霞の中の龍野城 27
申の刻を待たずに家臣たちが集まりだしていた。
「皆様、ご到着です。よろしいでしょうか?」
入室を求める声が掛かった。
「入れ」
広秀の許可と共に、少し落ち着きを取り戻した家臣たちが静かに龍野城の家臣が一堂に会した。清忠も家臣と同じく琴姫より下座にいる。
「再びの登城、大儀である。現状をもう一度説明する。現在、織田軍は龍野城を討つべく侵攻中である。ここまでは、皆知っている事と思う。私は織田軍に手紙を認めた。内容は、」
広秀は一度言葉を切り、家臣達を静かに見渡した。
「龍野城を開城させて頂くとした」
広秀の言葉に、家臣たちは動揺を隠せない。
「そんな」「まさか」「有り得ない」呟きが聞こえ、それは次第に大きくなってきた。
「御館様」
その中で、堂々とした声で発言した者がいる。
「清正か」
清忠の父、清正だった。彼は、父上様の忠信で家臣達の中でも発言力が高い。先の戦で負った傷が元で、城への出仕は清忠に任せているが、清正を慕う者は多いのだ。そんな彼が、何を言うのか皆が注目する。
「この龍野城を見捨てるおつもりか?戦わずにくれてやると?」
清正の声色には怒気が含まれている。
「龍野城を見捨てるつもりはないが、囮に使わせてもらう」
広秀の言に、清正は眉を上げる。
「どういう意味でしょうか?」
「私が真に守りたいのは、人だ。生きている者を守るために、龍野城には囮になってもらうと言えば分かるだろうか?」
広秀の返答に、清正は怯んだように見えたのだが、
「城を差し出して生き残れと?御館様の父君に忠誠を誓ってきた我らに、それを強いると言うのだか!!」
声に力を込めて叫んできた。
広秀が負けじと応える。
「今、戦えば犬死だ。龍野城を差し出そうとも、命があれば帰ってくること叶うやもしれぬ」
広秀が言い終わるころ、清正は刀に手を掛け叫んだ。
「戯言を言うな!明け渡した城を取り返せると思っているのか!」
清正が刀を抜いた。
「父上、お止めください」
清忠が広秀の前に立ち、両手を広げる。
琴姫は、驚きすぎて動く事が出来ない。
「どけ、清忠!」
「どきませぬ!」
親子が睨み合う中、広秀が静かに立ち上がる。
「私を斬って、この龍野城が守れると言うのなら斬ればよい」
静かに語る、広秀。
このような時なのに、弟の落ち着いた口調は琴姫達を会話の場に引き込むようだった。
「清正、私は生きている者を守りたいのだよ。上月城の戦いは聞き及んでいるだろう。お前達は戦って命を散らす。女房子供は、捕らえられ磔や串刺しにされ命を落とす。それでよいのなら、私を斬るとよい」
清正が構えをといた。
「刀を納めて欲しい」
「まだだ、龍野城開城を織田信長が受け入れる条件が城主の首だとしたら、どうなさる気ですか?」
清正の問に、場が静まり返った。
「あちらの条件を呑むつもりだ」
『嫌よ』と叫びそうになった琴姫は、悲鳴ごと呼吸を止めた。広秀が死ぬと想像すると、心臓が嫌な音を立てて動き出す。
「城主を差し出して、生き恥を晒せと言うのか?」
「そうだ」
清正の問に、間髪入れずに広秀が答える。
弟の覚悟は、琴姫のそれを超えている。動かなければ、そう思うのに。この場を静観することしか出来ない。
清正は、広秀としばらく対峙した。
「そこまで、お考えか」
そして、刀を鞘に納め膝を着き項垂れた。
畳の上に乗せられた両手の拳。その間にぽつぽつと清正の涙が落ちていった。
「若君を切れるわけが無い。この龍野城と共に、若君に生きて欲しい。その為に、我らの命をかけても良いのですよ」
「ならぬ、私も皆に生きて欲しいからな。犠牲は最小限に留めたい」
「その犠牲に、若君がなっても良いと言われるか!」
「そうだ」
躊躇いなく応える、広秀。
ふと思った。久しぶりに琴が聞きたいと言った広秀。一人で柿を食べてしまった、弟。あの頃に、決心していたのではないだろうか。
「苦労をかけるな」
広秀の言葉に、清正は勢いよく顔を上げた。
「御館様の方が、我らより余程、、、」
そのまま、言葉を探すように黙った。
誰もが静かに見守る中、清正は広秀の正面に座り直した。
「私は、もう誰の死も見たくない。龍野城の開城は私の我儘だ」
「御館様は、優しすぎる」
「弱虫では無く?」
「弱虫が自分の命を賭けて他者を守るものか!若君は、立派に成長なされた。だがな、だか!」
清正は流れる涙を拭いもせずに、広秀を見据えた。
「若君の命を差し出してまで、生きていたいはずが無かろう。そんな事をして、あの世で御館様にお目通りが叶うと思うか!」
清正の言う御館様は、父上様の事だろう。
「ううっ」と、家臣達から嗚咽が漏れ始めた。
「三木城や上月城の顛末を思えば、無理もない考えである。だが、全容を見れば龍野城を無血開城に持ち込み、追随する城を待つ方が理にかなっている。私達が生き残る可能性は高いと言える」
広秀の言葉に、家臣達が一斉に前を見つめた。
「開城に向け、準備するように」
反対する者は、誰もいなかった。




