死神
花実ちゃんは、さっきから、何やら手紙を書いているようだった。
「クサナギくんはいいんだよね?」
「うん。」
「なら、何書いてるの?」
「ないしょ」
ちょっと気になった。
見た方がいい気もした。
その紙は、ちら、と見えるところからだと、
白くて、あまり可愛かったり飾りがついてたりしない。
へんなの。
なんか、そう思える。
花実ちゃんの顔を見る。
真剣だった。
まるで、何かに追われてるみたいな感じもした。
でも、なんだか。
どこか、ほっとしてるみたいな。
変な顔だった。
真顔みたいだったけど、
僕にはそうは見えなかった。
でも、最後まで、花実ちゃんは僕にその手紙が何だったのか、見せてくれなかった。
かなかなかな…
どこかでひぐらしが鳴いていた。
夏が終わるよ、っていうみたいな、寂しげな声。
どこか、待ってるみたいな、そんな声。
その夜、僕はお風呂の近くで待っていた。
まさか、花実ちゃんのお風呂姿なんて見られない。
だから、カーテン越しに、シャワーの音を聞いていた。
ざー……
ざー……
お湯の音は、なんだか夏の雨みたいだった。
静かな部屋に、それだけが響いている。
僕は、壁にもたれながら、ぼんやり天井を見た。
ふと、思う。
一緒に入れたらいいのにな。
小さい頃は、もっと一緒にいた気がする。
ずっと。
朝も、昼も、夜も。
だから今みたいに、扉一枚向こうにいるだけなのに、少し遠く感じた。
変なの。
すぐそこにいるのに。
「……」
なんだか落ち着かなくなって、足をぱたぱた動かした。
今日も、一緒に寝られる。
そう思ったら。
胸の奥が、ぽわ、とあたたかくなった。
なんだろう。
クーラーは効いてるのに。
少しだけ、あったかかった。
その日は僕も、早くに寝てしまった。
夢の中。
真夜中の庭だった。
暗い庭だった。
でも、芝生は黄緑色に輝いていて、夜なのに少し明るかった。
幻想的な、美しい芝生の庭だった。
一人のおじいちゃんが黙々と地面に穴を掘っている。
「いっしょ」、「ぷるぷる」、といったラベルが付けられた、黒い鉄の箱が、おじいちゃんの手によって埋められている。
それは墨が昼間に誰にも言えず、胸の内に飲み込んだはずの「恨み言」や「弱音」のようなものだと、なんとなくわかった。
「そんなものを埋めてどうするの?」
僕は声をかけた。
おじいちゃんはくわを止め、深く刻まれた顔のしわを揺らして言った。
「言葉はね、吐き出さないと胸の中で腐る。だが、こうして土に還せば、春には美しい花が咲くのさ」
なんだか、変な感じがした。
たしかにそうかもしれない。
でも。
僕が?
恨み言や弱音をため込んでいるのかな。
変だな。
そんな覚えないのに。
でも。
なんとなく、そんな気もする。
なんでだっけ。
ため込んでる、というより。
僕は、何か忘れてるのかも。
そう思うと、お腹の中にぽっかりと空いたみたいな、変な感触がした。
寂しいような。
変な感じが抜けなくて、
僕は考えるのをやめた。
庭には、鏡が置かれている。
鏡は、黄金の装飾が施してあって、
それが綺麗だからのぞいた。
そこには花実ちゃん。
いや、隣に誰かいる。
それは…僕だ。
僕が、花実ちゃんと手をつないで、立ってる。
「一緒に死んじゃお」
え?
「死んじゃおうよ」
僕は、鏡の中の僕の言葉に、身動きが取れなくなった。
僕が、そんなことを?
いや。
きっと。
でも、なんか嫌な気がした。
いつの間にか、老人はいなくなって、くわがそこに置かれているだけだった。
「お前は僕じゃない!」
そう叫んだ。
くわを手に取って、僕が映ってる鏡の部分に、思いっきり振り下ろす。
ぴしっ。
ガラスみたいに、ひびがはいった。
それから、鏡は音もなく、砕け落ちた。
ぱらぱらと、鏡の破片が落ちてくる。
「僕が花実ちゃんの救い主なんだよ」
横から声が聞こえ、振り返った。
ぽろ。
庭の芝生に、破片が落ちた。
そこに、僕。
僕が、話していた。
「僕は、死神なんだよ。だから、救い主になれるんだ。お前じゃ無理だ。」
「お前は死神…!?」
「そうだ。僕は花実ちゃんを連れて行く。」
恐ろしい響きだった。
僕は冷や汗がした気がした。
少なくとも、背中をゾッ…と寒気が襲った。
「させない!絶対!!」
そこで、意識が途絶えた。
翌朝。
僕は庭で起きた。
庭には、破片は転がってなかった。
…あれは。
死神だと言っていた。
あれが。
…あれが、花実ちゃんを、狙ってる?
がばっ、と起き上がる。
後ろを見ると、そこには見たこともない漆黒の薔薇が、一面に、満開に咲き誇っていた。
きれいだった。
なんとなく、近寄って匂いを嗅ごうとした。
すると、花びらが一斉に、ささやいた。
「助けて」
僕の声だ。
どうして。
途端に、恐ろしくなった。
思わず、その場にへたり込んでしまった。
目が覚めたら、そこは部屋だった。
夢だったんだ。
そう思うと、少しほっ、とした。
いや。
あれは、死神は、夢じゃない。
あれは、僕の形だった。
あれは。
なんだ…?
その時。
何か、僕は違和感を覚えた。
なんだろう。
僕の形の死神は。
そんなに遠くにはいないような気がした。
それに、なんだか。
死神は、僕と近いような。
そんな、嫌な感じがした。
僕の形だったからかな。
…あれ。
この部屋。
なんか、ちがう。
横を見ると、花実ちゃんが寝てる。
なんだろう、花実ちゃん、変だな。
花実ちゃんの腕を触ってみた。
ぐにゃ、ぐにゃ。
やわらかい。
やわらかすぎる。
その時。
ぐっ。
花実ちゃんは、ぐにゃ、とした腕で、僕をつかんだ。
それで。
柔らかすぎたのか。
意識がなくなった。
夢の中で。
僕は神様だった。
自分の姿はあまりよくわからなかった。
でも。
みんなが、ボロ布を着た人たちが、群がってる。
僕はその少し上から、困ったような顔でみんなを見てる。
「おお、主よ。我らが畑をお救いください」
僕が遠くにある、枯れた畑に手を伸ばす。
すると、畑から若葉がにょきにょき、
次から次へと生えてきて、
結局豊かなキャベツ畑になった。
みんながわあわあ、やかましく騒ぐ。
「主よ、我らが子供らをお救いください」
渡されたのは、死んだ子供。
かわいそうに、痩せこけていた。
おそらく病気だろう。
手をかざすと、みるみるうちに痩せてたのが戻って、
健康体の子供が目を覚ました。
みんなはわあわあ騒ぐ。
母親は泣き笑いしながら、お辞儀を僕に何度もした。
わるくないな。
そう考えた。
「主よ!!」
荒々しい声がした。
なんだろうと思ってその声の方を見渡すと、人々が十字架の周りに群がっていた。
その十字架にくくりつけられてるのは…
…花実ちゃん!?
花実ちゃんはレースのドレスを着ていた。
前の夢見たいな桃色じゃなくて、黒色。
ところどころ擦り切れた、暗い喪服みたいなドレス。
でも、フリルがたくさんついたドレスは可愛くて、
風でさわさわゆれる様子が美しかった。
花実ちゃんは、いつもの茶色の、
でも今は曇り空を映して暗い色の、
髪の毛を一つにまとめて、
風にゆらしていた。
苦しそうな寝顔のような、
そんな顔をしてうなされているみたいだった。
「この魔女を地獄へ落としてください!」
民衆はわぁわぁ、大騒ぎした。
カラスみたいにうるさい。
僕は黙って、そちらに手をかざす。
すると、十字架にくくりつけられてるはずだった花実ちゃんは、ふわ、と空に浮いて、どこかに行った。
光が一瞬、きらりと光る。
「…え、今、本当に地獄に落ちたのですか?」
本当のことを隠すまでもない、
そう考えた。
「彼女は魔女ではない」
民衆はざわざわ、ゆれる森のように騒いだ。
「だから彼女は天国に行った」
静かになる。
何も、起こらない。
怒声すら、上がらない。
「…あれは神ではない」
誰か、呟く。
「あれは神ではない!!」
そうだ、と誰かがつぶやいた。
それに反応するみたいに、そうだ、そうだ、とみんなが、ざわざわ騒ぐ。水に石が落とされて、波ができたみたいだった。
「おお主よ!?」「じゃあこれはなんだ!」「悪魔だ!!」「悪魔が魔女を救った!!」
「え、どういうこと?ちょっと待って…」
「悪魔だ!」「そうよ悪魔よ!」「引きずり下ろせ!」
さっきまで泣き笑いしていた女性は、大声でわあわあ騒いでいた。畑の持ち主は、わあわあ騒ぎながらくわを持って、僕を引きずり下ろそうと上に投げた。
当たることもなく、ただくわがカラン、と落ちた。
そこで僕は目が覚めた。
朝だった。
そして今度こそ。
ここは僕たちの部屋だった。
でも。
僕は、悪魔、と呼ばれたことが頭から離れなかった。
もしかして。
違うのか?
僕が。
まさか。
僕じゃない。
僕は、花実ちゃんを見る。
可愛い寝顔だった。
優しかった、あの顔で。
愛しくて、
それが、どこか切なくて。
悲しくも思えた。




