第四章 小説の皮をかぶった何か
「はい、一週間が経過しました。約束通り全員、五千文字のプロトタイプは用意できましたね? それでは普通科の思川さんから順に、提出された原稿を査収……というか、回し読みの意見交換を始めましょう」
「……おい普通科、なんだよこれ。お前の原稿、一ページ目から『そもそも、我々が生きるこの空間における小説という記号の定義について、存在論的アプローチから』って、これただの哲学論文じゃねえか! 物語はどこへ行ったんだよ!」
「物語ならその第一章の注釈、三十二番に書いてある。カントの純粋理性批判をベースにした対話篇の形をとっているから、形式的には立派な文芸作品だ」
「形式以前にエンタメとしての可読性がゼロだよ! 読んでて全く楽しくない! じゃあ次、情報学科! お前はAIで安牌なやつを生成してきたんだろ? どれどれ……って、おい、文体が綺麗すぎて逆に不気味なんだよ! 起承転結も完璧、キャラクターの配置も黄金比、だけど読んでて心がミリも動かねえ! どこかで見たプロットのパッチワークじゃねえか!」
「それはLLMが過去のベストセラーの統計データを基に、最もリスクの低い生存確率で出力したテキストだからです。普通に読める、普通に終わる。これ以上の品質管理はありません」
「その普通すぎて読んでて楽しくないのが致命的な欠陥なんだよ! バグのないクソゲー読まされてる気分だわ! じゃあ、偉そうに提案してきた商業学科! お前の最高なROIが見込める小説はどれだ!?」
「はい、こちらです。タイトルは『異世界転生した私が独自のサプライチェーンで無双する件』。想定ターゲットは」
「ちょっと待て、本文じゃなくてグラフと表しか入ってねえぞこれ!『第一章:市場調査と競合分析による、主人公の能力値の最適化モデル』って、これただのマーケティング用の企画書だろ! 五千文字全部がデータ分析と売上予測じゃねえか!」
「何言ってるんですか、建築学科さん。小説の本質とは、読者の需要を満たすコンテンツビジネスですよ? 事前の市場調査と、メディアミックスを見据えた事業計画書こそが、最強のプロットです」
「小説の皮すら被ってねえだろそれは! ただの書類だ! お前ら全員、小説舐めてんのか!?」
「……じゃあ、そこまで言う建築学科さんの原稿を見せてよ。さぞかし素晴らしい芸術が建ってるんだろうね」
「おう、見ろよ! これが俺の五千文字だ!」
「……建築学科さん、これ、エクセル……ですか?」
「違う! 小説執筆における工程表だ! 縦軸に登場人物の感情曲線、横軸に工期を設定し、三千文字時点で第一伏線の着工、四千五百文字でクライマックスの引き渡しを行う、完璧な施工計画だ!」
「本文が、一文字も、書いてありませんが」
「バババカ言え! この工程表のセルの中にびっしり仕様書が書いてあんだろ! 工期が足りなくてまだ着工できてねえだけだ! 基礎設計は完璧なんだよ!」
「結論が出ましたね。論文、AIの定型文、企画書、工程表。……驚きました。この文学部、四人もいて小説を書いてきた人間が、一人も存在しません」
「本当、ひどい協調性だ。お互いに自分の領土から一歩も出てこない」
「っていうか、誰か他人のやつ読んで面白いって思った奴いるか?」
「「「……いない」」」




