺに触れた。

ふにっ。

柔らかいどころか、驚くぐらいだった。

なんだかとろけそうな…

あれ。

ふと気がついた。

僕は。

もしかして。

花実ちゃんを。

…死に向かわせてる?

まさか、とすぐに打ち消した。

でも。

まさか、ね。


だけど。

それに結論を出す前に。

僕の意識は消えた。


「さて、どちらが運慶なんだい?」

紅のワンピースのような、腕がよく見えるドレスを着た女主人が、ほえるような声で言う。

結った髪はこんもりと、頭上高くにそびえ立ってて、鞭を片手に持ちながら、少々不機嫌そうな顔をしている。

「そうだ。」

「なんだい、少佐。」

緑色っぽい軍服を着た兵士が、改まったみたいに女主人に向き直る。

どこかで見た服装だな。

たぶん、昔の日本軍?

「二人に運慶が作った、仁王像を掘らせるのはいかがでしょう?」

思ったよりもかなり丁寧な口調で、拍子抜けした。

「へえ、それもいいですな。」

片方の目が義眼の、ハンダという男がうなずく。

紳士らしい、黒のえんび服だ。

「あたしにもその仁王像、見せてほしいね」

ふんぞり返って言うのは、メイド。

女主人のお墨付きらしく、かなり高慢きち。

「ふーん…」

白い服を着た、かっこいい紳士は興味がなさそうで、その隣の法被を着たおじさんに至っては、さっきからうるさく演奏している劇団の方を見ている。

なぜか劇団が来てて、なぜかクラッシックをめちゃくちゃに弾いている。

一人どちらの運慶が本物か、見定めている人がいて、それはフック船長見たいな恰好の、謎の海賊。

なんで彼はそこにいるのか誰にもわからない。


だけど…僕はそんなことに構ってられなかった。

僕は運系なのかもしれない人だけど、僕なんかでは絶対ない。向かいの男の方が、ずっと運慶らしい。

「勝てば花実嬢が結婚すると言ってるんだよ、これは偽も喜ぶだろうなぁ」

海賊はすごいことを言ってのけた。


結婚。

ケッコン?

それは僕には重すぎる気はする。

でも。

向かいの男は、酒飲みだ。

見るからに酔っている。

顔が赤くて、さっきから訳わからないことばかり言っている。だから、こんなのと花実ちゃんが結婚したら。

それよりは、花実ちゃんを想う僕の方がマシだ。


「それじゃ、あんたらに木をあげる。」


パンッ!


女主人の拍手一つが鶴の一声。

すぐに大木が二人の目の前に、それぞれ一本ずつ運ばれる。運んでるのは骸骨で、見るからに首がない。

切り落とされたんだろう。

しかし、

でも。


これは…


僕の木は腐りかけてて、向かいのあの人は立派そうなヒノキじゃ…!

これは勝てない。

勝とうと思ってはいけない。

どうしよ。

口の中が乾いた。

唾を飲み込もうとしても、空気が入ってくるばかりだ。

相手の男は、しきりにこちらを見てにやにやしている。

からかってるんだろう。


腹が立ってきた。

いや、腹が立った。

そういう文字が頭の中に突然浮かんできた。

僕は嫌な感じになっただけのはずなのに。

なんでだろ。


「はじめッ!」

その瞬間、僕はあまりに「腹が立った」

その文字が頭にたくさん浮かびすぎて、何も考えられなくなった。

すぐに爪を思いっきりその腐った木に立てた。

がり、がりりっ、がりり、と嫌な音がして顔をしかめた。でも僕の手は止まらなかった。

いつのまにか形ができてきていた。

がりがり、と掘れていくそれは、仁王像らしく人のような形はしていた。

ただ荒削りで、まだ全くもってして形が出来ていない。

だけど僕は、がりり、と爪から響く嫌な音に顔をしかめながら堀り進めた。

しばらくすると、出てきた。

紛れもない仁王像が。

海から上がってきたように、出てきた。

どんどん、腐ったような木は燦然とした、光沢が美しい、仁王像になった。

その様は、僕でも圧倒されるほどに。

僕はあまりに早く、意外と労力をかけずにできたそれに、えっ、と声を出して拍子抜けした。

仁王像の上裸や、覗く足は隆々武骨で、慌惚とさせる気魄がある。

下半身を覆う布も、生きているかのように蠢いているようだった。

顔は、迫力満点。

覇気はまるで仁王像から燦然と光が放たれるごとく周囲の空気を変えた。恐ろしい表情はこの世のどんな鬼神の睨みをも凌駕した。


「ぉおぉ…」


会場中から、感嘆の声が上がったのがわかる。

「これは勝負あり、ですな」

少佐が呟く。

いや。

僕は違和感を覚えて相手の男を見た。

思わず目を見開いた。

相手の男は、手を血まみれにして、カンナやツチなどを使いながら、まるで我が子のような眼差しを向けながら、時間をじっくりかけて、熟成するみたいに、仁王像の頭の部分を作っていた。

仁王像は男の血でどこも塗れていた。その血で塗れた木の部分が、時折男の木を打つ音に応えるように、ぴくっ、と動く。

なぜだか、痛々しいはずの光景なのに、見入るものがあった。まるで、命が息づいているみたいな。

そんな、何かがあって、目が離せなくなる。

男は怒りでもなく、何も考えていないような顔で木を一定のテンポで、自分が機械かのように打っている。

血が出てることにも気づかないみたいだ。


かん、かん、かん。


静かに落ちるような、音だった。


「まだ掘るんですか?もう勝負ありですよ。」

「いや、」

男が初めて話した。

「人間じゃないみたいなやつよりは、俺の方がよっぽど運慶ですよ」


どういうこと。


「夢の中に入れるような奴ですよ、みなさんわからないんですか。」

ぽつり、と語るでもなく、寝言のように話している。

だけどそれが、耳に残って離れない。

「でもお前さんのよりはこっちの方が、よっぽど運慶の作った仁王像だけどねぇ」

その言葉がメイドから出てきて。

仁王像を打つ音が消えた。

かた、とどこかから音が聞こえる。

「そうでございますか。」

荒く削ったような、息遣いがどこかから聞こえてくる。

「それでは運慶は引退と致します。運慶よりかはそちらの方が良いというものでござりましょう。」

運慶は静かに会場から立ち去った。いや、でも一つ言葉を残していった。

「花実殿はそれは良きお方でございますが、それはあなた以外にはわからぬことです。誰にもね。」


なんの音も聞こえなくなった。

こうして、僕は花実嬢と結婚できる。

でも。

僕はもう一度、仁王像を見比べた。

僕の生えてきたような仁王像は相変わらず青白い、仁王像には似つかわしくない光を放っている。

運慶、の仁王像は……

血に塗れていた。

でも。

先ほどのように動くことなく、頭だけを木から覗かせるように、そこに"いる"。

ふと、女主人の方を見た。

僕を見つめている。

じっ。

まるで何もそこになくなったかのような、そんな目。

ふと、周りの参加者を見る。

相変わらず、退屈そうな人もいた。

でも僕が見つめると。

じっ。

何もそこになくなったかのような。

虚な。

目。


目が覚めた。

そこは部屋だった。

いつもの、はずだった。

だけど。

僕は、何かが壊れたのを感じていた。

何か、何かが。

そこに当たり前にあったはずの、それが。

胸が剣で突かれたみたいに。

ただただ、寝転んで。

僕には遠く見える天井を眺めていた。

花実ちゃんが好きだ。

でも。

その時何かに、はっきり気が付いたんだ。

ほんとの愛じゃない、って。

気づきたくもなかったそれに。

手を触ってみる。

いつものように柔らかい。

だけど。

ありえないくらい、と言うべきなのか。

柔らかくくて、どこかに中身を置いてきたみたいに。


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