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はなみの夢  作者: 彼岸
11/40

草薙剣

夜。

その日も寝苦しい日だった。

花実ちゃんは、あれから話してくれなくなった。

怒ってる、とも違う。

ただ、ぼうっと。

どこか、見てるみたいな感じだった。

宿題はあるらしいけど、それもやりかけのまま。

開きっぱなしのノートが、机の上にまだ残ってていた。


なんでかは、わかる気がした。

でも。

なんだか、どこか遠かった。

花実ちゃんは、どこにもいないみたいだった。


「…クサナギくん…」


まただ。さっきから、呟いてる。

でも、変な気もする。

夢の中のクサナギくんは、なんだか変な感じがする。

クサナギくん自体、ここにいないのに。

突然。

花実ちゃんの頭の中から、音が聞こえた。

椅子に僕は座ってて、離れてたのに。


なんだか、クラッシックみたいだった。

たぶん、ワルツ?

いち、にー、さん、いち、にー、さん、

って感じがする。

でも、暗い。

なんだか、影がある感じの、曲。


変だな。

これ、夢の中に入った方がいいのかな。


僕は決めた。

椅子から降りた。

床はひんやりしてた。

ちょっと足が、ふにっと柔らかい。

花実ちゃんの頭に手を乗せる。

するとすぐに、ぐわん、という感じ。

僕は…。


そこは大広間。

薄い、砂糖を焦がして作るような飴みたいな、

茶色の半透明の床。

周りは一面、ガラスに覆われてる。

ガラスの向こうでは、大勢の人がいた。

ふわふわした、レースやリボンがたくさんついたドレスの、女の人たち。

まるでふんわりした、雲みたいに、しなり、しなり、と動かしてる。

女の人たちは、ふわふわした白い、こんもりした髪だった。船みたいな飾りをつけたり、目立った飾りがきらきらしてた。まるで雲の中から、船やその他わくわくするようなものが、童話の中みたいに、飛び出してきたみたいで、楽しかった。

首飾りも、きらきら輝いてて、それらが眩しい光を時折放っていた。一人、すごく大きくてきらきらした飾りの人がいて、その人は一番きらきらしてた。時折姿がわからなくなるくらい。

とても目立つ女の人たちだったから、僕は絵本の中から取り出してきたのかと思った。何より、身につけているものが、可愛かった。

黒くてびしっと締まった、えんび服の男の人たち。

髪型は白い、羊の髪の毛みたいな、もくもくしたもの。女の人も男の人も、触りたくなるような髪型だった。

女の人は扇子みたいな、ふわふわした扇を持って、口元に当てたりしていた。男の人は、ワイングラスを少し回したりして、優雅に女の人と話していたりしていた。

でも、その大広間では、違う。

花実ちゃんが、マネキンみたいな、顔がのっぺりしたものと踊っていた。

花実ちゃんは髪型はそのままだったけど、首に大きな飾りをつけていた。赤いリボンが、まるで猫の首飾りみたいに、華やかに、でも似合って、ゆれていた。

服は、ふわふわのフリルまみれのドレス。桃色で、白いフリルがよく似合う。ふんわりと膨らんだスカートの部分が、おしゃれな傘みたいに、ふわ、ふわ、と浮くように動いている。

顔は、何も。

何も、考えてないみたいだった。


どうしたんだろう。


マネキンは、やっぱりえんび服。でも、髪はない。布製のマネキンだからか、布が広間のぼんやり黄色の光に照らされて、白いはずのマネキンは、黄色っぽくテカッと光る。

花実ちゃんは優雅にエスコートされてたから、僕はもしかしたら、良いのかもと一瞬考えた。


でも。

よく見ると、花実ちゃんは踊れていなかった。

でも。

よく見ると、花実ちゃんは踊れていなかった。

ただ、歩いてる…いや、早歩きしてるだけ。

右、左。

右、左。

かた。

かた。

靴の音だけが、大広間に響いている。

そもそも、あのドレスは長くて、足が見えない。

踊りづらいはずだった。

周りの人たちは、くるり、くるり、と回ってる。

笑ってる。

目を合わせてる。

なのに。

花実ちゃんだけ。

何をしたらいいのかわからない子みたいだった。

何かの遊びで、ルールだけ知らないまま混ざってしまった子みたいで。

なんだか。

見てるだけで、胸が苦しくなった。


それに、マネキンは踊れていたけど、全く花実ちゃんに話しかけるとか、優しくするとか、そんな様子がなかった。


ふと、気がついた。

童話の中みたいな女の人たち。

雲みたいな、ふわふわした扇子を口に当ててる人たち。

こちらを見ていた。

男の人も、ちら、とこちらを見ていた。

ワイングラスをくる、くる、と回しながら。

いや。

花実ちゃんを見ていた。

笑っていた。

花実ちゃんは、踊れていない。

それを見て、笑っている。

何でもないみたいに。

穏やかに。


「…花実ちゃん!!」


気がついたら、叫んでいた。

途端に、花実ちゃんは振り向く。


「…クサナギくん。」


わかった。クサナギくんと、花実ちゃんが踊ってるんだ。あのマネキンは、クサナギくんだ。


突然、ガラス張りの壁だった、

女の人や男の人が、消えた。

いや、見えなくなったんだ。

ガラスは、鏡に変わっていた。

いや、男の人や女の人が、見てるかもしれない。

わからなかった。

でも。

それを見た僕は、びっくりした。

動けなくなった。

ゾ、と肩を何かが走った。

マネキンは、鏡に映ってなかった。

えんび服も。

テカッと光る、頭のあたりも。

何も。

いないみたいに。

そうだ。

これ、クサナギくんじゃない。

その瞬間、僕の前に、ぼおっ、という熱が出てきた。

炎が天井高くまで、伸び上がって、僕に襲いかかってきていた。赤くて、濃い色をしていた。


「花実ちゃん!!だめだ!!」


僕はばっ、と手を動かしていた。

その瞬間、手に剣があった。

緑色みたいな、青銅のような剣。

炎に照らされて、ぴかり、と優しく輝く。

それは、ぶぉん、と音を立てた。

炎がばぁっ、と音を立てて崩れた。

そして、目の前から消えてしまった。

消えるか消えないかで、僕は駆け出していた。

花実ちゃんは、うずくまっていた。

パジャマ姿で。

飾らない姿で。

「花実ちゃん!」

近づくと、花実ちゃんのすすり泣きが聞こえた。

かすかな、消えそうな。

でも、そこにある、声だった。

「花実ちゃん。」

僕は、剣を横に置いて、思わず上から抱きしめた。

ぱふ、と柔らかい音。

花実ちゃんは、泣くのをやめた。

静かに、抱きしめられたまま。

僕は、口がうまく動かなかった。

ただ、もごもごと、乾いた口の中で言葉を探していた。

「…花実ちゃんが好きだ。」

言った瞬間。

なんで言ったのか、自分でもわからなかった。

でも。

言わないと。

どこかへ行ってしまう気がした。

夢の奥へ。

暗いところへ。

手の届かないところへ。

だから。

「だから、いなくならないで。」

言ってから気づいた。

僕、本当は。

ずっとそれが怖かったんだ。

夢の外で、それが言えなくて。

それが、やっと。

ここで言えた。


「リーリ。」

ふと、胸の辺りで声がした。

優しくて、柔らかい声。

お腹の横。

柔らかくて、優しいものが、触れていた。

人形に触られたみたい、っていうよりも、良かった。

それは背中へと、伝わっていった。

その時初めて、ぷるるる、と震えた気がした。

胸の中か、お腹の中が。

まるでぺこ、とへこむのに、反応したみたいに。

その温もりが優しすぎて、びっくりしたみたいに。

僕は思わず、花実ちゃんの髪の辺りに顔をうずめた。

なんとなく、うずめたくなった。

髪が、草原で寝っ転がるよりも、優しく包んでくれた。

飴色のそれから、甘い匂いがした。


目が覚めると、僕は頭のあたり、

いや、髪の辺りに顔をうずめていた。

もう少しそうしていたかったけど、

怒られそうだったから体を起こした。

花実ちゃんは、笑っていた。

寝ていたままだったけど、なぜか、嬉しそうに。

夢の中で見た顔とは違っていた。

消えそうじゃなくて。

ちゃんと、ここにいた。

それを見て、もっと優しい気持ちになった。


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