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第7話:傭兵稼業

「ヨォ!久しぶりぃ!」


「早いな。最近のガキにしちゃマジメだ。」


「うっす!よろしくお願いします!ジャスタスさん!ディートマーさん!」


仕事を始めた最初の週の6日目、週一傭兵体験の最初の日だった。

まだ日も差し込まぬ早朝の広場の噴水前、3人の男たちは会した。石灰岩をつかった白く目立つ噴水は広場のシンボルであり、街の誇りである。3人がここを集合場所に選んだのは、ひとえに今日の仕事場に近いからだった。


「それにしても、こんな早くからもう馬車が出てるんですね。」


「あぁ、ここは街の経済のど真ん中だからな。もちろん港の次にって具合だが、少なくとも他の村や街からの物品や人はここに流れる。だから門が開いてすぐでも人で溢れるのさ。漁師の次に朝の早い連中だ。」


「もっとも俺たちは馬車なんか乗れないけどな。たしか馬に乗れないんだろ?不士」


「乗れない。てか乗ったことないですよ。二人は乗れるんですか?」


「乗れるどころか…まぁそれはまた今度教えてやるよ。」


3人は談笑しながらとある通りに入る。道幅はそこそこで割れも目立つが石畳の歩道があるため、まだ主要な通りなのだとわかる。道の両端には仰々しい大きな煙突を構える工房が立ち並び、ここがドルゴジェヴの職人たち、特に鍛冶屋の親方たちのブロードウェイであることは一目瞭然だった。


「ウェトラスカ通り、ここで不士の武器を買おうと思う。」


ジャスタスは目の前の店を指差し、その工房の壁にもたれる男がこちらに気づいた。

背丈は170cmほど、不士とほとんど変わらない。すると男は無言でこちらに近づいてきて、その険しいような怒っているような顔で静かに言った。


「久しいなジャスタス。修理かい?」


「いや、新客の紹介だよ。俺のはまた今度みてくれ」


近づいてきた男はジャスタスと握手を交わし、新客と聞いてこちらを見てきた。


「ディートマー、ってことは横のがそうかい?武器は持ってないようだが。」


「あぁ、それを見繕ってもらおうと思ってな。」


「なるほど。よろしくな小僧。」


「不士です。よろしくお願いします。」


そうして男は不士と握手を交わす。男の手は厚く、また堅かった。それは何度も固く物を握ってきた職人の手であり、その質感の違いに不士が少し反応したのに気づき、男は少し喜んだ。


「フジか、俺はユゼフ、この街で代々鍛治をしている。いいもんを作ってやろう。」


とは言ったものの、ユゼフはフジがどれくらいの使い手か、どういう武器が使えるのかと言ったことは何一つ知らなかった。そして知らなかったなりに彼が知ろうとして気づいたのは、柔らかく経験の少ない手のひらにも関わらず、確かに伝わる握力だった。小僧と言ったが、その握力は自分よりは幾分弱いものの、ただの子供というにはあまりに力強かった。


「ユゼフさん。よろしくお願いします。俺はストゥウって店で働きながら、今は傭兵の体験にジャスタスさんとディートマーさんに連れてきてもらいました。」


「あぁ、それも含めてフジの武器は多分決まったぜ。」


「本当かユゼフ!やっぱりこの子には何かあるよな!」


ジャスタスの興味は武器よりも不士の方により大きく引き寄せられているらしいが、それに対してユゼフの抱くものとジャスタスのそれとは大きな温度差があった。ユゼフは握った不士の手のひらを開かせ、改めて見る。その具合は不思議そうに見るというより、興味深く観察する行為に近かった。


「強いな、お前ならば良い戦士になるんじゃないか?」


「戦士…ですか。」


「まだそれは意識しちゃいないってとこかな。まぁいい、なんにせよお前に剣を打ってやる。代わりと言やあ何だが、これからも鍛治で用があれば俺のところに来い。いつでも受けてやる。」


「ぜひ伺います。ユゼフさん。」


あまりに初対面の二人がいちゃついていることにジャスタスが痺れを切らすのはそのすぐ後だった。



良い鋼を叩く音は、銅鐘を撞くように長く、また硝子の鳴りあうように歌う。ユゼフの響かす刃の成形の音は、そのように聞こえた。単なる鉄の塊であったそれは見事に薄く伸ばされ、物を切る形へと変わっていく。しかし柄は見たところかなり大雑把で、無骨な代物であった。リベット留めされた短いグリップには皮がキツく巻かれ、柄頭は意匠のほとんどない円形の物がつけられる。

完成したそれは、黒い鞘に収められ、不士の手に渡された。

重く、大きい。だが、抜き放った刃は薄く輝いている。


「ファルシオンか」


「そうだ。剣を握ったことはなさそうだが、握り力は常人のそれより遥かに強いからな。こういう力で振るえる武器がいい。それに安いからな。」


「安いのはいいことだな。不士は大した手持ちがないだろうし」


「あほぅ、お前が払うんだよ。」


「なにぃ!?お前さては謀ったな?前の飲みだって返されてねーぞ!」


「謀ったもなにも、紹介料もやってねぇからな。この前の飲みの奢りも、これにつけといてチャラってことにしてくれ。」


「上手いなお前も。商人でも食っていけるんじゃないか?」


「ジャスタスだからやってんの」


「そういうとこだよ上手いのは」


不士は先にありがとうと伝え、ディートマーと工房の裏庭に来ていた。不士のファルシオンは刃の幅は先の方まで均一で、単純な十字の鍔に焦茶の皮巻きの柄、銀色に輝く鉄の柄頭、一般的なファルシオンの一つであった。ただし、不士にとってそれは、母国日本の伝統武器を想起させるのに十分な片刃の相棒だった。

抜き放ち、横薙ぎにする。柄頭に手を添え、振り下ろす。空を切る刃の音が甲高い鳴き声を放ち、扱えばすぐ馴染み始めた手には、重心が、切り方が、自然とその理想的な形を教えてくれる。


「どうだ不士、ソイツの具合は。」


「いいですね。俺の力にちょうど良いくらいです。」


「奴は職人だからな。特に人当たりも良くて腕も立つ。出来栄えなら探せば他にも良い職人はいるだろうがな。ユゼフを選ぶ理由はソレだ。」


「ユゼフさん。めちゃくちゃゴツゴツしてました。」


「握手の話か?」


「ええ、すげぇ力だった。握りつぶされるんじゃないかってくらい。」


「これから頼ることも多いだろう。贔屓にしとけ、後悔はしないぞ。」


「そうします。もちろん、ディートマーさんたちのこともね。」


ディートマーはニヤリと笑った。その顔は迫力のあるスキンヘッドたが、笑顔は全ての父親のように緩む。伸ばされたディートマーの手はワシワシと不士のオールバックをかき乱した。


「小僧っ子が、生意気いいやがる。どれ、使い方を教えてやる。」


「おわっ、あ、ありがとうございます!」


ジャスタスが戻ってくるまで、ディートマーの指導は続いた。合流した3人をユゼフが見送り、彼らが城門まで辿り着いた頃、不士がディートマーに尋ねた。


「そういえば、見習いって今日は具体的に何やるんですか?」


ジャスタスとディートマーは互いに顔を見合わせ、アイコンタクトだけで何かを決めたようだった。するとジャスタスがカミルの家がある山のは反対の、北側の山を指差した。


「あそこの山まで行く、俺らの今日の仕事はモンスター討伐だ。田舎の出なら見たことはあるんじゃねーか?エアレーなんかの凶暴な動物さ。」


「エアレー?」


「フジお前、結構箱入りだったのか?」


「まぁ箱入りっちゃ箱入りかも。あんまこの辺のことはよく知らないんだ」


「なるほどな、エアレーってのは牛くらいでけー牙の生えたヤギだ。この辺一帯の危険動物といえばそれだ。平地はこの辺だけだから、野や畑に紛れて農民を襲う。だから俺たち傭兵が討伐して肉を売り、市政からは報奨金をいただくというわけさ。」


3人は門を潜る。不士にとっては早朝も、近頃毎日通っている場所だ。門番の衛兵にも顔を知られていて、気さくなヒゲの衛兵は今日はどこに行くのかと尋ねてくる。傭兵の彼らも街の有名人であるのか、衛兵たちはジャスタスさん、ディートマーさんと声をかけるが、不士と共に歩くのを見て物珍しそうにこちらを眺める。3人はこれから仕事に行くのだと言って、尚も面白そうに眺める衛兵を通り過ぎた。

陽光が、門を潜った先から降り注ぐ。春だと言うのに夏のような若々しさを見せる草木と、冬の寒さを残す厳しい風とが入り乱れ、野原が踊って畑は肥ゆる。麦の若々しい新芽が伸び始め、門の外の農家たちがあれやこれやと仕事をしている。

カチャカチャと音を鳴らしながら3人は土の街道を進んでいく、横を通り過ぎた商人の馬車を避け、とても異世界とは思えないほどの溢れる田舎の景色が、不士の目に焼きつく。いつのまにか振り返れば、街の門ははるか後方に置き去りとなっていた。


「…ジャスタス」


「なんだ?フジ。」


「世界って、こんな美しいんだな。」


「そりゃそうだ、みんなで作ってる。それは、これを作るための人の血と汗が、美しいからだな。」


「ジャスタスにしちゃあいいこと言うじゃねえか」


「おいおいディートマー、そいつは酷いことを聞いたな。俺はいつでもロマンチストだよ。」


「けど俺もそう思うぜ。良いことに気づいたな、フジ。」


遠く先、4町は離れた先の畑の農民が、何かに気づいて一目散に逃げていく。それは談笑に耽っていた3人にも気づくことができた。何もなかったはずの野原に土ぼこりが立ち上り、草は風に逆らって揺れている。不士が唾をゴクリと飲み、見やる先にはついにその猛獣が姿を表した。


「エアレーだ!農民を守るぞ!」


「フジ!お前はあの農民を助けに行け、俺たちがヤツとやり合う!」


「わかった、気をつけて」


「「おう」」


こうして駆け出した3人であったが、もっとも凄まじい速度で飛び出したのはジャスタスであった。不士は自分の足には自信があったのだが、武器や荷物のせいで、とても最速では走れない。じれったい、邪魔くさい、そう思いながらも不士の足はスプリントを上げる。ジャスタスはそれを遥かに上回る速度を、鎧と槍とで嵩張る中にあっても発揮し続ける。転がる石や土ぼこりよりもその足は早い。

不士がなんとか農民の元に辿り着いたのを見て、ジャスタスは大きく踏み込む。その握りしめた槍を絞れるほどに強く握り、振り抜いた腕から解き放たれた一撃は、凄まじい加速を得て飛んでいく。つまり槍は投げられた。

まるで弾丸のように回転を加えながら飛んでいく槍は猛烈な速度でエアレーの首付近に突き刺さった。


エアレーもこれに気づかないほど愚鈍ではない。血飛沫が飛び散り、苦しむ猛獣は尚も劣らぬ戦意を槍の持ち主に向ける。向かい合ったジャスタスとエアレーは睨み合う。ジャスタスの腰に下げた剣は抜き放たれ、ハーフソードの構えを取る。冷たい刃の鋒は虎視眈々とその弱点に狙いを定めた。

太陽と風が二人の勝負を祝福した。

互いに雄叫びをあげて先に飛び出したエアレーのツノが、ジャスタスの体を目掛けて襲いかかる。不士の目にも、それがあまりに危険な賭けではないかと言う不安がよぎった…次の瞬間だった。


「ぉぉぉおおっ!!!!」


ザシュッ!と草の中から切り上げられた長剣の刃は、エアレーの首を縦に切り裂いた。鮮血が朝見た噴水のそれのように噴き上がり、すぐさま反転した猛獣の尚も衰えぬ意志は、肉体の敗北によってついに反撃を生み出さなかった。つまり風下に回られたその時、そしてジャスタスに狙いを絞ってしまったその時、勝負は決していたのだ。

ジャスタスとディートマーはそのエアレーの死に絶えた体に近づき、口に草を喰ませる。それは命を奪った獣に対する礼であった。猟師たちの文化である、古代の宗教的側面の名残であった。自らの生活のために命をいただく者としての礼、それは慈悲ではない。不士は感じた。これを仕事として行う者たちの覚悟を、そして礼節を忘れない彼らの生き方の実直さを。


「おーい!フジ!怪我ないか!」


「お、おっす!この方達も無事です!」


不士の握る手には汗が滲んだ。

ご愛読ありがとうございます。

第7話ですが、思いの外早くできましたね。と言うのも、この話については作風を少し変えて挑むことになったため、描きやすさ主体となったことがあります。この作風が気に入られたら幸いですが、前の方が良かったなと言う方はぜひコメントをお願いします。

それでは、また次回をお楽しみに。

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