第七章 細胞レベルの告白と、新たなカリキュラム
「網野サンプリングによるデータ追跡、および各学科のフィールドワークに基づき、容疑者をこの場所に要件定義しました」
「おい情報学科、ここって……」
「ええ、我々の顧問である、数土先生の個人デスクの前ですね」
「……フッ、灯台下暗し、か。まさか我々の最も身近なインフラに、文学の神が偽装されていようとはな」
「数土先生、少々お時間を頂けますか。昨日常品として廊下にドロップしていたこちらの物品ですが、先生の所有物ということで間違いありませんね?」
「……え? あ、あら、みんなで揃ってどうしたの? ――って、ひゃ、ひゃあああ!? な、なんでそれをあんたたちが持ってるのよ!?」
「ビンゴだな。数土先生、あなただったのか。この先輩の強固な胸筋に背後から荷重を掛けられ、俺の構造計算は一瞬で崩壊したという、完璧な空間強度を持つ文章を設計したのは!」
「ち、違うの! それは違うのよ! それは私が書いたんじゃなくて、その、友達のサークルのお手伝いで、ただ売り子をした時に余ったやつを貰って、それで……!」
「言い訳は通用しませんよ、数土先生。すでに本文中の形態素解析は完了しています。この小説、やたらと減数分裂だの相同染色体の乗り換えだの、生物学の専門用語が独自の隠語として文脈に組み込まれています。本校の生物学担当である先生の思考ログと、完全に一致しているんですよ」
「う、嘘でしょ……!? 今の高校生って、そんなことまでデータ分析できるの……!?」
「……先生、何も恥じることはない。カントが純粋理性批判で人間の認識の限界を示したように、先生もまた、生物学というレンズを通して、男と男の結合という名の生命のイデアを模索していた……。これは立派な、存在論における一つの思想発表だ」
「思想発表とか高尚なものにすり替えないで、普通科の思川君! ああもう、死にたい! 先生、今すぐ顕微鏡の対物レンズの破片にでもなって消えてしまいたいわ!」
「先生、市場はあなたの才能を求めていますよ。これほどの解像度で特定の購買層に刺さるコンテンツをローコストで内製できるリソースがあるなら、今後のROIは計り知れません。恥じている暇があるなら、我々と共に新規事業(部活)を拡大すべきです」
「ビジネスに繋げようとしないで、商業学科の売野君! 違うの、これはその……生物学の、そう、生物学の探究の一環としての、その、細胞レベルの融合というか、遺伝子組み換えのメカニズムを文学的に表現したらどうなるかっていう、純粋な学術研究の副産物で――」
「先生、もういい。その基礎工事の言い訳は、さすがに構造計算が合わねえわ」
「ううっ……。お願いだから誰にも言わないで……。他の先生たちにバレたら、私、本当にこの学校で細胞分裂できなくなっちゃう……」
「条件があります、数土先生。我々に、小説の書き方を教えてください。文字の組み立て方、物語の動線計画、その要件定義のすべてを、です」
「……え? 小説の、書き方……?」
「そうだ。俺たちの設計図には、まだ肝心の本文が建ってねえんだ。先生がその、男と男の遺伝子を組み換える情熱と同じ熱量で、俺たちに文章の基礎工事を指導してくれ」
「……はぁ。分かったわよ、教えればいいんでしょ、教えれば! その代わり、その本は今すぐ先生に返却して、ハードディスクの中身みたいに記憶から完全に消去すること! いいわね!?」
「交渉成立ですね。では数土先生、さっそく明日の放課後から、文学部の正式な最高技術責任者として、我々のカリキュラムの施工をお願いします」
「……なんで私が、小説を一度も読んだことがない理系バグだらけの四人に、BLの執筆スキルを応用して小説の書き方を教えなきゃいけないのよ……。あーあ、私の教員人生、一体どこで動線計画を間違えちゃったのかしら……」




