12話「諸行無常、盛者必衰」
十分な睡眠と、軽い食事を済ませて、ダンジョンへと向かいます。
裏口から入って、アライさんの工房で待機。主役が来るのを待ちます。
遅れてサキチがやってきました。
「やあ」
「やあ」
会話はそれだけ。コロシアムで試合をしていた頃と変わりません。
軽く手合わせして体温を下げ過ぎないようにしたら、魔物たちは工房から去っていきました。
「これ以上は入れません!」
遠くからゴブリンの声がしました。満員御礼ですか。
そろそろいいでしょう。
死闘なので、我々はいつ40階層に行ってもいいのですが観客がちゃんと来るのを待ってから、魔物の道を下りていきました。コロシアムで散々戦っていたサキチも観客には慣れていますし、ゴブリンの声が合図になったようです。
普段は暗い40階層も、まだ山の峰から日が出ていない朝焼けほどの明るさはありました。
ミノウさんの後ろには、斧や剣を持った亡霊たちが控えています。20人ほどいるでしょうか。彼らをいかに二人の戦いに近づけさせないかが、私の仕事。最近、死んだ者の相手ばかりしているように思えます。
「待ちくたびれたぞ!」
「ビビってこないんじゃないかと思ったぜ!」
「身体が冷えちまったよ!」
「身体はないんだけどな!」
亡霊たちが盛り上げてくれます。
気温は冷えているのに、体温は上昇していくようです。
ミノウさんとサキチはお互い出所を探っていました。張り詰めた糸が切れる瞬間を待っているようです。
「俺たちが死んだのもこんな日さ!」
「行くぞ!」
しびれを切らしたのは亡霊たちの方でした。
私も息を吸って走り始めます。移動は足のない亡霊たちの方が速い。こちらには摩擦もあり、重さもあります。
ただ、こちらには筋肉の連動と地面を蹴る力はあります。
亡霊たちとぶつかる瞬間、私は体勢を沈ませて溜めを作ります。
カン!
振り下ろされる斧を杖で弾き、別の亡霊の脇腹をハンマーでえぐり取ります。そのまま回転しながら、一度に4人の亡霊の頭、胸、腹、腰に穴を空けました。
「なんだ、これは!?」
「くそっ。戻らねぇぞ!」
普通なら霊体として戻るはずの空いた穴はそのままの状態です。
「王都の教会で聖水に漬け込んだ銀のハンマーです。お味はいかがですか?」
「霊媒師か!」
そう言って、剣を振る亡霊の腕をハンマーでもぎ取ります。
カラン。
鉄の剣だけは実体のようですね。
「違います。ただの冒険者ですよ。亡霊だろうが魔獣だろうが相手になります」
亡霊たちはミノウさんを放っておいて、徐々に私の周りを囲み始めました。
仕事は上々のようですが、もう少し挑発をしておきましょうか。
「もしかして武器を持っているのに、自分たちが亡霊だからやられないと思っていませんか? これは力が拮抗した戦いではありません」
「なんだと!」
「あなた方、亡霊が昇天するのが早いか、私に消滅させられるのが早いかの戦いです」
「俺たちは消えるのが前提かよ!」
「当り前です! 諸行無常、盛者必衰、亡者は消えるのが世の理です。地の利を失い、煙のようなあなた方では私に傷をつけることはできませんよ」
亡霊たちが体を大きく見せようと、地面から浮き上がりました。亡霊でも気がブレることはあるようです。
後はブレた体を崩すだけ。
ガキィンッ!!
重たい金属がぶつかり合う音が鳴り響きました。
部屋の中央で、サキチとミノウさんの戦いも始まったようです。
亡霊たちはミノウさんの戦いに呼応して、一気に畳みかけてきます。気が引き締まってしまったようです。ブレさせた意味がなくなってしまいました。
相手を屠るための攻撃は、狡猾で執拗です。
亡霊が振り上げた腕を、破邪の腕輪をした左手で止め、別の亡霊が振りぬいてくる斧を杖の柄で受け止めます。形勢は非常に悪い。
その上、ないものはないと、筋肉に頼らず鞭のように体をしならせながら、剣を振り始めました。遠心力が加わっているので、受け止めようものなら一撃で私の杖など折れてしまうでしょう。
ガキィイイン!!
先ほどよりも重い金属がぶつかり合う音が40階層全体を振るわせます。
「すべてを出し尽くそう」
そのミノウさんの言葉で、きれいな死に際や誇りある勝利など、我々の身体にこびりついていた枷が外れました。
技術や力量を比べ合いなどではなく、ただひたすらに全力を持って相手を屠るのみ。
次の瞬間、魔力を込めた上着が宙を舞っていました。
亡霊たちが上着に釣られている間に、足元に潜り込み、ハンマーを振るうだけ。腹が座り、杖の先端にあるハンマーの威力が上がっていきます。回転すればするほどスピードは増し、亡霊の身体は、音もなく霧散するように消滅していきました。
亡霊たちが気づいたときには数は半分になっていました。
慌てて振り下ろした剣が当たるはずもなく、私は地面を蹴り、剣の柄を踏んで高く舞い上がりました。身体を宙に浮かせるのは戦闘ではタブーです。
その隙をミノウさんの仲間であり、歴戦の亡霊たちが見逃すはずがありません。
ズ、ズンッ!
ただ、振る方向は確認した方がいい。斧が2本、壁に突き刺さり、私は壁を蹴って斧を持っていた亡霊の体を真っ二つにして消滅させます
杖を地面に突き刺し、持ち主のいなくなった斧2本を壁から引き抜いて、浄化の魔法を唱えます。
残った亡霊は6体。
「続けましょうか」
体の大きなミノタウロスの種族は当たる場所が多いので、斧の風圧でも霊体が揺れます。
揺れ動き、ブレたところが狙い目です。
「ブゥオオオオオオ!!!」
ミノウさんの雄叫びが聞こえました。向こうも満身創痍のようです。
亡霊たちも呼応して雄叫びを上げていました。
頭に血が上ったら通常はお終いなのですが、亡霊たちは単純に技の威力が上がるだけなので、非常に厄介です。
ミノウさんのもとに駆け付けたいのでしょう。こちらへの視線が少しの間、外れました。
その隙を逃さずに斧を投げたのですが、誘いだったようで、私がいた場所には深々と剣が刺さっていました。
紙装甲と呼ばれる白いシャツは、いつの間にか切れ目がいくつも開いていました。
それに見合うだけのことはあった。亡霊たちの攻撃には殺気がこもり過ぎているのです。
初動もフェイントもわかりやすいものだけ。おそらく、実力が拮抗した相手との戦闘が乏しいのでしょう。
死んでから、スキルを身に付けるということはないのかもしれません。
自分の好みの攻撃。相手を倒しやすい攻撃しか来ないのであれば、見切るのは造作もありません。
振りかぶった亡霊たちの間をすり抜けて心臓にハンマーを振りぬいていけばいいだけです。
後には胸に穴が空いた亡霊たちがいるだけ。
「ミノウ!」
大きな声が響きました。
振り返れば、サキチの身体が深く沈み、ミノウさんの両腕が刎ねられているところでした。
サキチは両腕と共に、ミノウさんの腹も切っていたようで、内臓がぼとぼとと地面に落ちています。
「……礼を言う」
そう言うとミノウさんが倒れました。
サキチの身体も切り傷だらけ。額からも血を流しています。
「介錯人、また死に損なったぞ」
「ええ、あなたの首を切るのはもう少し後にしておきましょう」
私は土だらけになった上着の土を払って羽織りました。
「ウォオオオオ!!」
「フゥオオオオ!!」
外から歓声が漏れてきます。
「これ以上、戦士の死を晒すことはないだろう」
「ええ」
サキチはミノウさんの身体を担ぎ上げました。私もミノウさんの両腕を運びます。
魔物の道から階段を上り、外に出ました。
「どうするつもりだ?」
アライさんとミキモトさんが、慌てて追いかけてきました。
「コロシアムでは戦士はしっかりと焼かれて昇天する。勝者は俺だ。こちらの流儀で送らせてもらう」
外に薪を重ね合わせた台を作り、ミノウさんの身体を乗せました。騒いでいた観客はすでに静まり返っていました。
「世話になった奴から火を点けていってくれ」
サキチがそう言うと、マスダさんや観客のミノタウロス数人がたいまつの火を薪に点けていきました。
最後に、私とサキチも火を点けます。
ゴウゴウと燃える火の中でミノウさんが焼け、煙となって天に昇っていきます。
サキチはそれを見上げ、立ったまま意識を失っていました。




