地の精霊ノーム
「……んあぁぁ……疲れた……はよ帰って酒飲んで寝たい……」
大騒動を終え、しばしの休憩。
心身ともに疲労の限界を迎え、みっともなくゴロンゴロンと地面を転がる俺に、ジョウ達はクスクスと苦笑を漏らす。ただ、シャールだけはムッとした顔を朱に染めて頬をさすっていたが。
俺も反省するけど、キミもしっかり反省しなさいよコンニャロー。
崩れた地面が地底湖に落ちる音だけがたまに響く、静かな空間。
そんな中で、不意に「あっ!」と大きな声を出したのはサラだった。
「そういえば……帰りは遠回りしなきゃいけないんだよね……」
「げっ……そうだったな……オレ、今丸腰なんだけど……」
「あー、それ忘れてたなー……」
サラとトッシュの会話により、爆破によって峡谷道が潰されてしまった事を今更ながらに思い出す。
転がるのを止めて腕を枕に皆を見ると、それぞれゲンナリとした様子で肩を落としていた。
帰りは行きよりハードな行程になる。トラブル続きでスッポリ頭から抜け落ちていたその事実に、襲ってくる虚脱感。
そんな俺の残り少ない精神力を、女子組の姦しい声は容赦なく削ってくれた。
「またパウロに迷惑掛けちゃうなぁ……ふへ……」
「……なんでまたダーリンにおぶってもらう前提なのよっ!?もうコイツここに置いていこうよっ!」
『賛成』
「ちょっ!?アンタらっ!?」
「……ホント仲良いねー、キミら……」
アイシェとディーネ、そしてサラとエミリーの四人が再びおっ始めたケンカに、蚊帳の外の俺達は揃って苦笑いを浮かべる。
大事な用件を忘れていた事に気がついたのは、そんな騒ぎの最中だった。
「あれっ?」
「ん?どした?ジョウ」
不意に首を捻り、ジョウは背後を、真っ暗な闇の奥の方を見る。
その行動が気になって「よっこいせ」と体を起こすと、彼は後ろを向いたままで小首を傾げた。
「いえ……今、何か妙な音が聞こえた気がして……」
「音?俺には特に何も聞こえ……あっ!」
パウロの耳で捉えられない音ならば多分気のせい。
そう思い、言葉を返しかけたその途中で、俺はようやく思い出していた。俺達がここにやって来た本当の、そして最大の目的を。
この地下空間には、『神の耳』と精霊にしか聞こえない音が存在しているのだ。
「ち、ちょっとストップ!皆、少し静かに!」
キーキーと騒ぐアイシェ達を落ち着かせ、まずはどうにか一時の休戦を勝ち取る。
金切り声の余韻も消え去り、訪れた静寂。
目を閉じてしばし集中していたジョウは、やがて目を開くと俺の方を見た。
その顔にありありと困惑の色を浮かべて。
「え、えっと……誰かのイビキ声が聞こえるんですが……?」
◎
俺達がこの場所にやって来た真の目的。
それは、アダマスを倒す事でも鉱脈を探す事でもない。
地の精霊ノームを見つけ、ジョウが契約を結ぶ。
それこそが、俺達がここに来た本当の目的だ。俺とシャール以外は知らない話だが。
「この奥、ですね」
ジョウに先導される形でこの地底空間の端まで行くと、そこには人一人がゆうに通れる程の横穴が口を開けていた。
そして、暖を取るために使っていた魔法の炎をそのまま照明代わりにして奥へ進むと……
「……ふあ……」
「これは……凄いですね……」
目の前に広がる幻想的な光景に、エミリーとシャールが感嘆の呟きを漏らす。
知っていたつもりなのだが、いざ現物を目の前にすると俺は言葉を出せなかった。
横穴の先、そこは、頑張れば野球も出来そうな広い空間。
そんな広間の中は、隅々までビッシリと黒い水晶のような物質に覆われていたのだ。
一見すると水晶や宝石のように見えるこれは、全て地竜鉱の塊である。竜鉱は宝石類と同じく大量の岩石の中に少量混じる程度の希少鉱石らしいので、ここの価値は凄まじいものになるだろう。
「すごい……」
「ああ、本当に。これは多分……いや、間違いなく、世界中の誰も見た事がない光景だろうな」
目の前の光景に感動して瞳を輝かせるジョウの隣に並び、握った拳を彼に突き出す。
一瞬キョトンとした顔を見せたジョウは、直後その意味に気づいたかハッとなり、満面の笑みを浮かべて俺の拳に拳を合わせた。
誰も見た事がない景色を一緒に見る。
これはそんな約束の、まだまだ始まりの光景だ。
「みんな、こっちこっち」
元々自然を司る精霊故に自然の芸術にはあまり興味がないのか、思わず立ち尽くす俺達を置いてディーネは広間の中央へと飛んでいく。
地竜鉱の衝立を避けながら彼女を追うと、そこには自然に出来たとはとても思えない、台座のようなものがあった。
そしてその上に横たわっているのが、常人には聞こえない音の発生源だ。
眠る『それ』を見て、俺とディーネ以外は全員、シャールまでも言葉を失っていた。
ノームについてシャールには話していたのだが、どんな姿をしているか等の細かい部分までは伝えていなかったから。
地の精霊ノームの容姿。
それは、簡単に言うと『とある動物』と同じ姿だ。大きさはアザラシの子供くらいと、なかなかのビッグサイズだが。
茶色の体毛に、円筒系のワガママボディ。水掻きのついた前後脚と、団扇のように平たい尻尾。
そして何より特徴的な、鴨やアヒルの如き嘴。
その姿はまさに……
「……モグラ……?」
いいえ、カモノハシです。
と、唖然としたサラの呟きを心の中で否定する。
そう、ノームの見た目はどう見てもカモノハシなのだ。
ただ、作中ではちゃんと「モグラのような姿」と描写されていた。たった一文のみの描写ではあるが。
つまりは、キャラ絵が作られる際に何故かカモノハシの姿にされてしまった、という事である。それがわざとなのか、ミスだったとしたら誰が悪いのか、それは謎のままだけど。
とにかく……この世界においては『カモノハシ』が『モグラ』という認識になるのだろう。ややこしいわ。
「ノームッ!?ノームじゃない!アナタ、こんな所にいたの!?」
デカいキウイのようなその体をディーネがペシペシと叩くと、カモノハシは鼻提灯を割ってようやく目を覚ました。そしてディーネの姿を確認すると、ナマケモノを想起させる動きでゆっくりと片前脚を上げる。
「おはよー、じゃないわよ。相変わらずのんびりしてるんだから……」
「うーん……声が聞こえないのはやっぱ不便だな。サクッと契約したらどうだ?」
ジョウとディーネにはノームの言葉が分かるのだろうが、俺達からしたらディーネが一方的に喋ってるだけにしか見えない。
なので色々と時間を短縮するためにノームとの契約を持ち掛けると、ジョウは驚いた様子で俺を見上げた。
「えっ!?い、いいんですか……?」
「いんじゃね?というか、俺にじゃなくてノームに聞く方が確かだな。どうだろ?いいかな?」
声が聞こえずともこちらの言葉が通るのは知っている。そして、このカモノハシの性格も知っている。
直接尋ねると、ノームはさして悩む素振りも見せず器用に親指を立ててみせた。「オッケー」との事らしい。
かくして、ここに辿り着くまでの苦労苦悩に反し、最大の目的はあっけなく完遂される事となった。
◎
地の精霊ノーム、改め、ノルン。
契約が終わった後、ディーネの時と同じく愛称付けを頼まれた俺は、原作通りの愛称を提供した。
……まぁ、そこまでは良かったのだが……問題はこの後……
「ふぃー。みんなー、これからよろしくー」
「……何故に……?」
ヨイショヨイショと俺の足をよじ登り、左肩に到達したところで、ノルンは皆にのんびりとした挨拶をする。俺の右肩にはすでにディーネが鎮座していた。
俺、精霊魔術師じゃないんですが……?
ディーネについてはもう慣れてしまったのでいいのだが、どうしてノルンまで?
そんな疑問の真相を解き明かすべく、ポカンとする皆の前で改めてノルンに問う。
「あのー……なんで俺に乗ってんの?」
「んっとねー、貴方のそばが一番ポカポカして温かいの」
「ん、んん?……あっ……」
ノルンの言葉に一瞬戸惑ったが、そこで俺はふと原作の事を思い出していた。
ノルンの好きな場所は、鉱物の近くと「人の想いが集まる所」だ。
地の精霊はそういった所に温もりを感じるという設定で、原作ではそれを理由にジョウに懐いていた。
その設定がちゃんと機能しているなら、今は俺のそばが一番「温かい所」という事になるのだろう。何せ俺は当の主人公にも懐いてもらっているわけで。
しかし……という事は、だ……
「ノルン、頑張っちゃうよー。よろしくねー、マスター、御主人」
「うん、よろしく。ノルン」
「……オゥ……」
案の定というか、ノルンはジョウを「マスター」と、俺を「御主人」と呼んだ……
ノルンの言う「御主人」は、ディーネの言う「ダーリン」と同じものだ……
要するに、本来は恋愛対象に使うはずの名称だ……
ジョウだけではなく、シャール達もホッコリとした様子でノルンを見ている。
そりゃそうだ。今のノルンはマスコットキャラのような見た目なのだから。正直、俺も小脇に抱えて持ち歩きたい。
だけど……当然というべきか、ノルンもいずれ人の姿になるんだよなぁ……
先の展開を考えると、すでにこの時点でお腹痛くなってきた……もうずっとカモノハシのままでいてくれませんかね……?
そんな俺の嘆きは、きっとこの世界に届かないのだろう……
◎
ジョウが地の精霊と契約を交わした事で、帰りの行程はかなり楽なものとなった。
と言っても、最初の予定に戻っただけではあるが。
ジョウが新たに得た土魔法の力はやはり驚くべきもので、爆破によって潰されていた峡谷道は瞬く間に元の姿を取り戻した。それはさながら、時間を巻き戻したかのように。
そうして火口跡を抜けたところで、俺はジョウとシャールにある提案を、というか命令を下した。
結果、今二人は赤くなってパニくっている。
「だ、だめですよっ!ボクなんかがっ!」
「そ、そうですっ!私なら大丈夫ですからっ!」
「ダーメーでーすー」
必死に拒否する二人に、俺は両手でバツ印を作って見せた。
俺がジョウとシャールに出した提案。それは、「ジョウはシャールを背負ってやれ。シャールは文句言うな」だ。
かなり回復したとはいえ、まだシャールの状態は本調子には程遠いのだから。
というわけで、まずはシャールを黙らせる。
「わ、私は本当に大丈夫ですから!」
「うっせぇわ、この半死人。今日はもう大人しくしとけ。最後まで言う事聞かないつもりなら、マジで二度と同行させねぇぞ?」
本気の言葉でそう告げると、それでシャールは「うっ……」と押し黙った。
さて、次はジョウの方だ。
「こ、こういうことは、その……ボクよりパウロさんの方が……」
「ジョウくんや。今の俺の状況見て、もっぺん同じ事言える?」
恥ずかしそうにまごつくジョウに、俺は両手親指で自身の両肩と背後を指差してみせる。
左肩にはノルンが。右肩にはディーネが。
そして背後では、「誰が俺におぶってもらうか」を賭けた三人娘による熾烈なジャンケン大会が繰り広げられている。
これが、今の俺が置かれた状況だ……
ちなみにジャンケン大会はサラが制したらしく、悲喜こもごもといった女子組の様子をトッシュはドン引きした表情で眺めていた。
ま、アイシェの体力がミジンコ並みだという事を考えると、俺は結局あの三人を交代交代に背負うはめになりそうだが……
そうしないとマジ喧嘩になりそうだし……
状況を理解したか、ジョウは沈黙して肩を丸めた。
「ってわけで、頼むよ、ジョウ。シャールも、本当にこれ以上無理してくれるな」
『……』
そう言って笑いながら手を合わせると、それで二人は無言でだが頷いてくれた。ともに顔を真っ赤にして。
これで、台無しにしてしまった二人の絆が少しでも強く紡ぎ直されますように。
せめてこの願いくらいは聞き届けて欲しいと、俺は祈りながら空を仰いだ。
これにて、この激動の一幕は無事に幕を下ろしたのだった。




