どこかで誰かが
「私の弟、いないの。」
花実ちゃんは、ぽつりとつぶやいたことがある。
「……弟。前にも言ってたでしょ?」
とても静かで、どこか暗い顔。
なんだか、なぐさめたくなった。
でも、なんて言えば良いのかわからなかった。
「双子だったの」
「赤ちゃんの時に、亡くなって。」
「それっきり。」
それから、静かになった。
それが、最後。
僕は、それから弟の話は聞かなかった。
でも、なんだろう。
どこか、
それは僕にも関係ある気がした。
なんとなく、
ほんの少し考えただけだけど。
僕は、血がつながっていない。
初めて家に来た時のことは、あまり覚えていない。
その時は、生まれたてだったから。
でも。
少しだけ、思い出せる。
泣き出す誰かの、寂しそうで、悲しそうな、声。
誰かが、困ったように、優しく、ささやく声。
それが、花実ちゃんと僕が最初に聞いた声だった。
なんで覚えられたのか、知らない。
わからないけど、
わかる気はした。
とても悲しそうな声だったから。
僕の生みの親の、顔がわからない。
わからないけど、優しい人だったんだろう。
だからかな。
僕は、優しい人が好きだ。
例えば、花実ちゃん。
いや、お父さんお母さんも優しい。
お父さんは、たまに遊んでくれる。
お母さんは、僕に撫でてくれたこともある。
でも。
なぜか、僕には距離があるみたいに思えた。
なんでかは知らない。
小さい時から、少しだけ。
お父さんお母さんは、寂しそうな顔で僕を見てた。
僕、もしかして。
弟と仲良くできるかな、って、
連れてこられたのかな。
なんでだろ。
なんで、僕だったんだろ。
でも、なんとなく。
胸の奥が、変な感じだった。
からっぽ、みたいな。
でも、からっぽじゃない。
何かが、あったはずなのに、
そこだけ、まるく切り抜かれてるみたいな。
ふ、と。
知らない景色が浮かんだ。
白い天井。
明るすぎる光。
誰かの声。
遠くで、赤ちゃんの泣き声。
一人じゃない。
……もう一つ。
もう一つ、泣き声があった気がした。
でも。
思い出そうとすると、
水の中に手を入れたみたいに、
する、と消えてしまう。
変だな。
僕、一人だったはずなのに。
なんだろう。
時々。
誰かが隣にいる気がする。
振り向くと、誰もいない。
でも、いるはずだった気がする。
そんな感じ。
そして、なぜか。
その"誰か"を思い出しそうになると、
胸の奥が少しだけ痛くなった。
寂しい、とも違う。
会いたい、とも違う。
でも。
大事なものを忘れてるみたいだった。
その時だった。
下の階から。
「リーリー!花実ー!おやつよー!」
お母さんの声。
僕は、はっとした。
……なんだ。
今の。
考えようとしたのに。
もう、思い出せなかった。




