13話「魔物の世界の新常識」
翌朝、目を覚ますと全身が筋肉痛で動けばバリバリと音が鳴りそうなほど身体が固まっていました。
昨夜はミキモト製の回復薬を塗ったのですが、寄る年波には逆らえず自分の回復力のなさが身に沁みます。
「起きた?」
窓際の椅子に、なぜかアライさんが座っていました。
「勝手に人の部屋に入って何をしていらっしゃるんです?」
「いや、サキチがうちの介錯人は動けなくなっているだろうっていうから助けに来たんだ。どう? 動ける?」
「動こうと思えば動けますが、動きたくはありませんね」
私は上半身だけでも体を起こそうとして止めました。
「人の心配をしているサキチは何をしてるんです?」
「もっと動けない。ミキモトさんが診ているから大丈夫だけど、年齢から考えられないくらい無理をしていたみたいだ」
「でしょうね。死闘とはそういうものです。サキチはコロシアムで幾度も経験しているはずですが、数年はそう言う相手に出会っていなかったでしょうから」
「そうか……。言えば、宿の女将さんがスープを作ってくれることになっているが、いるかい?」
「いえ、まだいいです。ありがとうございます」
ベッドテーブルにある水だけ貰いました。
アライさんは特にやることもないのに、外を眺めながら「冒険者も少し増えたんじゃないか」と当たり障りのないことを言っていました。なにか言いにくいことでもあるのでしょうか。
「なにかダンジョンで問題でもありましたか?」
「いや……。ないことはない」
アライさんも勝手に自分のコップに水を入れて飲み始めました。
「寝ているだけですが、話してくれるなら聞きますよ」
「ああ、ステュワートたちにも関係する話だ。今回の死闘で、ウエストエンドのダンジョンは相当な利益が出た。ダンジョンまで来た客だけじゃなく、魔物の国中に配信もしたからね」
「配信、ですか? 通販に使うクリスタルで、サキチたちの戦いを多くの魔物たちに見せたと……」
「そうだ。ミノウさんを焼くまですべて相当な数の魔物たちが見ていたと思う。サキチもステュワートも罪人の死を晒さずに、英雄として黄泉へと送ったことが評価されている」
「そうですか。では、人気も報酬も上がりますね?」
半分冗談で言ってみました。
「ああ、その通り」
「我々は人間ですよ?」
「魔物と人は平和な10年を過ごした。勇者による殲滅もなければ、人間への差別意識も薄れるというものだ」
「そういうものですか。では、問題は報酬が思っている以上に少ないと?」
「いや、マスダに限ってそれはない。自分の取り分が少なくなっても、職員に渡す男だ。今回は相当な額が貰えるはずだ。それこそ、一年遊んで暮らせるほどのな」
「では何が問題なんです?」
いよいよ話の意図がわかりません。
私は無理やり身体を起こして、壁に背を預けました。
「私たちは報酬を受け取って、独り立ちさせられる。つまり、ダンジョンを辞めないといけなくなる」
「なぜです?」
「私たちの仕事に見合った額を払い続けるよりも、今回の件で得たお金を元に、新人教育の費用に回した方がいいからさ」
「なるほど。ウエストエンドのダンジョンはそういうダンジョンでしたね。ダンジョンの運営としては間違ってはいない」
「そう」
無理にダンジョンに居座れば、私たちの存在がダンジョンの問題になりえる。私たちも何度も死闘を繰り広げるわけにもいかないし、この辺がダンジョンと関わるのも潮時なのでしょう。
「すまないな」
アライさんはダンジョンマスターに変わって謝ってくれました。
「元々、人間がダンジョンに就職するなんて無理な話を通してくれたんです。感謝しかありませんよ」
「ダンジョンの認知度は魔物の国で相当上がった。新人教育の場としても魔物が大勢来るはずさ」
「アライさんはこの先、どうするんです?」
「わからない。ミキモトさんについていくか。ぷらぷら人生を謳歌するか?」
「生活費は一年分しかないのでしょう? だったら仕事を探さないと……」
「仕事はね。ほら、付呪でどうにか……」
お金は生活に直結しますが、手に職があれば食べていけないことはない。しかも人の国も含めて、アライさんの付呪の腕は凄腕ですから、仕事をしようと思えば引く手あまたでしょう。
「そうでしたね」
「ステュワートもそうだろ?」
「まぁ、破邪の腕輪があれば、ゴーストバスターで食べては行けます。人の怨念がなくなることはないでしょうし」
「老兵は去るのみ、だよ」
またしても去らなくてはならないようです。
「一つ、伺ってもよろしいですか?」
「なに?」
「そもそも平和になったのにダンジョンで新人に戦い方を教えるというのは、意味があることなのですか?」
「ああ、そうだよね。いや、実は今の魔物の国にあるダンジョンはアクティビティに特化しているのさ」
「アクティビティ? 川下りとか、山登りとかそういうものですか?」
「そう。それと同じようにダンジョン攻略というアクティビティがあるんだ。階層ごとに分けて、出てくる魔物も同じ。攻撃スタイルも同じで、何分で攻略できるのか、配信しながら競う。もしくは難関ダンジョンの攻略を何人でできるかなんかも人気になってるね」
「人間を罠に嵌めて殺しあうような場所ではないんですか?」
「うん。だから、死闘をするって、魔物の国でもかなり珍しいことだったんだよ。ミノウさんは古いタイプのダンジョンを経営していたから、鬼族から狙われたんだと思う」
「じゃあ、ほとんど誰も死なない?」
「なんらかの事故以外で死ぬことなんかないね。うちのダンジョンだって、若い子たちから死者は出ていないでしょ。他のダンジョンでも稼げるように鍛えて攻撃を受けるタフネスさを上げるようにしてるんだ」
つまりウエストエンドのダンジョンは他のダンジョンの職員として働くための、教育機関になるということでしょう。
正直、雷に打たれたような衝撃がありました。
我々人間の方が、魔物よりもよほど野蛮なことをしていたようです。いや、人の国も勇者が何人も出るほど平和でした。
「10年でそれほど変わりますか?」
このままだと人の国の変わらなさが際立ってしまいます。
「いや、変わらないこともあるよ。国境線では今も冒険者たちと戦っている魔王の軍はいるし、内戦もある。盗賊、山賊も減らない。ただ、若者が武力や暴力に憧れなくなったというのはあるかもしれないね」
「戦い方が限定的になったと……。殺さぬ暴力。耐え忍ぶ武力ですか」
時代の変化に対応できていなかった私の頭が、明確に切り替わっていきました。
「即物的、感情的価値、配信。なるほど……」
頭の中で情報が整理されていきます。経験した出来事、怪我の最中に呼んだ冒険者たちの書、起こっていることがすべて繋がっていきます。
「なにか思いついたのかい?」
「ええ。報酬を受け取ったら、通販や配信ができるクリスタルを買って、悪霊や亡霊の除霊依頼を請けようかと思ってたんですけどね」
「そりゃあ、いい。あれ? でも、違うことをするのかい?」
「ええ。このクリスタルってどこで手に入れられて、誰が作ってるんです?」
「頼めばどこでも配達はしてくれるんじゃないかな。インプ族がクリスタル製造の7割のシェアを誇っているね」
「インプって小さな妖精のような?」
「そう。手先が器用だし、魔道機械の技術も高い。量産にも向いているだろ」
「彼らも鬼族の一派ですか?」
「いや、それが、なんというか……。そもそも鬼族に属していたんだけど、今は離れてる」
「破門されたと?」
「昔、内戦があってさ。大陸の近くにある島で工場を作ってるけど……」
「鬼族が狙ってるんですか?」
「そういうこと。先月、鬼族の族長会議があったんだけど、方針は変わらなかったから風向きは厳しい」
「ん~……」
話を聞く限り、どうもやることが決まってしまったように思います。
「何か、しでかすつもりだね?」
「そんなに悪い顔をしてましたか?」
「うん。ビックリするくらい」
「回復薬を取ってください。サキチにも協力してもらわないといけません」
「私も協力するよ。どうせダンジョンを辞めたら暇なんだ」
「あー、えーっと、ダンジョンには所属しておきましょう」
「へ?」
計画が動き出しました。




