第五章 二千年の歴史と、致命的な勘違い
「……ひとつ、根本的な疑問なんだが。……小説って、一体なんだ?」
「「「……さぁ」」」
「……俺が思うに、今回の五千文字小説の件で分かったんだが。誰も小説の構造、いや、つまり『小説とは何か?』という問いに対してある程度の解答を持っていない時点で、俺たちのやっている弁証法の意味は無い。最低でも部内に一人、文学の秩序を理解している人間がいないと、俺たちの書いたものは小説として認識されないまま、永遠に途方に暮れるんじゃねえか?」
「……」
「確かに、普通科さんの言うことにも一理ありますね。基準点となる既存の製品が存在しない市場で、いくらプロトタイプの仕様を競い合っても、それはただの独りよがりのダストデータですから」
「一理じゃなくて真理だ。仮に一人分かっている人間がいたとしても、そもそも、誰もが自己の論理を持たずして弁証法を行っても、この四人の閉鎖空間の中では音声特権が働き、外部に放り出された瞬間――」
「ちまちま、うるせーよ! なんだその弁証法とか音声特権とか、いかにも『俺は全部分かってます』的な表現すんのやめろ! 哲学なんて口だけ野郎の根暗な学問だろうが!」
「……まぁ、お前の認識論の中では、その程度の粗悪な解答が限界だろうな。だが、対話によってお互いのシェマを高め合わなければ、このプロジェクトは――」
「だから! 認識論とかシェマとか、そのよく分からん単語で話すのをやめろって言ってんだよ! 癪に障るんだよ!」
「す、すまん……。自分としては、かなり分かりやすく噛み砕いて説明したつもりなんだが……。でもな、よく考えてみてくれ。情報学科や商業学科は、確立されてからせいぜい数百年程度の若い歴史しか持たない学問だ。だが、お前の建築学と、俺の哲学は、優に二千年の歴史を持ち、なお現代にも継承されている。そのイデアの深さという点で、この四人の中では、俺とお前が一番距離が近いはずなんだ」
「うっ……! よ、よくわかんねーが……急に告白すんなよ! 俺はお前みたいな陰キャラのインドア野郎より、現場で泥にまみれて汗かいて働くような、骨のある男が好きなんだよ!」
「「「……」」」
「あ、あの、建築学科さん。今のは普通科さんの告白ではなくてですね……。学問としてのドメインの歴史の長さが、哲学と建築学のペアは、商業学や情報学のペアと比べて非常に長いと、ただマウンティングしているだけで、決して恋愛感情の告白ではないです」
「「「……」」」
「え……。あ……学問の、歴史の話……?」
「と、兎に角だ! 要するに、この部活の中に一人でも小説に詳しい奴を見つけて、基礎工事のやり方を教えてもらうべきだってことだろ! 今日の会議は終わりだ、俺はもう帰る!」
「……建築学科さんは、この不協和音の中における貴重なラブコメ担当ですね」
「「「ですね……」」」




