誤算
火口跡の中心部へ向かう道は、自然の雄大さを感じさせながらも、その実やたら不自然なものだった。
火口外輪部をドーナッツに見立てると、一部分に包丁で切れ目を入れている、といったところか。
幅四、五メートル程の道の両側は切り立った断崖になっており、直線の道ではないようで向こう側の様子は窺えない。
人が作り出した景色ではないのだろうが、自然に出来たものとも到底思えない景色。
まぁ要するに……こういう物語だからこその景色なのだろう。
「地震で山のあちこちが崩れてるなら、ここが真っ先に崩れて道が埋まりそうなもんだけどな。まぁ助かるからいいけど。さて、そろそろ自分の足で歩きなさいな」
ここから先は平らな道だ。甘やかし過ぎも良くないと、背負うアイシェに下りるよう促して腰をかがめる。
が、彼女は子泣きジジイの如く俺の背中にしがみついたままでブーブー文句を垂れた。
「えー……もうずっとこのままでよくない?」
「……ワタシ……コイツ……コロス……!」
「ホラもー……ディーネさん、怒りでカタコトになってんじゃん。はい、下りた下りた。アイシェはもう少し体力つけないとな」
俺の頭の上で殺気を撒き散らすディーネに苦笑しながら、渋るアイシェをどうにか地面に下ろす。
と、仮面のような笑顔を顔に貼り付けたサラとエミリーが、アイシェの両肩にポンッとそれぞれ手を置いた。
「そうですよ、アイシェさん。今度、体力作りで一緒に走りましょ?腰に縄つけて、あたしが引っ張ってあげますから」
「……アンタッ!?ウチを引きずり回す気でしょっ!?」
「アハハッ。大丈夫ですよ、アイシェセンセー。引きずられても削れる部分なんて元々ないんですし」
「……アンタらとは一度、ゆっくりと語り合う必要がありそうね……特にエミリーッ!」
……なんか……サラとエミリーも強くなったというか、遠慮がなくなってきたというか……
「二人ともっ!よく言ったっ!」とディーネまで乱入し、四人はワチャワチャと小競り合いを始める。
昭和のヤンキー漫画に出てくる不良みたいな顔になってるアイシェ達に、ジョウとトッシュはドン引きしながらひきつり笑いを浮かべていた。
二人が女性不信になったらどうしてくれんのさ?
そんな緊張感があるんだかないんだかよく分からない争いをよそに、シャールがそっと小声で話し掛けてきた。
「……例の気配は感じますか……?」
「ん?ああ……感じる。やっぱり今回はアダマスにちょっかいを出してるんだろうな、ニヒト……けど……」
峡谷の奥、火口跡の方を見て、一度言葉を切る。
例の不快感はここに着いた時点ですでに感じていたのだ。だが、それは明らかに今までとは異なるものだった。
「……なんつーか……気配がすごく弱いんだ……今までの奴らは寝てても気づけそうなくらい気配が濃かったんだけど……」
「気配が弱い……?」
この感覚は、直にこの気配を感じられないといくら説明しても理解し難いものだろう。
今までの黒化魔獣の放つ気配は、例えるなら『盛大な矛盾』だ。主要キャラの名前を間違えていたり、数行の間で矛盾する設定が出てきたりする、といったような強烈な異物感。
しかし、今感じている気配は……『足下をすくわれる』という誤用のような、知っているとモヤッとするレベルの違和感、不快感なのだ。
シンプルに考えるなら、この理由は『パワー不足』だろうか?
ヴェイルでの戦いにて黒化ガーゴイルを生み出してからそう時間が経っていないため、与える力がチャージ出来ていなかった、といったような。
無論、考えても答えは出ないし、答えが出たとしても何かが変わるわけでもない。
ただ……やはり想定外の出来事というのは気持ちが悪いのだ。
「……多分まだついてきてる、よな……?」
「恐らくは……」
独り言めいた俺の問いにシャールが答える。
風は火口跡の方から吹いてきており、この状況では麓の方角からの音が聞こえない。例の鳥による直前の報告では、墓荒らしらしき連中はまだ俺達を追ってきているそうなのだが……
このまま進めば、『前門のアダマス、後門の墓荒らし』という形にはなる。
とはいえ、墓荒らし連中が俺達に襲い掛かってくる事はまずないだろう。それはあまりにも奴らに益がない行為だからだ。
万が一襲ってきたとしても、この峡谷の出口に陣取っていれば地形上迎撃は容易だ。アイシェに弱めの風雪魔法でもブッ放してもらえばいい。
不意打ちにだけ警戒しておけば、奴らの存在は特に問題にはならないはずである。
「……よし!行くか。ジョウ、トッシュ、槍と荷物持っててくれて、ありがとな」
「あ、いえ。どうぞ」
「これくらい、なんともないっす」
二人に預けていた荷物を受け取り、シャールに頷いてみせてから覚悟を決めて歩き出す。
あとはもう、出たとこ勝負だ。
実際に行動してみれば、拍子抜けするくらいにあっさり終わる可能性は十二分にある。
「ケンカしてるなら置いてくぞー?」
「あっ!?待ってっ!?ダーリンッ!」
「ちょっ!?アンタらっ!あとで覚えておきなさいよっ!?」
「そうですねっ!あたしも言いたいことがいっぱいありますしっ!」
「そうだそうだーっ!アイシェさんばっかりズルイッ!」
ジョウ達をつれて奥へ向かいながら声を掛けると、ケンカをしていた四人は慌てて俺達の後を追ってきた。アホらしい遺恨を引きずったままではあるが。
上下の垣根なくこんなバカなケンカが出来るようになったのは、きっと良い事なのだろうな。
いざという時に皆で一丸となるには、くだらない事を言い合えるくらいの心の距離が大事なのだから。
……今回の場合、そのとばっちりは後で全部俺に来そうだけど……
◎
あちこちに落石が転がっているが、歩く邪魔にはならない。
そんな谷底の道を歩く事数分、俺達は目的地である火口跡に到着した。
すり鉢状になった窪地は想像以上に広く、野球場が三つは入りそうな面積がある。
俺達が通ってきた道の対面側には外輪部が崩れた箇所があり、そちらからも島の裏手を通る遠回りのルートで街に戻る事は出来るそうだ。と言っても、「ほぼ人の手が入っていない道で、あまりオススメはしない」との事だが。
そんな場所の中心部に、まるでゲームに出てくるボスキャラのように、ヤツは鎮座していた。
「……あれがアダマス……」
トッシュの呟きと、息を呑む音が聞こえてくる。
峡谷の終わり、岩場に隠れて様子を窺うその先で、眠るように地に伏す巨大な魔獣。
その姿を見た時、俺が真っ先に思い浮かべたのは『四神の玄武』だ。
首は長いが顔つきは竜というより亀に近く、象のようだが象の足が美脚に見える程の太い四肢。
長い尾の先には鉄塊のようなものが付いており、背負う甲羅には黒曜石に似た輝きを放つ棘が無数に突き出している。
俺が知る玄武をとことん凶悪化させたような、子供が描いた『スゴイ怪獣』のような、見るからに危険な存在。
それがアダマスという魔獣だった。
ただ、ここまで来ても感じる違和感、不快感は弱い。そして、その体表の色も黒化ゴブリンや黒化ガーゴイルのような漆黒ではなく、ダークグリーンと言うべき色合い。
これまでとは明らかに様子が違う。
やはり与える力が不足していたのだろうか?
そうだとすれば嬉しい誤算であり、有益な新情報なのだが……
「……どうする?ウチが一発、全力の魔法をぶつけてみようか?」
「いやー、アレは下手に刺激しちゃダメでしょ」
アイシェの提案をやんわりと却下したのは言葉通りの理由からだけではない。原作のアダマスですらアイシェの魔法に耐える事を、俺は知っているからだ。
アレは亀のような見た目をしながら寒さにも強い。
それに何より、どう対応するかはとっくに決めていたのだから。
「ジョウ、ちょっといいか?」
「は、はい」
振り返ってジョウ達を見る。そのさらに後方には、たまにこちらの様子を窺いながらも通って来た道の方を警戒するシャールの姿があった。
「アダマスの真下辺りに水がないか調べられるか?」
「水、ですか?」
意図が分からなかったか、ジョウとその肩に座るディーネは同じように首を傾げる。トッシュ達も、アイシェもだ。
そんな皆に、俺は頷いて答えた。
「ああ。アイゼンさんも言ってただろ?昔、アダマスを地下の空洞に落として生き埋めにした、って。恐らくだけど、この山には長年に渡って雨水が染み込んで出来た空洞があちこちにあるんじゃないかと思うんだ。それがアダマスの足下にもあって、ある程度の水も残っていれば……」
「あっ!ボクの水魔法で足場を崩して、アダマスを地下に落とせるっ!」
「だな」
全てを伝えきる前にちゃんと答えを見出だしたジョウの姿に、つい笑みが漏れる。
そして、俺は指で地面を叩いて見せた。
「上手くいけば安全に、皆が安心出来るようになる。頼んだぞ、ジョウ」
「はいっ!ディーネ、力を貸して!」
「うん!」
元気よく応えて地面に手を押し当て、ジョウとディーネは目を閉じる。
この山の地下に空洞がある理由についてはそれっぽいだけの作り話だが、この場所の真下に地底湖があるのは既知の事実だ。ジョウとディーネは問題なく地底湖を発見するだろう。
トッシュ達がジョウに注目する中でシャールに視線を送ると、彼女は峡谷の方をチラリと見てからこちらに微笑を見せた。向こうにも怪しい気配はない、と。
そうして、わずかな間を置いてジョウとディーネはハッと顔を上げる。
その表情には、晴天の太陽のような輝きがあった。
「あったっ!ありましたっ!パウロさん!アダマスの真下に大きな空間と大量の水がっ!」
「おー、本当にあったか。ジョウの日頃の行いの賜物かな?それじゃ、早速やってくれぃ」
「はいっ!」
白々しくならないよう気をつけながらニッと笑うと、ジョウもまた笑顔で応えて再び目を閉じた。
直後、ドォン……!と太鼓を打つような音が辺りに鳴り響く。ジョウの操る水弾が地下から岩盤を打ったのだろう。
その音と振動に、ようやくアダマスはのっそりと首をもたげていたが、時すでに遅し、だ。
原作でジョウは、たったの二撃で岩盤を破壊していたのだから。
「……ちょっと気にし過ぎだったかな……?」
気が緩み、思わずため息が漏れた。
◎
全ては杞憂だった。
そんな安堵の気持ちがあえなく崩壊するのは、この僅か数分後……
全部が原作通りとはいかないが、重要な部分はしっかりと押さえている。
そんな風に考えていた自分自身の愚かさを、俺はこの後、打ちのめされる程に思い知る事となる……
俺は、原作の流れを大きく変えた……変えてしまっていた……
『それ』が物語において、とてつもなく重要な要素であったという事にも気づかずに……




