11話「ダンジョンマスターの過去」
死闘予定の二日前になると、魔物たちがダンジョンに集まってきました。オーク、オーガ、ゴブリン、アラクネ、ハーピー、インプなどの他にもリザードマンやケルベロスなんかも興奮したようにダンジョンに入っていきます。
ダンジョンの人間側の入り口は塞がれ、階層によっては出店まで出る始末。
「見物客ですか? 40階層にいられると、普通に私が排除するしかないんですけど……」
「いや、2人の死闘を見たいという客ではあるが、40階層は戦いの場だ。お前たち以外は入れない。そもそもミノタウロスを閉じ込めておく部屋しかないから、彼らは入り方もわからないよ」
「だからと言って……」
死闘の邪魔はしてほしくないというのが戦う側の気持ちです。
「邪魔にならないようにはする」
上背の高いオークの男が後ろから声をかけてきました。
「マスダさんですか?」
「ああ、直接会うのは初めてだったか。ダンジョンマスターのマスダだ」
「お世話になっております」
「世話になってるのはこっちの方だ。少し、ミノウさんと俺との話をしてもいいか? 40階層のミノタウロスのことだ。死ぬかもしれないからな。聞いておいてほしい」
あのミノタウロスはミノウという名前なのだそうです。
アライさんの工房の近くに即席でできた、出店の居酒屋に連れていかれました。
蜂蜜酒を頼み、肴は近くで採れた木の実とキノコ炒め。オークも肉食ではないのでしょうか。味は悪くありません。
「初めに、魔物の国の話からした方がいいのか。魔王がいるくらいしか知らんだろう?」
「そうですね」
「今は勇者も攻めてこないし平和な時代だというのはわかるか?」
「ええ、それは勇者側から見てきましたから」
「魔王の力も衰退している中、鬼一族が勢力を広げていて、猪頭のオークはそれに参加することになった。ただ、若い俺にはそれが理解できなくて、一族を破門。盗賊に成り下がることもなく、たった一人で戦っていた頃に拾ってくれたのがミノウさんだ」
マスダさんは、小さなコップに入った白く濁った酒をグイッと飲み干した。
私はそこに酒を注ぎます。代わりにマスダさんも私のコップに注いでくれました。酒は苦手ではありませんが、あまり酔わないので、ほとんど飲むことはありません。
「ミノウさんのダンジョンで、それこそ罠の張り方から魔物の配置、外部への宣伝まで一から全部教わって、独り立ちしてこのダンジョンを継いだのが、もう25年も前になるか」
確かに、ダンジョンは相当古いですが、その内部でも歴史があるようです。私もその間に何度か来ていますが、付呪のアクセサリーがよくなったのは10年ほどでしょうか。
「アライさんが来たのは?」
「アライは初期からいたんだ。ただの戦闘員として雇ったんだけど、経営難でな。一度潰れたようなもんさ。それでも、俺みたいに一族を破門になった魔物や盗賊になり切れない若者を見捨てられなかった。若い頃の自分を捨てちまった気分になるからさ。ダンジョンマスターとしては落第だな。当時はミノウさんにも怒られたよ」
マスダさんは笑いながら、木の実を齧っていました。
「細々と新人たちの訓練場として再起していたら、いつの間にかアライが付呪師の修行をして帰ってきたんだ。今も経営難は続いているが、何とかやれてるのはアライのお陰さ」
アライさんは価格破壊をしてでもアクセサリー屋を止めなかった理由が、少しわかった気がします。
魔物も人間も関係なく向上心のある者を見捨てられない。ハルがゴブリンと一緒に訓練をしているのも、そういう空気があるからでしょう。
「俺がまたダンジョンマスターとして再起したときに、金を工面してくれたのもミノウさんだ。ミノウさんは自分のダンジョンを鬼どもに奪われて、反乱軍として捕まったんだよ。厳しいけど義理堅い人だからな。自分だけじゃなく仲間までクビにされて戦うしかなかった」
徐々に死闘をする相手の輪郭が見えてきました。
「このダンジョンに来たのだって、俺が死ぬならウエストエンドのダンジョンしかないってここに来てくれたんだ。金ないの知ってて来てくれたんだよ。自分が来れば少しは見に来る奴がいるだろうってわかってるんだ」
マスダさんは居住まいを正して、私の正面を見据えました。
「死闘の邪魔はしないし、今更殺さないでくれなんて言わない。ただ、ミノウさんが戦っている姿を魔物たちに見せてやりたいんだ。最期までミノウさんにおんぶにだっこの俺は情けないけど、観客が来るのを許してやってほしい」
「そこまで言われたら、断れませんよ」
「ありがとう」
マスダさんは深々と頭を下げました。
「でも、40階層に観客席を作るわけではないのでしょう?」
「ああ、大丈夫だ。天井と壁にいくつかクリスタルを嵌めておく。観客は映像と音声を見ることになるだけさ」
「そうですか。魔物の国ではそう言うことができるんですよね」
翌日、ダンジョンに魔物が押し寄せてきて寝床を失ったサキチにもマスダさんの話を伝えました。
「そうか。死闘を興行にするのか」
「我々の技術を保存することにもなるらしいです」
「技術なんて一つで十分だ。でも、戦う相手がどういう男が知れてよかったよ」
サキチは補修した屋敷の一室で寝ています。普段と変わらないはずなのに、一つ一つの動作が洗練されていて、サキチの中に気が満ちていくような感覚がありました。
私もそれにつられて腹が座るというか、やるべきことが決まって、それを遂行するだけに動いているような気分で一日が過ぎていきます。
スーツのほつれを直し、裏地の魔法陣を補修。破邪の腕輪を磨いて、先に小さなハンマーの付いた杖のしなりを確認。革靴にはアライさんが魔法陣を薄く掘ってくれました。
「サンダルと同じものでいいのかい?」
「ええ。こちらは複数相手ですから、動ける方がいい」
履き心地を確かめて、軽く足を振りました。
これなら調節は必要ありません。
「全盛期に戻れたかい?」
「アライさん。我々はこれでも冒険者、剣闘士で、戦闘に特化した職員ですよ」
「だから?」
「全盛期は常に今です。言い訳をする暇はありません」
「言うね。骨は拾ってやるよ」
「頼みますよ」
夜が明ければ、死闘当日です。




