部屋の隙間
花実ちゃんはトイレに行ってるみたいで、僕はリビングの椅子に座ってた。
リビングの机には、やりかけの宿題。
「宿題大丈夫かなー、まだ終わってないし。」
お母さんの声だけが、ぽつんと響く。
「…無理はしないでほしいけど」
どこか暗いような、そんな声。
僕は花実ちゃんに勉強教えてもらうのが、好き。
だから早く戻ってこないかなぁ。
なんだか、うずうずするような、そんな感じがしていた。
「リーリ、」
声が横から聞こえて、振り向いた。
お母さんは、どこか暗い。
遠くを見てるみたいな、そんな感じだ。
花実ちゃんのするような顔に似てる。
「…花実ちゃんを守ってくれてるの?」
僕は一瞬、どう返せばいいかわからなくなる。
口から言葉がやっとのことで出る。
「…まぁ。」
「…だよね」
なぜか諦めたような、暗い顔で。
お母さんは、ふと花実ちゃんの宿題のノートに目を移す。
なぜだろう。
お母さんの顔を見てると、苦しくなってくる。
どうしようもなく。
胸がちくちくするように。
「リーリ!因数分解の説明まだ終わってなかったよねー」
「…そうだよ、いつもありがとう」
「教えてると身につくんだよー」
花実ちゃんは、横から顔を急に近づけた。
息が少しかかるくらいに。
甘いような息に、思わず顔が熱くなる。
「……また今度。」
…なにが?
あたたかい息の余韻が恋しくて、もう一回聞きそうになる。でもそれは、やらなくていい気がした。
花実ちゃん、横に座った。
僕の方をじっと見る。
ノートを開いて説明しようとしてくれる。
だけど、少し花実ちゃんはうつむいて黙る。
「…この問題なんだけどね、」
どこか、遠くから聞こえるような、高い声。
まるで歌でも聞くみたいに、僕は目を細めて、耳を傾ける。
どこかにある、学校。
そこにいつか、花実ちゃんと。
それは遠いようで、すぐ近くにあった。
息がかかるように、あたたかいもの。




