終点へ
花実ちゃんは、眠そうな顔で、僕に話しかける。
「親戚のおじさんちに、電車で行けって。」
「…わたし、いかない。」
「…それで、カフェ行こ、駅前の。」
「…それでさ、楽しんでさ…」
「……それで……」
それから、僕の横で。
花実ちゃんは、目を閉じてしまった。
話さなくなったから、部屋は静かに、
もっと暗くなった気がした。
僕は……
僕は…。
ただ、夢の中で、救ってあげたかった。
それだけだった。
だから。
優しい顔で眠る、
お人形さんのような花実ちゃんを見ながら。
ぎゅっ、と手を握って、目を閉じた。
夢を見た。
見知らぬ地下駅の、長い行列に並んでいた。
大勢の人が古びた切符を手に持ち、うつむいたまま一歩ずつ前へ進んでいる。
古い駅の構内は、ところどころ、
壁が歪んだみたいな、跡のようなものがあった。
なんだか、不気味だった。
暗い駅だし、古くて埃がかぶったところとかあるし。
何より、花実ちゃんの気配がない。
ようやく僕の番が来た。
改札口の駅員に切符を差し出した。
なんだか、ぼんやりした顔の駅員だった。
でも、なんとなく、どこに目や耳がついてるのかわかった。
駅員が僕の顔をじっと見つめたのがわかった。
どうしたんだろ、と考えてるうちに。
パチンと心地よい音が立った。
切符には大きな穴が開いていた。
「次の電車が、あなたの終着駅へ向かいます」
変な、遠くからぼうぼうと響くような声の、アナウンス。それがおかしくて、ちょっとくすって、笑った。
ホームへ降りようとしたけど、おかしい。
階段の先は深い闇で、何も見えない。
これでは降りられない。
「もし」
声に振り返ると。
さっきの駅員がすぐ後ろに立っていた。
「わっ!」
「おっと、びっくりされては困りますよ」
駅員は私の手から切符をばっと奪い取った。
そして。
びりっ。
破り捨てた。
「失礼、間違えました。あなたの乗るべき電車は、もう百年前に出てしまいましたよ」
え、どういうこと。
ぼんやり、あまり回らない頭で考える。
じっと駅員の顔を見つめた。
すると、駅員の顔が、だんだんはっきりしてきた。
駅員の顔が、みるみるうちに僕の顔に変わっていく。
にやにやした、薄気味悪い顔。
「電車に乗って、花実さんに会えませんねぇ。」
なんだか、ねちゃってした、心地悪い声。
それがやたらと耳につく。
「わぁっ!!」
冷や汗を流しながら飛び起きた。
そこも夢だった。
なんだろ?
夢が二つも続くの?
そんなことあるんだ。
そういえば、最近そんなことが増えてる気がするな。
夢の中で、僕は亡霊だった。
白装束に、三角の天冠をつけた、お決まりの姿。
お墓に住んでいて、夜な夜な通行人を驚かす。
そこは柳の木が垂れ下がってる、恰好のスポットだった。夜は暗く、見通しも悪い。
さらに、横に墓地があるとなると、出そうな感じだ。
だから、僕は余計脅かしたくなる。
「う〜ら〜め〜し〜や〜」
「ひぇ!!」
通行人はまげを結ってて、
僕が出ると浴衣のような着物のすそを大きくゆらしながら、すぐに逃げていった。
たまに、刀を持った侍が、僕に斬りつけてきたりするけど、そういう時は、やられたフリをしてやる。
すると退治されたと勘違いした人が意気揚々と通って、また僕に脅かされて逃げる様子が拝める。
それは地味に面白かった。
なぜって、大柄の男の人を驚かせるのは、ここだけだったから。だから僕はちょっと調子に乗った。
ある時も、同じように驚かしていた。
「ばぁあ〜!!」
「きゃーっ!!」
ずるっ、
ごっ!
嫌な音だった。
石を落としたみたいな。
固いもの同士がぶつかったみたいな。
さっきまで面白かった気持ちが、すうっ、と消えた。
女性だった。
高い、可愛らしい声。
転んだ?
どこか打った?
暗くてよく見えない。
僕は、また驚かせようかな、とか、助けようかな、とか考えながら、近づいた。
でも。
顔を見た。
止まった。
それは、花実ちゃん。
「……花実ちゃん?」
なんで。
どうして。
なんでここにいるの。
動けなかった。
ほんの少し。
ほんの少しだけだったと思う。
でも、その少しが、すごく長かった。
柳が、ざわ……ざわ……って揺れてた。
風が吹いた。
お墓の間を通っていく。
寒かった。
急に。
「……花実ちゃん?」
返事がない。
しゃがみこむ。
肩に触る。
ゆさぶる。
「花実ちゃん」
もう一回。
「花実ちゃん」
返事がない。
笑って、
「なにそれ〜」って言いそうなのに。
言わない。
動かない。
「……起きてよ」
声が変になった。
喉がうまく動かなかった。
「ごめん」
何で謝ってるのか、自分でもわからなかった。
後ろを誰かが通った。
草履の音。
かつ、かつ。
誰かが通り過ぎていく。
でも、そんなのどうでもよかった。
「花実ちゃん!」
今度は大きな声。
肩を掴む。
揺らす。
揺らして。
揺らして。
でも。
起きない。
静かだった。
さっきまで人を驚かせて面白かった場所なのに。
急に。
急に。
ものすごく怖くなった。
はっ!
自分の息で、起きた。
ばっ、と音がするくらいに、横を向く。
花実ちゃんは起きてた。
少し心配そうに見ている。
「大丈夫?」
「…」
「すごくうなされてたけど」
あの柳。
暗い道。
起きない花実ちゃん。
僕は胸がキュッとなった気がして。
とにかく、ほっとして。
花実ちゃんに抱きつきたくなって。
近づいた。
そしたら。
花実ちゃんは、ほっぺに近づいて。
ふっ、って、
唇が触れた。
優しすぎて。
ただただ、やわらかかった。
ぴくっ、と耳が動いた。
驚いて、驚いて。
ただ、それだけで。
思わず、起き上がった。
「花実ちゃんと…」
ぽつり、と出ていた。
「キス、だね。」
いたずらっぽく、ふふ、と笑うと、
花実ちゃんは、どこの女の子よりも可愛く見えた。
僕は、思わず触れられたほっぺを押さえた。
なんでだろ。
いつもより、
やわらかくて、優しくなってた。
「僕…」
それからが浮かんでこなかった。
「ぼくっ…」
泣きそうになってきて、思わず花実ちゃんに抱きついた。花実ちゃんのほっぺに、僕のほっぺを当てた。
陽だまりに咲く花みたいに、
とても温かくて、優しい…いや、
何よりも幸せなもの。
バラのシャンプーの香りがした。
甘くて、静かな香り。
それが、飴色の髪から、ほのかに香っていた。
僕はもう、多少の犠牲はかまわないと思っていた。




