第6章 僕の祖父の物語
電撃の剣士との戦いが終わったあと、ゲイリーはガヤのそばを離れず、ヒムラの容態について知らせが来るのを待っていた。
ガヤはひどく動揺し、涙を流し続けていた。彼女は受付の職員に頼み、家族に連絡するために電話を使わせてもらった。
許可を得ると、ガヤは震える手で受話器を取った。
「もしもし……お父さん? お母さん?」
ようやくつながった電話口で、彼女は必死に説明した。
現在、二人がいるのはサブリ軍の基地であること。そして、祖父のヒムラが重傷を負い、治療を受けていること。
あまりのショックに、言葉は何度も途切れた。
それでも、どうにか必要なことを伝え終えると、ガヤは受話器を置き、ゲイリーの隣に戻った。
二人は再び椅子に腰を下ろした。
ガヤの頬には、まだ涙が伝っていた。
ゲイリーは彼女の肩を抱き、できる限り優しい声で語りかけた。
「大丈夫だよ。ヒムラさんは強い人だ。きっと乗り越えてくれる。僕はそう信じてる」
「でも……おじいちゃんは、もう七十歳を超えているの……」
ガヤの声は震えていた。
「私……おじいちゃんを失うのが怖い……。お父さんもお母さんも、ずっと遠くで働いていたから……。いつも私のそばにいてくれたのは、おじいちゃんだったの……」
ゲイリーは彼女を、もう少し強く抱きしめた。
「大丈夫。きっと、うまくいくよ……」
それ以上、何を言えばいいのか分からなかった。
二人はそのまま、何時間もヒムラの知らせを待ち続けた。
やがて疲れ果て、互いに寄り添ったまま眠りに落ちてしまった。
翌朝。
「……君たち、起きなさい」
聞き慣れない声に、ゲイリーはゆっくりと目を開けた。
目の前には、一人の医師が立っていた。
「おじいちゃんは……?」
ガヤが飛び起き、真っ先に尋ねた。
医師は二人の顔を見ながら、静かに説明を始めた。
「八時間に及ぶ手術が行われました。肩と胸部の骨が複雑に骨折していたため、損傷した骨や組織の一部を再建する必要がありました」
ガヤは息を呑んだ。
「それで……おじいちゃんは助かるんですか?」
「命が助かる可能性は十分にあります。ただし……」
医師は一瞬、言葉を切った。
「残念ながら、今後、剣を握って戦うことは難しいでしょう」
「そんな……」
ガヤの目から、再び涙がこぼれ落ちた。
しかし、今度の涙には、祖父が生き延びられるかもしれないという安堵も混じっていた。
ゲイリーは医師に頭を下げた。
「ありがとうございます……」
そのときだった。
廊下の向こうから、慌ただしい足音が聞こえてきた。
ガヤの両親が到着したのだ。
「お父さん! お母さん!」
ガヤは二人のもとへ駆け寄り、しっかりと抱きついた。
両親も娘を抱きしめ、優しく頭を撫でた。
医師はその場を離れ、今度は二人の両親にヒムラの容態を説明し始めた。
その様子を見届けたゲイリーの前に、一人の軍人が歩み寄ってきた。
「君がゲイリー・ツキナワだな?」
「はい……」
「私に話を聞かせてもらおう。これは命令だ。ついてきなさい」
突然のことに戸惑いながらも、ゲイリーはガヤが両親に支えられているのを確認し、その軍人のあとを追った。
案内されたのは、基地内にある将軍の執務室だった。
部屋で待っていたのは、日系サブリ人の老将軍だった。
八十歳ほどに見えるが、今も現役で軍務に就いているらしい。
制服には数え切れないほどの勲章が並び、顔には厳格さと気難しさがにじみ出ていた。
「座りなさい」
将軍に促され、ゲイリーは椅子に腰を下ろした。
「まず、名前と年齢を答えろ」
「ゲイリー・ツキナワです。十四歳です」
「なぜ、敵の襲撃があったとき、君はあそこにいた?」
「ヒムラ先生に同行していました。先生は現在、この基地の施設に入院しています。人間を操る可能性がある、正体不明の液体のサンプルを持ち込んだんです」
将軍は目を細めた。
「ならば、なぜ君まで襲われた? それに、君とヒムラが使っていた力は何だ? 私は戦闘の一部を見ていた。あれは普通の武器や技ではなかったぞ」
ゲイリーは少し考えてから答えた。
「正直、僕にもよく分かりません。修行を始めて、まだ数日しか経っていないんです。ヒムラ先生によれば、僕は『絶対零度の剣』に選ばれ、現代の担い手になったそうです」
将軍はしばらくゲイリーを見つめていたが、やがて机の上に一冊のファイルを放り出した。
表紙には、大きくこう記されていた。
『機密』
「これを見ろ」
ゲイリーはファイルを開いた。
中には、古びた文書と、白黒の写真が何枚も収められていた。
写真に写っていたのは、空を飛びながら巨大な氷の構造物を生み出す、謎の人物だった。
さらに、兵士たちが書いた手紙もあった。
そこには、自分たちを救ってくれた存在への感謝が綴られていた。
彼らは、その人物をこう呼んでいた。
――氷の天使。
ゲイリーはページをめくり続けた。
そして、ファイルの内側に記された名前を目にした瞬間、手が止まった。
オバダヤ・ツキナワ。
「……嘘だろ?」
ゲイリーは顔を上げた。
「僕のおじいちゃんが……第二次世界大戦中に、氷の剣の担い手だったんですか?」
将軍は静かにうなずいた。
「そうだ。だが、それだけではない」
将軍は椅子の背もたれに体を預け、遠い過去を思い返すように語り始めた。
「君は、かつてアメリカ軍が我々の首都サブリに原子爆弾を投下しようとした事件を知っているか?」
「はい。学校でも習いました」
ゲイリーは答えた。
「当時、我が国は枢軸国側についていました。サブリは日本の植民地だったため、当時の宰相が反対していたにもかかわらず、帝国の命令に従わざるを得なかった……。そして、アメリカは我々を降伏させるために核爆弾を送り込んだ。でも、その爆弾は奇跡的に爆発しなかった。そう習いました」
将軍はゆっくりとうなずいた。
「間違いではない。だが、すべてが正しいわけでもない」
将軍の目が、かすかに細くなった。
「あれは偶然でも幸運でもなかった。奇跡だったのだ」
「奇跡……?」
「そう。氷の天使が起こした奇跡だ」
将軍は自分の胸元に手を当てた。
「私は当時、兵士だった。かつて一度、彼に命を救われたことがある」
ゲイリーは息を潜めて聞いていた。
「敵の爆弾が我々の塹壕に落ちてきたとき、突然、巨大な氷のドームが現れた。爆発の衝撃から、我々全員を守ってくれたのだ」
将軍は目を閉じ、当時の光景を思い浮かべるように続けた。
「その直後、我々は空中に浮かぶ天使の姿を見た。彼は我々に軽く手を振ると、そのまま姿を消した」
「それが……僕のおじいちゃん?」
「そうだ。そして数か月後、私は決定的な光景を目撃した」
将軍の声に力がこもった。
「彼は空を飛び、上空を落下してくる核爆弾へと向かっていった。そして、その爆弾を完全に凍結させ、無力化したのだ」
ゲイリーは言葉を失った。
自分の祖父が、そんなにも大きな役割を果たしていたなんて。
これまで想像したことすらなかった。
「僕……何も知りませんでした。おじいちゃんが、サブリを守るためにそんなことをしていたなんて……」
「軍は今でも、彼に深い敬意を抱いている」
将軍は誇らしげに言った。
「彼の名を冠した戦艦まであるほどだ」
ゲイリーは手元のファイルを見つめたあと、不安そうに将軍へ尋ねた。
「……僕は、今回の件で逮捕されるんでしょうか?」
すると、将軍の厳しい顔に、かすかな笑みが浮かんだ。
「まさか。氷の天使の孫を逮捕するとでも思ったのか?」
「えっ……?」
「今回の件は、こちらで処理する。余計な心配はしなくていい」
将軍は背筋を伸ばし、改めて名乗った。
「私の名は、ハシモト・オタだ」
「ありがとうございます、将軍」
ゲイリーは軽く頭を下げた。
それから、ふと思い出したように顔を上げた。
「もう一つ、お願いしてもいいですか?」
「何だ?」
「僕を襲った男に、会わせてもらえませんか?」
将軍は少し考えたあと、うなずいた。
「いいだろう。ついてこい」
二人は基地内の拘留施設へ向かった。
そこにいた男を見た瞬間、ゲイリーは目を見開いた。
フードを外したその顔には、見覚えがあった。
「……ユウト・タナガワ?」
間違いない。
特撮番組『電撃戦隊エレクトロファイブ』で、エレクトロレッドを演じている俳優だった。
ゲイリーは思わず口を開いた。
「まさか、僕に会うためだけに太平洋を渡ってきたの?」
ユウトは困惑した表情を浮かべた。
「何を言ってるんだ? 俺は自分がどこにいるのかも、どうして拘束されているのかも分からないんだ」
「何も覚えていないの?」
「ああ。兵士たちから何度も質問されたけど、本当に記憶がないんだ」
ゲイリーは慎重に尋ねた。
「最後に覚えていることは?」
「三日前、ドラマの撮影現場にいたところだ。今が何日なのかも聞かされた。でも、俺の記憶は十一日の朝、日本にいたところで途切れている。それから先は何も思い出せない」
ゲイリーは将軍へと振り返った。
「やっぱり、あの黒い液体が関係しているんだと思います」
「黒い液体?」
「人間を操る力があるんです。今のところ、僕たちが確認したのは剣士が襲われるケースだけです」
ゲイリーは考えを整理しながら説明した。
「ユウトの場合、あの寄生体はすぐに行動を起こさず、体の中に潜伏していた。そして、別の剣士が現れるのを待ってから、攻撃を始めたんじゃないでしょうか」
彼は、自分が初めて剣を目にした日のことを思い出した。
「時期も一致しています。僕が博物館で剣を見つけたタイミングと、ユウトが記憶を失った時期が重なるんです」
将軍は感心したように腕を組んだ。
「十四歳にしては、なかなか鋭い推理だな」
「そ、そうですか……?」
「君には素質がある。十六歳になったら、軍への入隊も考えてみるといい」
ゲイリーは少しだけ笑みを浮かべた。
しかし、すぐに真剣な表情へ戻った。
「ユウト。実は、僕の師匠が重傷を負ったんだ」
「ヒムラさんが?」
「ああ。君にも師匠がいるんだろう? それに、傷を癒やす力を持った剣もあるはずだ。師匠の剣は、もう力が弱まっている。君の師匠に助けてもらえないかな?」
ユウトは申し訳なさそうに首を横に振った。
「悪いけど、俺の師匠は数か月前から行方不明なんだ」
「そんな……」
「でも、ヒムラさんの剣を回復させる方法なら知っている」
ゲイリーは身を乗り出した。
「本当!?」
「南極へ行くんだ」
「……南極?」
ユウトは説明を続けた。
「記録によると、七本の剣はそれぞれ、神の意志によって地球へ送り込まれた隕石の破片から生まれたらしい。そして、君の剣の起源となった破片は南極にある」
「それを使えば、師匠を助けられるの?」
「剣をその場所で再び充填できれば、少なくとも一度は、師匠をほぼ完全な状態まで回復させられるはずだ」
ゲイリーの表情に希望が戻った。
彼はすぐさま将軍へ向き直った。
「将軍! 南極まで行ける飛行機を用意してもらえませんか?」
「簡単にはいかんぞ。あの地域の気温では、燃料が凍結する危険もある。通常の航空機で向かうのは無謀だ」
そのとき、ユウトが口を挟んだ。
「だったら、俺が連れていくよ」
ゲイリーと将軍が、同時に彼を見た。
「君が?」
「ああ。俺の剣の力を使えば、海を渡ることができる。その先は、ゲイリーが自分の剣に残ったエネルギーを使って氷の上を進めばいい」
ゲイリーはすぐに将軍へ頼み込んだ。
「お願いします。ユウトも一緒に連れていかせてください!」
しかし、将軍の表情は険しいままだった。
「彼は今、拘束中の身だ。君を裏切らないという保証はあるのか?」
ゲイリーは迷わず答えた。
「ユウトは悪い人じゃありません。あの黒い液体に操られていただけです」
将軍はしばらく黙っていた。
やがて、深く息を吐くと、静かにうなずいた。
「……分かった。君の家族に免じて、今回は特例を認めよう」
「ありがとうございます!」
「ただし、何か異常が起きたら、すぐに連絡しろ」
将軍は机から衛星通信機能付きの無線機を取り出し、ゲイリーに手渡した。
「これを持っていけ」
ゲイリーは両手で受け取った。
その後、将軍は二人を物資保管庫へ案内した。
そこには、南極での活動に必要な装備が用意されていた。
厚手の白と薄い灰色の迷彩服。内側には羊毛がたっぷりと使われており、極寒の環境でも体温を保てるようになっている。
ゲイリーとユウトが装備を確認していると、突然、背後から聞き覚えのある声がした。
「おいおい。まさか、俺を置いて二人だけで出発するつもりじゃないだろうな?」
振り返ると、そこには水の剣士が立っていた。
彼は楽しそうに笑いながら続けた。
「海を渡るなら、俺も手伝えるぞ。ただし、条件がある」
「条件?」
「その防寒着を一着くれ。俺、寒いのは大嫌いなんだ」
将軍は呆れたようにため息をついたが、彼にも防寒服を渡した。
さらに、食料と水が詰め込まれた大きなリュックサックも用意した。
水の剣士はリュックを開け、中身を確認した。
「食料は分かるけど、水まで持っていくのか?」
彼は不思議そうに首をかしげた。
「水なんて、俺なら何もないところから作り出せるぞ。わざわざ持ち運ぶ必要なんてないだろ?」
将軍は驚いた顔で彼を見つめた。
そして、リュックの中から水のボトルを取り出し、代わりに空の水筒だけを残した。
「……なるほど。なら、水は必要ないな」
すべての準備が整うと、将軍は三人を見渡した。
「出発はいつにする?」
ゲイリーは迷うことなく答えた。
「今すぐです!」
将軍は小さくうなずき、最後に一つの方位磁針を差し出した。
「よし。持っていけ」
ゲイリーはそれを受け取った。
「ありがとうございます、将軍」
「幸運を祈る。無事に戻ってこい」
こうしてゲイリーたちは、ヒムラを救うため、南極への危険な旅に出ることになった。
彼らを待ち受けるのは、希望か、それとも新たな脅威か。




