第9話:ファルシオン
掌から指先まで伝わっていく重さ。それは握った鉄の塊が、物を斬るために必要とした遠心力と質量だ。切先が空を切り、弾かれた刃から火花が散る。
「フジ!何度も言わせるな!当てずっぽうに攻め続けても意味はない。有利な位置へまで自分で戻れ!」
「くっ!」
右足を下げ、左足を半歩出し、中段に刃は水平となって構えられる。ただし構えは、そこで言葉のない会話を交わすためのものではない。戦さ場で、あるいは決闘で、あるいは急な来訪者に合わせ、瞬時に次の攻撃を生み出さための一瞬の余白だ。頭は冷静に、心は熱く。わかっていたところで心に頭が引っ張られる。
「ふむ、やはりファルシオンは一対一に向かんな。隙が大きい。」
「はぁっ、はぁっ、ありがとうございます。ディートマーさん。」
「おう。決闘には決闘のための構えがあるからな。一撃で仕留められない時、無理に追う事は良くない。必殺の攻撃だからこそ、当然前後の動きが寛容になる。俺たちは獅子でもキメラでも、ドラゴンでもない。一撃が必ず相手を絶命させるものではないと知りながらそれを放つんだ。その意味はよく考えろ。」
「はぁっ、はぁっ…わかりました。」
ディートマーとの練習をみていたジャスタスは、崩れた石柱の上から飛び降りて拍手を送った。
「しっかし、2回目の今日でこれとか、やっぱりフジは筋がいいな。いまなら多少の敵には遅れをとらんだろうよ。」
「マジですか?何なら勝てますかね…」
「うーん、ホーンラビットとか?」
「最弱の敵じゃないっすか!」
「ははは!でも強くなってんのは本当。やっぱパワーがある分安定してるな。でも、それに頼り過ぎんなよ。」
「うっす…もう一本お願いします。」
不士は気合が入っていた。というより我武者羅だ。
疲れた時、迷う時、熱意がこもらない時、ふと止まってしまう一歩。それを踏み込む。その一歩は攻撃となり、防御となり、隙となる。カウンター相手には分が悪いが、少なくともそれを返せる実力のある相手ならという前提を設けるからだ。一歩が、一振りが、1秒が、ただの素人を勇敢な素人に押し上げる。それこそが不士の現在の強みである。ファルシオンの平坦な刃が滑らかなロングソードの刀身に吸われる。吸い込まれた感覚は実力差のもたらした副産物だ。
ただ、そこから負けないためのもう一歩。それが敗北の確信に紙一重の生存を生み出していく。一撃必殺の剣術が基本となる剣術において、その数撃のラリーは例えるなら必殺技を全ての攻撃で使っているようなもので、リズムが均一になれば隙を狙うと言う果てしないほどの戦意を向けていたのだ。
というのは不士の話である。一方のディートマーも、少なからず力を出している。それは最初の稽古でディートマーがあまりにも軽くあしらうように不士を地に伏したからである。それと比べればディートマーの目線にも幾分の真剣さを持つことが眼差しでわかり、加えて軽くカウンターの反撃を合わせたり、不士の攻撃に合わせて姿勢や位置どりを細かく変化させたりしているのだ。
斬撃特化の剣から放たれる突きを、予想だにしていなくても受け流す。隆々と隆起した筋肉の剛腕は、不士の隙を狙い、ゆっくりと力強く打ち込まれる。
春の野に、金属音のけたたましさが響いた。
「ジャスタス、そういえばここは何の建物だったんだ?」
「ここは昔の礼拝堂だな。当時の姿を見たことはないが。」
そうなのかと天を仰ぐ青年は、背中から大の字に野に転がって息をあげる。
横に立つ低めの太陽はまだまだ疲れ知らずなようで、本物の陽光を激しく跳ね返していた。
「フジ、休んだら俺とやろう。お前とは面白そうだ。」
「程々にしてくれよ?ジャスタス。」
「それは俺じゃなく、フジが決めることになると思うぜ。」
ディートマーが受けて返すようなことがメインだったのに対し、ジャスタスとのそれは、むしろ受けてみろと言わんばかりに猛攻を加えて追い詰めてきた。何とか反撃を試みても、柄を、腕を足を牽制され、まともな反撃すら許されなかった。ディートマーに手心を加えられて味わったものとは、また違った実力差の感じ方だった。
それから本格的に休憩となったのは、もう日が真上を回る頃だった。
「しかし明朝から鍛えてくれと言い出すのはたまげたぞ。なにか良いことでもあったのか?」
持ってきた干し肉を齧りながらディートマーが尋ねた。
不士は何と言ったものか少し悩んで顎をさすった。そしてディートマーと見合う。
「先週、初めての時から少し考えたんです。それで、俺はあれこれ答えを焦るより、まずは必死に生きるしかないんだろうなって、そう思った。だから明日も明後日も、俺が毎日を続けるために、まずは俺自身が強くならないと始まらないんだろうなって、感じたんです。」
不士の言葉はディートマーに若き日の記憶を思い起こさせた。かつて自分が傭兵家業を継ぐと決めた時、その時思ったことを。その青さが、その純真さが、羨ましくもあり、同時に幼くも見えた。
風が丘に吹き込んで人知れぬ廃墟に音を持ち込む。
「あれこれ考えているのはそのままのようだな。だが今はそれで良い。世の中はもっと単純で、かつ複雑だ。フジ、お前が生きたいように全力でやるんだ。それが人生というものだ。」
不士とディートマーの間には、数多の言葉が浮かんだ。それは数多の感情が渦巻いて出てきた。
「なんか親父くさいこと言ってんなぁ。」
それはジャスタスの無神経な一言がなければであった。
…
午後は三人でまた哨戒やら狩りをしていた。一通りのことをして昼下がりの時間が過ぎた頃、今日は早めに上がって傭兵ギルドに行くこととなり、2人に連れられて不士は初めてその妖精の口付けを受けることになった。
海沿いに建つギルドは4階建の大きな建物で、淡く赤みがかった美しい壁の窓には木窓が開いて潮風を呼び込んでいた。
カモメの讃美歌を背に入場すると、ずっと薄暗いフロントには真面目そうな茶髪の男がその紳士な出立ちをまざまざと見せつけて粛然と待機していた。そして彼はこちらを見るなり不思議そうな雰囲気を醸し出して"やぁジャスタス"と話しかけてきた。
ジャスタスは右手を振って挨拶を交わし、カウンターに近づくと首にかけたネックレスを取り外して受付にそれを置いた。
「今はどなたがいる?」
ジャスタスの尋ねに茶髪の紳士は一瞬間を置いて、それからまず奥の扉を指差した。
「副長がいつもの場所だ。団長が3階、予定では応接室にいるはずだな。」
「ありがとう、後ろの件で話してくる。副長はお手隙か?」
「おそらくな。」
ジャスタスとディートマーが軽く会釈して受付の紳士の横を歩き抜けるのに続いて、不士も続いていく。ちょうど横を通る時、未だ仏頂面の紳士と目が合って立ち止まったので、不士と紳士は見つめ合い、やがて不士の方が笑顔で"こんにちは"と返したことで紳士の口元も綻んだ。
なんとなく悪い反応では無かった。
…
フロントから奥に進んだ鉄のノブがついた重い扉を開いた先、地下へと向かう暗い階段を降りると、石造りの継ぎ目の見えにくい壮麗でまっすぐな通路が三人を出迎え、ジャスタスはその通路の左側に並ぶ2つの扉のうち、手前の扉を迷いなく選んでノックして、珍しい引き戸を開いた。
「やぁ、ジャスタス、ディートマー。それに…フジくん。」
扉の先で大きなガラス瓶と書類に囲まれた席に座すのは限りなく白に近い薄いシルクのような金髪をたなびかせる色の薄い、儚げな少女であった。
「なぜ俺の名を」
「当然だ、ファルシオンの傭兵見習いよ。」
長らくお待たせしました。
コツコツと続けながらモチベーションの維持が難しく、中々一つの話が書き上がりませんでした。今もモチベーション模索中です。ということで最近図書館に行ったりして、文庫のファンタジー小説を読んだりしてます。
さて次は傭兵ギルドの地下で出会った不思議な女性、これに触れていきたいと思います。彼女は誰なのか。何を知っているのか。何を語るのか。
お楽しみに。




