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霞の中の龍野城 26

早馬が来たと知り、本丸に駆けつけた。家臣の大半が集まり、辺りに重い空気が立ち込めていた。

琴姫が着座すると、広秀が家臣たちを見渡して口を開いた。

「織田軍の次の狙いは、ここ龍野城です」

広秀が告げると、家臣たちは我先にと大声を出し始めた。

「直ぐに戦の用意をいたしましょう」

「待て、三木城や上月城の二の舞になるつもりか」

「怖気ついたか!」

「何を言うか!」

息巻いている家臣達を一瞥し、広秀が静かに立ち上がった。

「皆、一度解散してくれ。申の刻(16時頃)に集まるように」

「ですが、、、」

広秀は否を言う者を、片手で制した。

「今直ぐに話し合っても混乱するだけだろう。暫く考えて、後に集まるように」

再度、退出を述べると家臣たちは去っていった。

「広秀」

琴姫が声を掛けると、広秀はしっかりと前を向いて姉を見つめてきた。

「姉上、決断の時が来たようです」

織田軍が龍野城に向けて進軍している。その事実を、琴姫はいまだ飲み込めていない。それなのに、広秀はしっかりした顔で話してくる。

「織田軍が攻めてきた時の対応は考えてあるのです」

その答えに、琴姫は目を見開いた。

「想定していたのですか?」

「播磨を統一するならと、考えてみたのです。私なら、龍野城か置塩城を陥します。上月城を手に入れた今、西の毛利を攻めるなら龍野城が便利だと思っていました」

広秀は、淡々と話す。

「申の刻に集まるように言いましたが、既に方針は決定しています。もう、使者に手紙を届けるよう指示を出してます」

「そんな!」

相談もせずと、抗議しかけて止めた。広秀は、賢い。きっと、考え抜いて行動に移している。

「手紙の内容は?」

琴姫が聞くと、少し離れて部屋いた清忠が動いた。外に誰も居ないことを確認して琴姫の背後に座った。

「龍野城の無条件の解放です」

「解放とは?織田軍の方を城にお招きするのですか?」

「いえ、違います。解放ではなく、開城と言った方が正しいですね」

「開城、どういう意味ですか?」

広秀が、具体的に何をしたいのか琴姫には理解できずに問い直したが、嫌な予感だけは絶えずにある。

「私は、この龍野城を無条件で明け渡す所存です。抵抗すること無く降伏すると思って頂いて構いません」

「そんな」

この世に生を受けて、ずっと過ごしてきた龍野城。亡くなった父上、母上、兄上との思い出が詰まった城。柱の傷から、小さな菫の花にまで想い入れのある城。

「明け渡すのですか?」

かくんっと、力が抜けていく。

「不甲斐なくて、申し訳ありません。ですが、私は龍野の民が家臣達が、無惨に殺される姿を見たくない。民が、人が生き残っていれば再びこの地に戻って来れるかもしれない」

「意気地無しと、罵る者も出てくるかもしれません」

「それでも、民の命が悪戯に奪われるよりいい」

広秀は、両手でガシガシと頭を掻きむしった。

「朝が来ると、城の中で人の歩く音が聞こえだす。水をくみ、火をおこし、朝の準備が始まる。段々と人の声が聞こえ始め『朝のお支度はお済みですか』と、声をかけられる。朝御飯を終える頃には、登城した者の気配が増す。そして、日々の生活が始まります。夜には、『おやすみ』と声を掛けあって静かになっていく。そんな日常を守りたい」

「広秀!」

思いを吐露し始めた弟に、駆け寄った。

「皆殺しの上、磔、串刺し、冗談じゃない!みんな、生きているんです。怒る時もある、泣く時もある、意地悪する時だってある、それでもです。この龍野城に死んでいい人なんて一人もいない。そう、思いませんか?」

「広秀!」

琴姫は、弟を抱き締めた。

「その通りです。死んでいい人など、いません」

「誰も死なせない。その為に、出来ることは戦うことでは無い。そう考えるのは私が若輩故の弱さでしょうか?」

ああ、残念ながら広秀を『弱い』と罵る者は出てくるだろう。

だけど、と琴姫は思う。

『戦って死ぬ事より、生きる為に戦う方が遥かに難しい』

父上、母上、兄上が亡くなった時、胸を刃で抉られるような苦しさを経験した。

広秀も同じなのだ。

繰り返さない為に、最善をつくそうとしている。

「やると決めたからには、前を向きましょう」

琴姫が言葉を絞り出すと、広秀は顔を上げた。

「父上からの言葉です。苦しい時ほど、頭を上げろ、前を向け。出来ますか?」

琴姫の問いかけに、広秀は前を向いて見せた。

「そう、ありたいです」

決意のこもった声だった。


少し休みたいと広秀が退出いたので、琴姫は清忠と二人で八幡様に向かった。

「清忠様は、知っていたのですか?」

「今朝、聞かされたばかりです。広秀様は、龍野城の生き残る術をずっと悩まれていたようです。三木城と上月城の敗戦だけではありません。多くの人の死に、苦しまれていました。人はいつか死ぬ。だが、死に方というものがあるだろうと、言われていました」

「死に方ですか?」

「飢えて死ぬのも、磔で死ぬのも、苦しかっただろうと」

「ええ、辛かったでしょうね」

想像しただけで、胸が張り裂けそうになるのだ。現実となった人々の想いは計り知れないだろう。

「広秀の様子が変だったのは、今後の在り方を悩んでいのですね」

龍野の民を生かすか、殺すのか。

琴姫は座り込み、花を枯らして葉だけになった菫に触れた。

「生きていれば、花を見ることも叶います」

「はい」

清忠の両手が、菫の葉ごと琴姫の手を包み込んだ。

その温かさに、琴姫は微笑んでいた。


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