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第8話:生きるとは

エアレーの亡骸に手を合わせる。

だがそれは余計に色々と考えるためでなく、あくまでその魂が(というものがあるのではないかと思っているために)ちゃんと成仏できるようにという祈りとしての行為だった。ただし、亡骸はそのまま放置するわけにはいかず、素早く処理すべきであったので、これを川まで運び、血抜きをし、門まで運んでから協会の荷車に乗せて運ばれていくのを見送った。

一連の動作は、先ほどまでの一瞬に等しい戦闘の時間より何倍も長かったのだが、不士の体感でそれは戦闘より格段に短い時間に感じられた。左手がファルシオンの柄頭に降りる。グルグルと巡る思いの中で、ジャスタスが駆ける。自分の剣の柄を握る。突っ込んでくるそれに、本能が攻撃を合わせようとして、すぐさま相手は進路を変える。絶たれた命を見下ろす。骸のなんと荷物じみたことかを感じる。それらに想いを巡らせることが、いかに意味を与えるのか、疑問を抱いたが思わないことを不誠実と思えてしかたなかった。


「フジ、命を刈り取る瞬間は初めて見たか?」


ジャスタスがギルドの仲間と話に行ったあと、残ったディートマーが不士の側にいた。街の広場、二人がもたれる建物の壁、真昼の日陰に冷やされたそこは、ひどく落ち着いた場所だった。


「はい。人が何かを殺すってのは、初めて見ました。」


「なるほどな」


ディートマーの太い腕はゆっくりと組まれた。彼は真剣に考えているようだ。意外な反応である。もっともこのような中世的な世界であれば、不士にとってそこは現代よりも治安も悪ければ、戦争も日常的な危険な時代観で、人や動物の生き死には皆見慣れたものだっただろうという先入観があったからだ。にも関わらず、ディートマーはそれを不思議がろうともしなかった。それどころか、真剣に不士の感情について考えているようにも見える。それは不士にとって、彼が優しいから以上の理由は見出せないものだった。


「ディートマーは、人も動物も、殺すことには慣れてるのか?」


「いや、意味なんかないと割り切ってる。」


「意味?それは殺す意味?戦う意味?もっと別の…」


「上手いことは俺にも言えん。だがな、意義ある行動が主の思し召し通り正しいことばかりだとは思わん。人は誰しも業を持つものだ。その中で行う善悪など、最初から小さな差異ばかりじゃないか?」


「生き死にを積み重ねても、変わらずいられるのか?」


「あぁ、殺すこと、殺されること。それらを良いことだと思ったためしは一度たりともない。それでも俺たちはこうして生きている。誰かに貢献している。それが俺という生き方だ。それより深いことは、あまり意味を持てない。」


「なるほどな…ありがとう。」


「なにか腑に落ちたか?」


「いや、胸がスッとしただけさ」


ジャスタスが帰ってくるのを待って、三人で街を歩く。ジャスタスの足が速いとか、ディートマーの見かけによらない潜伏術とか、そんなことを賞賛すれば、ジャスタスもディートマーも、不士の足の速さには驚いていたようだった。そうして昼食を食べ、午後からまた巡回を行い、不士にとっての鮮烈な1日は幕を閉じた。


不士はまた柄頭を握っていた。日の落ちかけた街の大通りを、行き交う大衆の波と一つとなって歩く。周りに知り合いは居ない。風はそろそろ肌寒く感じて来始めた。通りの家庭は道の両端がともに、にわかに明かりが灯り、帰路を照らした。


「不士くん。」


あまりに急で、しかも予想することも困難だったので、不士は肩をビクリと震わせて振り返った。


「ダグマラさん!帰りですか?」


「ええ。不士くんも?」


「はい。お疲れ様です。」


「お互いね。少し歩きましょう?」


「え、いいですけど。なんかありました?」


「何もないわ。ただ話したいだけ。」


「…わかりました。俺もちょっと話したい気分だったんで、ぜひ。」


二人は肩を並べて歩く。肩を並べるといっても、ダグマラの長身は不士のそれより高く、さながら姉と弟のようであった。

ダグマラの長いスカートはコツコツと耳障りの良い音を立てて歩く革靴を隠して、彼女の瀟洒な立ち居振る舞いと、細く立派な長身に見合う気品を生み出している。対比すると不士は、自分のいかに普通なことかを感じた。歩き方から違うというのは、日々染みついた癖、習慣が大いに異なるということである…不士にはそう思えたからだ。今日はこんなことがあって、店はこうで、と語るダグマラの話より、正直なところその姿に、不士の集中は向けられている。


「私の服に何かついているのかしら?」


「あ、いや…ごめん。もう一度お願いしてもいいかな?」


「不士くん。何か辛いことでもあった?」


「え?辛いことって?」


「ないならいい。今日は傭兵の、最初の日でしょ?不士くん、ウチの店の最初の日もなんか色々考えてたから。」


「あぁ、気づかれてましたか。」


「うん。きっと慣れないことをしているのは、疲れるから。今日も何かあったのかな?って。」


"自分を気にしてくれる"ということが、ほんの些細な心情から生まれることは、よく知っている。

しかし、この見知らぬ世界で、自分のことを一人の人間同士、その中身の心を案じて親身に考えてくれることは、たまらなく温かい気持ちになった。

沈みかけた朱色の空も、朝日のように温かい気がする。


「なにも、辛いことは何もないですよ。」


「そうなんだ。血とか平気なの?」


「血?もしかして仕事見てました?」


「いや、傭兵はそういう仕事が多いから。体験するならそういうことするのかなって。」


「なるほど…」


不士は顎に手を置いて思案する。"血が平気なのか?"に対する答えではない。もちろんそれに返答する形で言うのだが、とある決心が固く結ばれた。


「ダグマラ、何かを殺したことはある?」


「あるよ」


「えっ、あるんだ…」


「…虫とかネズミとか」


「ああ、なるほどね。」


「不士はそれを悩んでるの?」


「話が早いね。…そんな感じ。」


二人の間に沈黙が流れる。その隙に吹き抜けた風は、真っ直ぐ前を向いて歩くダグマラの長髪をたなびかせた。


「生きるって…なんだと思います?」


「私もわからない。けど生きてるよ。」


「つまり…どういうこと?」


「私はね、もし店長やアニア、レフ…不士が襲われたら、私が守りたいと思う。けど、人を斬ったり、人に傷つけられたりなんてしたことない。だから、大事にしてるものを守りたいのが私の心。傷つけるのが怖いのも私の心。死にたくないのもそう。きっと何のための生きるなのか、私にはまだわからない。けど、生きてるから、だから生きる。」


「…俺は今日、死んでく動物を見ましたよ。戦って死ぬ。命が終わるってことを。そしたら、死んだら生き物って、もう動かないんです。何のために生きて、何のために戦って、何のために死んだんでしょう。そこに意味って、どんなものがあるのか…イマイチわからない。」


不士は思ったことを言った。しかしそれだけで救われた気持ちもほんの少し湧いた。そのいうだけで気持ち良くなった感覚が、ほんの少し、気持ち悪かった。


「それって、必要なのかな?」


「意味が…いらないってことですか?」


少し腹が立った。自分が悩んでいることは、悩むほどのものではないと言われた気持ちになって、跳ねっ返りをしてしまった。


「いや、私にはわからないだけ。いるのか、いらないのかもわからないだけ。」


「いらないかも、しれないってこと?」


「うん。生きる理由はあった方が落ち着くかもしれないけど、私は死にそうになって剣を振るより、みんなが笑顔で話してる方が好きだから。死んだらどうしようより、どうやって今日笑えるのかなって考えてる。」


「そっか…」


「あんまり面白くないかも。やっぱり要るのかな。」


「いや!ありがとうダグマラ。なんか答えが見つかりそう。」


ダグマラは、今日一番の笑顔で微笑んだ。というか、初めて笑った。


「じゃあ、私はそろそろ。またね、不士くん。」


「うん、また。」


ダグマラは角を曲がって、小さめの家が並ぶ区画へと歩いて行った。


「ダグマラ!」


「?」


「ありがとう!またストゥウで!」


不器用に手を小さく振って、そして歩き去るその背中は、街を歩くどの貴婦人にも品格で負けていないだろうと、そう思えた。


「ただいま」


「おかえり、フジ。夜道は大丈夫だったかい?」


「いやぁ、大丈夫ではないね。何にも見えねー。」


「ははは。とりあえずお茶にしようか。かなり冷えただろう。」


「ありがとう、カミル。」


カミルが湯を沸かしている間、不士は荷物を置いていく。そして腰の剣に触れ、じっと見つめる。美しい、出来立ての剣だ。


「剣か。見たところファルシオンかな?」


「すごいな。刃を見ないで言い当てるって。」


「いやぁ、ファルシオンが変わっているからだよ。」


改めてマジマジと見てみても、大して他の剣と変わっているようには見えない。何がそんなに妙な部分なのか。


「柄が短いだろう?それとリベット留めをしている。通常の長剣とは違うんだ。」


確かに言われてみればその通りだ。片手で握れるグリップは両手で使うことを前提としていないようにも見える。


「カミルは剣を持ってるのか?」


「うーん。そうだね。ただあまり人に見せるのは好きじゃないから。」


「…そっか、じゃあ気が向いたら見せてくれ。俺もみてみたい。」


「あぁ、じゃあまたいつか…はい、松葉茶だよ。」


「ありがとう。」


「傭兵の仕事はどうだったんだい?」


カミルは先ほど座っていたお気に入りのイスに深く腰掛け、自身も松葉茶を飲む。陶器のコップに注がれた松葉茶は、器をつたって手に熱をもたらしてくれる。一口飲めば、その独特の松葉の風味が広がる。最初の日に飲んだものと同じ味だ。


「カミル」


「なんだい?」


「俺、もう少し傭兵の仕事をしてみたいと思ったよ。」


「そうか。それもいいと思うよ。」

お疲れ様です。

最近は筆が乗っているのか、スイスイと話が進みます。次の話が早く出る保証はないですがね…()

それと今後の展開について、またいくつか話を進めてから、大きな出来事を起こそうと思っています。どうぞお楽しみにお待ちください。

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