原作との誤差
翌日、俺達は早朝から探索に出発した。
小さめの地震はずっと続いているため、山に入ってからの行動にはより慎重さを求められるだろうから。
俺達が目指しているのは、アイゼンさんに「近づいてはいけない」と注意された例の火口跡。アダマスのいる場所だ。
昨夜、皆で食事をした後のミーティングで俺が「火口跡へ向かおう」と告げると、シャール以外の全員が驚いていた。
この行動についての理由……というか言い訳は……
「一度状況を確認しておきたい。で、もしも対処出来るようなら、アダマスをなんとかしておきたいんだ。島の人達のためにも、俺達のためにも。もちろん無理をする気はないけど」
というものだ。
……実はこれ、原作でジョウが提示した『アダマスがいる場所へ行く理由』とほぼ同じものです……
パクってゴメンなー、ジョウ……
ちなみに原作《輝く翼》の方はというと……
「竜種を討伐出来れば金と名誉が手に入る!一発逆転出来る!」
「強い魔獣だと?行くしかねぇだろうが」
というアホ二人のド直球な欲望から火口跡に向かう事になる。シャールだけは最後まで反対していたが。
この世界線では、俺達は全員で意思を統一する事が出来ていた。
自分でも言った通り、無理をするつもりはない。第一に考えるべきはシャールの、皆の安全だ。
だけど、きっと上手くいくだろう。
……そう思っていた……この時は……
ヴェイルでのイベントがつつがなく改編出来てしまった事により少し油断して、俺は失念してしまっていたのだ。
物語を、未来をねじ曲げるという行為がどれだけ世界に変化をもたらすのか、という事を。
そして……脇役という言葉で片付けてしまっていた者達の、人間らしい悪意を……
◎
山登りを始めて一時間くらい経った頃、俺達は目的地である火口跡までもう少しという辺りを歩いていた。
地震の影響か魔獣の姿はなく、道行きは順調。世は並べて事も無し。
……と言いたいところなのだが……順調とは言い難い部分もあった……
「ふふっ……うひひ……ふへへへ……」
「……アイシェさんや……怖い笑い方やめてくんない?」
「そんなに元気なら自分で歩きなさいよっ!このっ!このっ!」
「ディーネさんもやめなさい。キミ、俺の頭も結構蹴ってるよ?」
俺の後頭部辺りで巻き起こる女の戦いに、思わずため息が出る。
今、俺はアイシェを背負って山道を歩いていた。
ディーネは俺にすり寄るアイシェの頭の上で地団駄でも踏んでいるんだろう。的を外した蹴りがまた、俺の後頭部に炸裂する。
山に入ってしばらくすると、体力のないアイシェはグロッキー状態になっていた。
そんな彼女を置いていくわけにもいかず、戻るわけにもいかず、休憩ばかりに時間を取られるわけにもいかずで、結果こういう形になったわけだ。
先頭を行くシャールは頻繁にこちらを振り返っては鋭い視線を飛ばしてきていたが、俺と目が合う度にすぐ正面に向き直っていた。
多分だが、昨日ジョウから貰ったペンダントが魔除けの御守り的な効果を発揮しているのだろう。
助かるっちゃ助かるんだが……うーん……
俺の両サイドを守るのはサラとエミリー。
二人は時折「あ、足が痛いなー……」とか「……持病の癪が……」とか俺に聞こえるように呟いていたが、そこは華麗にスルーだ。
三人抱えるとか、どこの雑技団よ?
少し後ろから聞こえる小さな笑い声は、殿を務めるジョウとトッシュのもの。二人は俺の槍と荷物を代わりに持って行儀良くついてきてくれていた。
俺の心の支えはキミらだけだ……
とはいえ、トラブルと言ってもこの程度なら可愛いもの。
それよりも気になるのは……
と、そこでどこからか飛んで来た小さな鳥が俺達の頭上をクルリと旋回した。そして、小鳥は空に向かって伸ばしたジョウの右手の上に舞い降りる。
それは山に入る直前、周辺警戒のためにジョウが話をつけていた小鳥だった。
「うん……えっ?」
皆が足を止めて注目する先で、小鳥からの報告を受けたジョウは表情を変える。
ピヨピヨと鳴いているようにしか聞こえなかったが、それでも俺には何を話しているのか大体察しがついていた。
話を終えて小鳥を空に帰し、ジョウは真剣な面持ちを俺達に向ける。
「パウロさん。ボク達の少し後ろを誰かがつけて来ているみたいです」
「ああ、やっぱりそれか。何人かついて来てるみたいだな」
『えっ?』
予想通りの言葉にさらっと答えると、今度は皆の視線が俺に集中する。
手が塞がっていて指差せないので、俺は首を捻ってジョウに自分の耳を見せた。
「風が下から吹き上げてきた時、足音が聞こえてたんだよ。何回か聞こえてたから、どうも間違いじゃないな、って」
「私達以外の冒険者でしょうか?」
麓の方角に注意を向けながらシャールが尋ねてくる。それに対し、俺はもう一回首を捻った。
「アダマスを倒して一旗揚げたる、っていう元気な冒険者かもしれないけど……恐らく違うな。アイシェが歩けなくなった時、向こうも足を止めてたみたいだし」
「じ、じゃあ誰?」
俺の首に回したアイシェの腕に力が入る。
自分達のペースで歩かず、付かず離れずの距離を取り、同じルートを辿ってくる。
となれば、答えは自然と見えた。
「多分だけど、墓荒らしの連中じゃない?鉱脈探すにも手掛かりがないから、冒険者の後を尾行してるんだと思うよ」
俺は軽い気持ちで答えたのだが、その瞬間、皆の気配が鋭くなった。
尾行されれば、そりゃいい気分はしないだろう。相手が冒険者の面汚しとあらば尚更に。
だが、だからといってこちらから吹っ掛けるのはナシだ。
軽く息を吐き、皆の緊張を解くべくのんびりと声を掛ける。
「おーい、落ち着けー。たまたま同じルートだった、って言われたらそれまでなんだ。放っておいて、俺達は俺達の目的に集中すればいいさ。こっちから何か言って無駄な揉め事起こしたくないしな」
「……それもそうですね」
不服ではあるが仕方ない。
そんな様子で、シャールは剣に伸びかけていた右手を下ろした。同時に皆の気配からも鋭さが消える。
しかし、自分で「気にするな」と言ったものの、実は一つ気掛かりな事があった。
それは、原作ではジョウ達にもパウロ達にも尾行などついていなかったという事。
尾行されていた設定だけど、その描写を省いていただけ。
なんて可能性もあるにはあるが、本当にそんな手抜きな理由だろうか?
そう一人で考え込んでいると、閃きの切っ掛けは思わぬところから飛んできた。
「人の後をコソコソと……あー!腹立つ!お兄がいれば、墓荒らしの連中なんてボコボコにして追い返してたのにっ!」
「腹立つからって俺の首を締めるな。でもまぁ、確かにファイエルなら……あ、そうか……」
アイシェによる八つ当たりのチョークスリーパーを食らいながら苦笑いしていると、そこで俺はふと原作のちょっとしたエピソードを思い出した。
それはほんの数行のみの、ドワルフ島到着初日の夜の出来事。
パウロとファイエルは同じ宿に泊まる事になったジョウ達に絡み、それをシャールに叱責され、不貞腐れて夜の街に繰り出す。そして酒場でゴロツキ連中と揉めて大立ち回りを演じ、酒場を破壊してしまう。
結果、パウロとファイエルはさらに悪評を重ねましたとさ。
こんな感じの、パウロ達へのヘイトを溜めるエピソードだ。
街は長閑な雰囲気だったが、少しくらいゴロツキめいた人間もいるかもしれない。だが、現状でも原作でも、『ゴロツキ』という単語が一番似合うのは……墓荒らしの連中だ。
つまり、原作では墓荒らしの連中はパウロとファイエルによってリタイアさせられていた。だから尾行もされなかった。
という事ではないだろうか?
原作とは違い、この世界ではファイエルは留守番、パウロは飲みに出ていない。
俺は昨夜、風呂に入った後、ジョウ達と卓球をしたりビリヤードをしたりでキャッキャッウフフと遊んでいました。
……なんかあったんだよ……レクリエーションルームみたいな部屋が露天風呂の近くに……
瓶牛乳も売ってたし、浴衣もあったし……
ともかく、俺が何もしなかったからこそ、連中は俺達を尾行出来ているのかもしれなかった。
この事態が、原作との誤差が、これから先の展開にどう影響するかは全く読めない。だが、やり直しは効かない。
やり直せたとしても、俺は理由のない喧嘩などしたくないけど。
「……ま、とりあえず行くか」
考えるのをやめて移動を促すと、皆は黙って頷いた。
俺も、恐らく皆も、一抹の不安を抱えていたが……
風呂の話は一段落ついてからやりまーす。




