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終わり良ければすべて良し(但し説教は別腹)


俺が最後に救命措置の講習を受けたのは二十年以上前、車の運転免許を取得した時の事だ。

その当時は、救命措置において心臓マッサージと人工呼吸は必ずワンセットで行うものと教えられた。


しかし、医療の常識は日進月歩でアップデートされていくもので、昨今の常識では人工呼吸はあまり重要視されていないらしい。むしろ心臓マッサージに専念していた方が蘇生確率は若干高いのだとか。

……まぁ、医療系漫画で得た知識ではあるのだが……


だが、今のこの状況に限って言えば、重視されているのは心臓マッサージより人工呼吸の方ではないかと俺は思っている。

その理由は、原作においてこの場面がジョウとシャールの関係性を決定付けるものだったから。


ジョウの救命措置によって息を吹き返したシャールは、朧気ではあるがこの時の事を覚えていた。ジョウに人工呼吸(キス)されていた事を。

これにより、シャールはジョウへの恋心を明確に意識するようになる。

これがこの話の顛末である。


要するに、この島で起きたこの場に至るまでの一連の流れは、ぶっちゃけてしまうと全て人工呼吸(ここ)に帰結しているのだ。

正直、これはスルーして次へ進める類いのフラグとは思えない……


予想通りジョウに拒絶されてしまった以上、本音を言えば人工呼吸抜きでシャールを助けたい。が、それで無事蘇生出来るのかどうか、悠長に検証するような猶予はないのだ。

懸かっているのは彼女の命と未来なのだから。



「ダ、ダメですっ!!!ボクなんかが、そんなっ!!!」


ようやく言葉を発せる状態になっても、やはりジョウの意思は変わらなかった。


一人で無双していた原作とは違い、彼は人に頼る事を覚えた。きっとパウロ()に強い信頼を置いてくれてもいるのだろう。

ここにきてそれが仇になった。


この場に俺がいなければ、ジョウはかなり躊躇いながらも救命措置を行っていたと思う。

男女のアレコレをそれなりに経験させておけば、必死に拝み倒す事でどうにか俺の頼みを聞き入れてもらえていたかもしれない。

だけど事がここに至ってしまった今となっては、そんな「たられば」を考えるのは時間の浪費でしかないのだ。


「……分かった。心臓マッサージのやり方は分かるな?」

「は、はいっ!!!代わりますっ!」


シャールの命を第一として覚悟を決め、タイミングを合わせてジョウに役目を委譲する。

そして、彼が正しく心臓マッサージを出来ている事を確認してから、俺は眠るシャールの顔を覗き込んだ。


これまでの事を振り返ると……きっとパウロ()はジョウの代わりが出来る……出来てしまう……

その結果、俺は本当にジョウとシャールの未来を潰してしまうかもしれない……

だが、ここでシャールの命を救えなければ、可能性は完全に(ゼロ)だ。


そう腹を括って、俺はシャールの顎に手を掛けた。

せめてもの救いは、他の子達と違ってシャールは俺の素性を知っているという点。

後でこうなった経緯を説明して謝れば、何とか許してはもらえるだろう。


「……よし!一旦ストップ!」

「はい!」


顎を上げて気道を確保し、鼻を押さえる。

そして、指示に従ってジョウが心臓マッサージを止めた瞬間、俺は吸い込んだ空気を口から口へとシャールに送り渡した。


……唇同士が極力触れないようにしたのは、このクソッタレな運命(シナリオ)へのささやかな反逆だ。


横目で胸の動きを見て肺に酸素が届いた事を確認し、顔を離して目で合図を送ると、ジョウはすぐさま心臓マッサージを再開した。


「おいっ!起きろっ!シャールッ!!!」

「シャールさんっ!!!目を覚ましてくださいっ!!!」


頬を叩きながら、心臓マッサージを続けながら、俺達はシャールに呼び掛ける。


原作通りなら、人工呼吸の回数はニ、三回程だったはず。まずはそこまで様子を見よう。

それでも目を覚まさないようなら、きっと俺では駄目なのだろう。

ならばその時は強硬手段だ。ジョウの頭を掴んででも、彼に人工呼吸をさせる。


そう心に決め、俺はタイミングを見計らって再びジョウに合図を送った。


「もう一度だ!」

「はい!」


また同じ手順を実行し、これで二回目。

自発呼吸はまだ戻らないが、心臓マッサージの効果かシャールの顔には幾ばくか血の気が戻ってきていた。


「起きろっ!お前はこんなところで死ぬようなタマじゃねぇだろっ!?シャールッ!!!」

「シャールさんっ!!!」


また頬を叩き、シャールを死の淵から呼び戻そうと声を掛け続ける。額に玉のような汗を浮かべて心臓マッサージを続けながら、ジョウも必死に彼女の名を叫んだ。


そして、三度目の人工呼吸。

もはや「唇が触れないように」などと小賢しい事を考える余裕もなく、祈るような気持ちを息とともに吹き込む。


と、その時だった。


「あっ!!!」


すぐに心臓マッサージを再開出来るよう、シャールの胸の上で手を重ねていたジョウが声を上げたのは。

それと同時にシャールはビクリと身を震わせ、飲んでいた水を吐き出した。


「シャールッ!」


すぐさま一度身を離して肩を抱くようにシャールの背中に手を回し、吐いた水が肺に逆流しないよう、水を吐き出しやすいように彼女の体を抱き抱える。そして、その背中をバンバンと叩いた。


「かっ!?かはっ!?」

「大丈夫だっ!水を吐いてゆっくり呼吸を……あっ!?ジ、ジョウッ!水っ!水魔法っ!」

「えっ!?……あっ!そ、そうかっ!」


溺れて心停止したなら、そりゃ水だって飲んでいただろう。

失念してしまっていた事に今更気づき、慌てて説明にならない説明をすると、すぐに俺の意図を察してくれたジョウは水魔法の力で今もシャールを溺れさせる肺の中の水を全て取り除く。


それでようやくゆっくりと呼吸が出来るようになったシャールは、まだ焦点の定まらないボンヤリとした目で俺を見ていた。


「……パウロ……?」

「……はぁぁぁぁ……マジで心臓に悪いって……」

「……よかった……よかったぁ!!!」


まだ手放しで喜べる状態ではないが、どうにか一命を取り留める事には成功したようだ。

シャールを抱いたまま長い長いため息をつくと、ジョウは両手を地面についてワンワンと大泣きをはじめてしまっていた。


「……ジョウくん……?」


その泣き声でジョウの存在にも気がついたシャールは、虚ろな瞳のまま視線を辺りに巡らせる。

そうしてしばらくの後、ようやく意識がはっきりしたか、ハッとなった彼女はやっと焦点の合った瞳を俺に向けた。


「わ、私……っ!?」

「ていっ」

「痛っ!?」

「パウロさんっ!?」


シャールが小さな悲鳴を上げ、ジョウが驚いた声を出したのは、俺がシャールの頭に頭突きをカマしたからだ。もちろん強くではないが。


きっと彼女は状況を理解したのだろう。俺が危惧していた最悪の、その一歩手前の状況を結局再現してしまったのだと。

だけど……


「今はいいよ。そんな状態で心まで弱らせんな」

「……パウロ……」

「お前が無事で本当によかったよ。今は素直にそれを喜ぼうぜ」


そう伝えて笑い掛け、肩を抱く手に力を込めると、シャールは小さく「……はい……」とだけ返事をして俺の胸に顔を埋めてきた。きっと色んな感情がゴチャ混ぜになった今の顔を俺達に見られたくなかったんだろう。

そんなシャールの様子を見てから、ジョウはまた声を上げて泣きはじめる。


二人の泣き声につられないよう、俺はゆっくりと息を吐きながら天を仰いだ。



こうして、俺とジョウはどうにかシャールを助ける事が出来た。

これがこの先の未来にどんな変化をもたらすのか、それはまだ分からない。想像もつかない。


だけど生きてさえいれば、世の中大抵の事は何とかなるのだ。

だから今はゆっくりと休めばいい。


……そう、「今は」な……



シャールさんが息を吹き返してからしばらく後、ボク達はディーネの案内によって下に降りてきたみんなと合流した。


ディーネ、サラ、エミリーの三人は無事に目を覚ましたシャールさんに抱きついて泣き、目を赤くしたシャールさんは困ったような顔で何度もみんなに謝っていた。

トッシュは泣かないよう我慢して震え、アイシェさんはふて腐れたようにそっぽを向いていたけど、二人とも目を潤ませていた。


そうして、アイシェさんが魔法で生み出した炎をみんなで囲み、体を温めて休ませ、シャールさんの体調が十分落ち着いたところで……パウロさんは動いた……

その……とても怖い笑顔を浮かべて……


痛い(いひゃい)っ!?痛いです(いひゃいれふ)っ!?」

「でしょうねっ!お仕置きだからねっ!」


薄暗い地底湖にシャールさんの悲鳴とパウロさんの明るい怒声が響き渡る。

突然のことに、ボク達はただア然とするしかなかった。


グッタリとしながら、でもみんなで笑いながらしばらく暖を取っていたところ、ふいにパウロさんは笑顔のまま立ち上がった。

そして、シャールさんに近づいて腰をかがめると、シャールさんの頬に手を伸ばしたのだ。


その行動にシャールさんは顔を赤らめ、みんなは「あっ!?」と声を上げたのだけど……

直後、パウロさんは怖い笑顔を浮かべたままシャールさんの頬をつねっていた……

それが今の状況だ。


い、いいって(ひ ひひっへ)言ったじゃないですか(ひっはははいでふか)っ!?」

「言ったよっ!今は、ってなっ!落ち着いたなら説教タイムだオラァァァァッ!!!」

『……』


二人以外、誰も声も出せない。

必死にパウロさんの腕を掴んで抵抗しているものの、シャールさんの頬っぺたはおモチのように伸びていた……


「お前が怪我をしてこんな事になったのは、俺が迂闊だったせいだ!それはホントにゴメンなっ!お前のお陰で俺は無傷だったし、アダマスも無事倒せた!マジでありがとうっ!だけど、ここに来る前から「絶対無茶するな」って俺ぁ散っ々言ったよなぁぁぁぁぁっ!!!」

そ、それは(ひょ ひょれは)……すみません(ひゅみはへん)っ!!!」


パウロさんの勢いに押され、シャールさんは泣きそうになりながらパウロさんの腕をパンパンと叩く。

でも、それに応じることなく、パウロさんは血走った目をボク達に向けた。

……きっと、パウロさんも色々と張り詰めていたんだろうなぁ……


「ほーら、せっかくだから皆もよく見とけ。シャールのこんなマヌケ面、なかなか拝めねぇぞ?」

い、いやぁぁぁぁぁ(ひ ひひゃぁぁぁぁ)っ!!!」

「あ、あはは……」


「ゲッゲッゲッ!」という笑い声が聞こえてきそうなパウロさんの笑顔と、また響き渡るシャールさんの悲痛な叫び。


どう反応するべきかとトッシュはオロオロしていたけど、ディーネ達は笑顔で二人の様子を見ていた。

「邪悪」という言葉が思い浮かぶような笑顔で、だけど……

女の人ってこんな笑い方もするんだ……


でも……ボクの目には、パウロさんとシャールさんの距離がまた一段と近くなったように見えていた。

お互いが自然な姿を見せ合える。そんな関係に。

ボクにはそれがとても嬉しかった。


……ほんのちょっとだけ、胸の奥がチクンと痛んだけど……


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